英雄の末裔も(語り継がれないけど)英雄

Ariasa(ありあーさ)

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一章 -幼少時代-

―ザギの決断と動き出す影― 6

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 ラエルと紅蛇あかへび傭兵団の傭兵が魔狼まろう討伐部隊に合流してからさらに五日の時が経った。
 着々と魔狼との戦闘予想地域に近付いてきているということもあって、立ち寄る村や街は所々魔物に荒らされた場所もあったり、街を襲っていた魔物と戦闘になったりすることも増えてきた。そのため途中からアンドソンは、荷馬車での移動をやめて騎乗に切り替え、ザギと二人乗りで戦いに参戦していた。
 そして、そろそろ討伐部隊と別れて母親捜しの方に移行した方がいいと判断したその日の夜営時に事が起こった。
 どこからともなく狼の遠吠えよりも禍々しい魔狼の遠吠えが聞こえてきて、騎士達はハッと辺りに注意を向けて視覚と聴覚を研ぎ澄ませた。
「……まずいな。そう遠くない」
「魔狼との接触はもう少し先の予定だったが、ここまで来ていたのか……」
「俺達が偵察に出る。いつでも戦えるように準備していてほしい。多分、来る」
 ラエルとユリーゼが苦々しい表情で呟くと、紅蛇の傭兵達がすぐさま馬に飛び乗ってそう言い残し、それぞれの方向に駆けていった。
「総員、すぐさま戦闘準備をして基本陣形を組み、騎乗待機! 周囲の警戒を怠るな! パーシーとポールはどこだ!」
 ユリーゼがよく通る鋭い声で指示を出すと騎士達はすぐさま行動に移し、戦闘準備を始めた。そして、ユリーゼに呼ばれたパーシーとポールも戦闘準備を整え終えるとすぐにユリーゼの所に行き、直立の敬礼をした。
「ユリーゼ団長、お呼びでしょうか!」
「あぁ。お前達は馬を誰よりも速く走らせる事が出来るらしいな」
「はっ、衛兵の騎乗レースではいつもポールと一二を争っており、戦績は五分五分です」
「よし、ならばパーシーとポールの二人に国土防衛軍に応援要請を頼む。魔狼との接触を避けながら全力で走り、防衛軍に応援を要請せよ。夜明け前には戻ってこい」
「はっ!」
 二人はユリーゼの命令に敬礼をして拝命すると、愛馬に跨がって同時に馬首を翻し、暗い街道に駆け出していった。
 そしてユリーゼは次にアンドソンとザギの所に向かう。
「アンドソン、ザギ」
「団長。厄介な事になりましたね。こうなってはみだりにこの部隊から離れるより、俺も共に戦って突破する方が安全でしょう。さすがに、逃げてる途中で魔狼と出くわしてしまっては守りきれませんし」
 ユリーゼが二人に声を掛けると、アンドソンはすでに鎖帷子くさりかたびらを着込んで戦う意思を示し、革の手袋を装着しながら真剣な眼差しでユリーゼに進言した。
 今のうちに逃げるよう言うつもりだったユリーゼは苦い表情を浮かべつつも、同じように危険ならば手勢が多い方がまだ安全かと考えを改めて「…そうだな」と頷いた。
「守りながら戦えるか?」
「無論」
 即答で答えるアンドソンに、ユリーゼは「頼もしい限りだ」と言って一瞬笑い、真剣な表情で命令を下した。
「戦局を見て、この戦いから離脱することを許可する。くれぐれも己の任務を忘れて無茶をし、命を落とすということが無いように。ザギと自分の命を第一に守れ。お前が所属する部隊は私の部隊だ」
「はっ」
「…ザギ、お前は絶対にアンドソンの側を離れるな。彼の側を離れたらもう二度と、ドラゴンに会えないと思え」
「はい!」
 ザギは恐怖を振り切るように大きな声で返事をすると、ユリーゼは「いい返事だ」と頭を撫でてからザギに背を向けて自分もすぐに戦闘準備を整えた。そして馬に跨がると、ちょうど紅蛇の傭兵が偵察から戻ってきて、険しい表情でユリーゼに報告した。
「ざっと見て千以上はいる。だが、多分まだまだ増えるだろう。俺が見つけたあれは言わば先陣。捨て身で来て、一気に俺達の陣形を崩しに来る可能性がある」
「俺が見に行った方向にも相当数の魔狼がいた。あれで横を突かれたら痛いだろうな」
「こっちは魔物の群れだ。魔狼が纏う瘴気のせいで結構引き寄せられてる」
「魔狼、魔物は街や村に向かいそうか?」
「いや、全てこっちに来ると思うぜ。…偵察中に嫌な気配がしてな。この一帯にいる全ての魔物どもが俺達を潰しに来るって俺の勘が訴えるんだ」
「そうか。魔物達が街や村に行かないなら戦力を分散させずに済むな」
 報告を受けたユリーゼは一度目を閉じて情報を整理し、瞬時に作戦を組み立てると目を開けて隊の前に出た。
「これより、魔狼及び魔物の討伐作戦を伝える。心して聞け。まず、第一から第四部隊が前方から来る魔狼の先陣部隊と戦端を開くことになる。陣形が崩れてきたら次は第五から第七部隊が交代して前線を維持。その間、第一から第四部隊は陣形を整えろ。その指示をラエルに任せる。抜かるな」
「おう! 任せろ!」
「次は──」
 ユリーゼは次々と各部隊に指示を出し、全ての部隊に指示を出し終わると、一度息を吐いてからもう一度口を開いた。
「この戦いは今まで経験してきたどの戦いよりも厳しく、多くの者が命を落とす戦いになるだろう。隣でさっきまで懸命に戦っていた仲間が魔物に喰われ、恐怖が君達の心を支配するかもしれない。…逃げたい気持ちになるかもしれない。しかしその感情に打ち勝ち、最後まで戦い抜く事を、今ここで己の胸に誓え! 挫けそうになったその時は、その胸に守りたい者を思い浮かべ、我々が今まで鍛練を重ねてきた理由を思い出せ! ……我々は王に忠誠を誓い、国のためにこの身を捧げる事を徹底してきた。しかしそれ以前に各自守りたいものがあるはず。今は、それを守るために戦う時だ! さあ、武器を掲げろ! 私と共に、愛するものがため全身全霊を懸けて戦おう!」
 剣を天に掲げるユリーゼの勇ましい姿に士気は最高潮に上がり、それぞれの武器を掲げた騎士達の、地を震わせる程の雄叫びが軍全体を包み込んだ。
 そしてそれに対抗するように闇の向こうからも不気味な遠吠えが響いてきて、いよいよ戦端が開かれようとしていた。
「第一、第二、第三、第四部隊…突撃せよ!」
「よっしゃあぁぁ! 行くぞお前らあぁぁ!」
「おおぉぉぉ!」
 降り下ろされる剣と共に発せられたユリーゼの号令にラエルが真っ先に反応して飛び出していき、その頼もしい背中に負けじと騎士達も雄叫びを上げて魔狼に向かっていった。
 そして先陣同士がぶつかると、そこはすぐに血生臭い戦場と化した。
 雄叫び、唸り声、叫び声、悲鳴、馬の嘶き、足音が入り乱れる地響き──。
 初めて聞く戦場の音にザギの体はすくみ、恐怖から体が無意識に震え始める。アンドソンはそれに気付くと自分の前に座るザギを抱き締めて、不安を少しでも取り除こうと努めた。
「ザギ、大丈夫だ。俺が必ず守る。魔物ごときにお前を傷付けさせない。だから、俺と馬を信じて身を任せろ」
「うん…」
 背中から伝わる温もりと腕の中に包まれる安心感にいくらか安堵して体から力が抜けると、アンドソンは優しい声で「そうだ。安心していい」と言ってゆっくりと、そして何度も頭を撫でた。
 そうしているうちに震えは収まり、最後に深呼吸をすると気持ちが落ち着いて恐怖心が薄らいだ。
「もう、大丈夫。ありがとう、師匠」
「そうか。…だがこの戦いで、お前には嫌なものを見せることになる。だから耐えられなくなったらちゃんと言うんだぞ」
「はい」
 ザギが頷くとほぼ同時に、前線の右翼側から襲撃をしようとしている魔狼が森から現れ、ユリーゼはそれを殲滅するために再び号令を出した。
「第九部隊、右翼側に展開し、魔狼を殲滅せよ! 突撃!」
「おおぉぉぉ!」
 ユリーゼの号令に第九部隊が動き出し、すぐに魔狼との戦闘が始まった。
 しかしさらに反対の左翼側、そしてユリーゼやアンドソン達がいる本陣付近からも魔狼が現れて、ユリーゼは左翼側の魔狼を第八部隊に、そして本陣付近に現れた魔狼を第十部隊に殲滅を命令した。
 次第に戦場は混戦となっていき、ユリーゼやアンドソンも、すぐに部隊の応援に戦場を駆けて行くこととなった。

† †

 同時刻、国土防衛軍の応援要請をしに向かっていたパーシーとポールは、突如現れた二人の見目麗しい男女の魔人と対峙していた。
 その魔人から発せられる圧倒的すぎる力を感じ取ってしまった二人は、これ以上馬を進める事ができず、ただ畏怖の眼差しで二人の魔人を見つめるだけで精一杯…というのが現在の状況である。
「あらあら、そんなに怯えちゃって…。可哀想な坊や達……」
 赤いメッシュを入れた女の魔人は、隣にいる青いメッシュを入れた男の魔人にそっと寄り掛かりながら憐れむようにそう呟くが、言葉とは裏腹に神秘的な紫の瞳は愉しげな色を映す。
「お前達は、魔狼を倒しに来たのだろう? そして、軟弱であるがゆえに他の人間に助けを求めに向かっている。違うか?」
 男の魔人が二人に問うが、侮辱の悔しささえも恐怖で押さえつけられてすっかり怯えてしまった二人は、喉が詰まったように声すら出せず、返答することが出来なかった。
「……ふ、所詮軟弱な人間だな。こんな簡単な問いにすら答えられないとは…。使い魔の方がまだ利口よ。まあでも、人間に期待などしていないから気にしなくていい。俺達は憐れなお前達に良いことを教えてやりたくて、わざわざここに来たのだ」
 明らかな侮蔑の色を映す神秘的な紫の目に、パーシーとポールはなけなしの勇気をかき集めて男の魔人を睨んだ。
 しかし、彼にとって二人の睨みなど取るに足らない、ちっぽけな物なのだろう。睨まれているなどと思ってない、変わらない態度で愉しげに口を開く。
「お前達が助けを求めに行こうとしている場所は、先日偶然にも・・・・大量の魔物どもが押し寄せてな。皆殺しにされた。だから行っても無駄どころか、魔物の巣窟となった場所に向かうのは危険だぞ?」
 愉しげな声でクスクスと笑い、忠告をする男の魔人にパーシーが微かに震えながらも剣を抜いた。
「う、嘘だ…! あそこには六千人以上の兵がいたはず…! そ、それなのに、魔物ごときの襲撃で陥落するはずない……!」
 緊張と恐怖によって口内がカラカラに渇いてしまっていたが何とか言葉にすると、男の魔人は少し驚いたように目を見はった。
「ほう? 喋ることが出来たのか。危うくその口は飾りなのかと思ってしまうところだった。しかし、真実を受け入れようとせず、俺を『嘘つき』呼ばわりするその神経は気に入らないな」
「信じられないなら、坊や達の目で直接見に行くと良いわ。私が魔法で送ってあげるから。……あぁでも、到着場所の希望は受け付けないわ。兄様を嘘つき呼ばわりする子に慈悲は必要ないものね。…せっかく教えてあげたのに、愚かね」
 女の魔人は冷たく吐き捨てると二人を指差し、一言だけ何かを呟くと、二人の姿は一瞬で消えてしまった。
「…どこに飛ばしたんだ?」
「生意気な坊やは巨人トロルがいる部屋。ずっと黙っていた坊やは慈悲を与えて門の前。…もっとも、門の前も大量の魔物がいるから生きて戻れるとは思えないけどね」
「十分な慈悲じゃないか。ロゼリアは優しい子だな。愛しいよ、愛してる」
「私も愛してるわ、テラソー」
 うっとりと見つめ合い、どちらともなく口付けを交わすとロゼリアはテラソーに抱き付き、テラソーはロゼリアを抱き上げると空中へ飛び立った。
「さあ、人間の惨めな最後を観に行こうか」
「えぇ、兄様」
 二人の魔人はもう一度口付けを交わすと、意気揚々と魔狼と騎士達が戦う戦場へ向かった。
 そして戦場上空に到着した二人は懸命に戦う騎士達を見て嘲笑い、魔物達に力を与え始めた。
 しかし二人はほぼ同時に『それ』を見つけると、複雑な表情を浮かべて力の供給を止めて寄り添った。
「忌々しくも悲しいものね…」
「そうだな…。だが、あれは使えるかもしれない。もうしばらく様子を見て、生き残ったら迎えに行こう」
「あら、珍しく優しいのね。でも、兄様がそう言うなら、私に異論は無いわ」
 二人は利用価値を見定めるように『それ』を見つつ、騎士達が散っていく様を目にすると快感に胸を高鳴らせるのだった。
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