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一章 -幼少時代-
―ザギの決断と動き出す影― 5
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街中の凱旋を終え、たくさんの声援を受けた騎士達は街道を進んでいた。
「ザギ、もう出てきていいぞ」
荷馬車を御しているアンドソンが後ろに向かって声を掛けると、もぞもぞと荷物が動いて「ぷはっ」とザギが顔を出した。
「そこは狭いだろう、俺の隣に来るといい」
「はい」
ザギはガタゴトと揺れる荷馬車の上を器用に歩いて御者席まで行くと、アンドソンの隣にちょこんと座った。
すると近くで馬を走らせている騎士達がザギの話題で盛り上がり始める。
「それにしても、まさかザギが一週間で剣を覚えるとは思わなかったな~」
「俺、昨日のザギの悪鬼討伐に同行したけど、結構楽勝って感じだったぞ」
「さっすが~! アンドソン隊長の愛弟子はやっぱりひと味違いますね」
「当たり前だ。団長から直々にザギを育てるよう頼まれたんだ。その辺の騎士を育てるよりも力が入る」
心からユリーゼを敬愛しているといった様子で微笑みながらそう言うアンドソンに、周りに居る騎士達も頷いて納得する。
「確かに、団長から直々に何か頼まれたら全力で応えたくなるよな」
「天性のリーダー気質だよね、あの人は」
「でも知ってるか? あの団長も、奥さんの前だったり、奥さんの話題になると、幸せいっぱいのただの男に戻るんだぜ? 初めてその団長を見たときは、ギャップで目眩がしたほどだ」
「あー、知ってる知ってる。愛妻家だよね~、団長。僕の嫁さんは怖くて…。いつも尻に敷かれてるよ~」
トホホと嘆く騎士だが、周りの騎士がカラカラと笑いながら「それでも幸せそうに、いつもいちゃついてるだろうが」と彼をからかい、ベテランの騎士が「嫁の尻に敷かれるよりも、娘に避けられる方が辛いぞ」と苦労を滲ませた。
もっと張り詰めた様子を想像していたザギだったが、予想を裏切ってとても和やかな空気が包んでいる事に驚き、彼らの会話を楽しい気持ちで聞いていた。そして微笑みながら隣にいるアンドソンに声を掛けた。
「賑やかだね」
「ま、まだここは魔物が多発する場所ではないからな。多少気を抜いても問題はない。それに今回の魔狼討伐は命の保証はされない危険な任務だからな。今のうちに気を紛らわせたり、士気を上げたりしておくんだ。…王に忠義とこの身を捧げ、いつでも死ぬことを覚悟していても、死とはやはり恐ろしいものだからな」
アンドソンは見送ってきた幾人もの仲間を見ているように遠くを見つめていて、その眼差しは哀愁を帯びているように見えた。ザギはそんなアンドソンに掛ける言葉が見つからず、口を噤むことしか出来なかった。しかしそんな表情を見せたのは一瞬の事で、すぐに柔らかな笑みで消し去ってしまった。
「そんな顔をするな。人はいつか死ぬんだ。ほら、菓子でも食べて笑っとけ」
小さな袋から保存の利く砂糖菓子を取り出すとザギの口に放り込み、わしわしと頭を撫でた。ザギは口の中で広がる砂糖の甘さと大きな手で撫でられる心地よさに自然と頬が緩み、アンドソンもザギの笑顔につられて笑みを深めた。
「いい笑顔だ」
「アンドソン隊長の笑顔も素敵ですよ~」
「ふ、俺の笑顔が素敵なのは生まれつきだ」
さらりと冗談を口にするアンドソンに騎士達はワイワイとアンドソンに絡み、荷馬車の周りは明るい笑いに包まれた。
そんなピクニックかと勘違いしてしまいそうなほど和やかに馬を進めること数日の時が経った。日を追うごとに騎士達の表情が引き締まっていくのをザギは感じ、出発当初のような明るさが落ち着いてしまった事を少し寂しく感じていた。
しかしそれも当然の事である。あと一週間もすれば魔狼との戦闘予想地域に入り、いつどこで魔狼と出くわすか分からない状況になるのだ。その周辺に近付けば、魔狼以外の魔物の出現率も上がる。
魔物は強い瘴気に引き寄せられる習性を持っているため、強い瘴気を帯びる魔狼の周囲には多くの魔物が寄ってくるのだ。その為、魔狼だけでなく他の魔物にも注意を払わねばならない。
それでも休憩の時は明るい会話が飛び交っているため、ザギはこの遠征が命懸けであるということを忘れて、一緒に騎士達と笑いあって遠征を楽しんでいた。
そんな休憩中に、後方から砂塵を巻き上げてこちらに向かってくる一団を確認すると、ユリーゼが鋭い声で戦闘準備を指示し、指示を受けた騎士達は各々馬に飛び乗って隊列を組み、武器を構えた。
まだ馬に乗れないザギはアンドソンの後ろに乗せてもらっているのだが、ピリピリとした緊張感のある空気に呑まれて自分も緊張してしまい、少しでも緊張を和らげようとアンドソンの背に抱き付いた。
アンドソンはそんなザギの緊張を和らげてあげようと、回された小さな手を包み込んで励ましの言葉を送る。
「俺にしっかり掴まっていれば大丈夫だ。体から力を抜いて、振り落とされないよう柔軟に馬の動きに合わせろ。力んでると逆に振り落とされるぞ。…一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせろ」
「う、うん…」
ザギはまだ緊張気味だが、深呼吸をしてなるべく体を力ませないように努めた。
「いい子だ」
アンドソンは優しい声でそう言うと剣を抜き、砂塵を巻き上げる一団をしっかりと見据えて気を引き締めた。
しかしその一団はある程度近付くと速度を落として近付いてきて、望遠鏡で様子を見ていた騎士がその一団の先頭にいる人物の正体に気付くと驚いた声を上げた。
「えっ、ラエル副団長!?」
「なんだと? 本当にラエルか?」
ユリーゼが眉をひそめてその騎士から望遠鏡を借りると、望遠鏡を覗いて眉間のシワを深くした。
「総員、武器を下ろして待機!」
ユリーゼの指示に、騎士達は張り詰めた糸を緩めるように息を吐いて武器を下ろし、各々ラエルの参戦に笑みを溢した。
「ラエル副団長が来たらしいよ」
「まあ、あの人は留守番よりも前線が似合う人だもんなぁ」
「むしろ今回、副団長が指揮を任されなかった事の方が驚きだったもんなー」
「確かに。今回の討伐作戦は厳しいもので命懸けだろ? 団長の奥さん、もうすぐ赤ん坊を産むらしいから、今回は副団長に任せてそっちに付き添うかとばかり思ってたぜ」
「まあ、命懸けだからこそ責任を持って団長自ら出てきたんだろうけどね~」
「でも、近衛のツートップがこっちに来ちゃダメじゃない? 王城で指揮する人居ないじゃん」
「確かに」
「最悪、衛兵総長が全て指揮してるよね~」
「うわー、可哀想」
「笑いながら可哀想って言うなよ」
「君も笑ってるから同罪でしょ」
ざわざわと雑談をし始める騎士達に構わず、ユリーゼは傭兵を引き連れてきたラエルを厳しい表情で迎え入れ、低い声で咎めた。
「お前には城の守備を任せているはずだ。任務を放棄し、ここに来た理由を聞かせてもらおう」
周囲の空気を凍らせるのではないかというような冷え冷えとした声に、近くにいた騎士と傭兵達はゾクッと背筋を凍らせたが、咎められている肝心の本人は意に介した様子はないどころか、強烈な怒りのオーラを漂わせてユリーゼを睨んでいた。
「それはこっちの台詞だろうが。本来、この討伐部隊の指揮を取るのは俺だったと陛下から伺った。そんな勅命にお前はおそれ多くも不服申し立てをして、自分を討伐部隊の指揮官にするように嘆願したらしいな。俺をどこまで侮辱すれば気が済むんだ?」
いつもなら吠えて怒るラエルだが、怒りが限界点を越えて逆に冷静になっているのか、ユリーゼ以上に冷たい声で、怒りをユリーゼにぶつけた。
「……確かに、本来この討伐部隊を指揮するのはお前だった。だが、お前に部隊を任せられない理由は先日話したはずだ。陛下もそれに納得して──」
「ふざっけんなっ!! お前が陛下を納得させた理由は俺の力不足だけじゃねぇだろ!! 全部、陛下から聞いたぞ。俺の存在が周りの士気を上げるため、失うには惜しい存在である事、伸びしろのある俺を次期団長に推薦していた事、そして、今回魔狼に襲われた地方がお前とリリアンヌ殿の故郷であるから、己の手で救いたいという完全なる私情であることをな!」
ラエルの激情に雑談をしていた騎士達もシンと静まり、全ての視線がラエルとユリーゼに注がれた。そんな激情をユリーゼは顔色一つ変えずに受け止めてラエルの目をしっかりと見ると口を開いた。
「言いたいことはそれだけか? いいか、ラエル。確かに、私情が絡んでいることは認める。だが陛下は私の私情を認めた上で、私が部隊の指揮を執ることをお許しになった。だからお前がどれだけ吠えようと無駄だ。今回の遠征でお前の出番はない。さっさと帰れ」
「断る。俺がここにいるのは陛下の命令だ。俺と紅蛇傭兵団の元部下もこの討伐部隊に加わる。騎士団の指揮はトレイシー千人隊長補佐に任せてきたから問題はない。お前はまた勅命に逆らう気か?」
「………はぁ、分かった。勅命ならば、私に異論はない。紅蛇傭兵団の応援にも感謝する」
頭痛を覚えてこめかみを揉みつつ、諦めるようにそう言うと紅蛇の傭兵の一人がクスクスと笑った。
「あんたもラエル隊長に振り回されて大変そうだな~。ま、俺達は主に魔狼を狩っているから腕に期待していいぜ。依頼を受けたからには全力で狩るからよ」
「それは頼もしいな」
ユリーゼとチームのリーダーと思われる男性が握手を交わして挨拶をすると、ラエルはその場を離れて誰かを探すように隊を見回した。
「ザギとアンドソンはまだいるか?」
「はい。二人なら、後方にいるはずですよ」
近くにいた騎士に居場所を聞くとラエルは礼を言って隊の後方に向かい、二人の姿を探し始めた。
「副団長、探しているのは俺達ですか?」
しばらく探しているとそんな声が聞こえてきて、後ろからゆったりと馬を歩かせてラエルの元へ来るアンドソンの姿を見つけた。ラエルはその声に振り返り、目的の人物を見つけられてホッとしたようにいくらか厳つい表情を緩めた。
「正解だ。よく分かったな」
「伝言ゲームのように、ラエル副団長が俺達を探している事が伝わってきましたからね。それで、用件は何ですか?」
「残念だが、アンドソンじゃなくてザギに用事だな」
その言葉に、アンドソンはさほど気にした様子もなく軽く肩をすくめて「左様ですか」と微笑むと、後ろに乗っていたザギがヒョコッと顔を出した。
「僕?」
「おう、お前さんだ。ザギ、よくもお前、俺にドラゴンの慰め役を押しつけたな? 泣き止ませるの、大変だったぞ」
苦笑をしながら苦情を漏らすラエルに、ザギは申し訳無さそうに目を伏せて「ごめんなさい…」と素直に謝った。
「おう、次はちゃんと説明してから出ていってくれな。で、ここからが肝心の本題だ。どこで俺が応援に赴くと知ったのかは知らないが、俺が出発する直前にレイロンド殿下、リオ殿下、ドラゴンの三人からザギへのプレゼントを渡されたんだ。だから預かってきたぜ」
「僕に、プレゼント?」
予想外の言葉に、ザギは戸惑ったように眉をひそめて首をかしげた。その様子を見てラエルはフッと優しく笑うと、荷物袋からそのプレゼントを取り出した。
「まずはレイロンド殿下とリオ殿下からのプレゼントだが、この指輪だ。これは、リオ殿下が産まれたときにレイロンド殿下が兄弟の証として作られた、対の指輪の片方だ。同じものをレイロンド殿下が持っている」
そう言ってザギに渡したのは、綺麗なアイスブルーの石が嵌め込まれた指輪で、首から下げられるようにチェーンが通っていた。
「えっ! そんな大切な物、受け取れないよ!」
慌ててラエルに返そうとするザギに、ラエルは「おいおい」と困ったように苦笑した。
「返そうとするな。これはお前がいつでも城に戻ってこられるように、そしていつまでも、離れていても、友であり兄弟であることを忘れないように贈られた物だ。俺が持ってても仕方ねぇ。それに、同じものを今度リオ殿下とドラゴンも作るらしいから気にするな。で、次にドラゴンからのプレゼントな。…と、すまん。ここに来るまでに少しくしゃくしゃになっちまったな」
ラエルは申し訳無さそうに後頭を掻きつつ、ザギに一通の手紙を渡した。
「これ…ドラゴンからの手紙…?」
「おう、頑張って自分で書いたみたいだぞ」
ラエルは我が子を誉めるかのごとく、ちょっと自慢気に言って笑うと読むように促した。
【にいちゃんへ
ぼくも、つよくなる。それで、にいちゃんのこと、まってる。だから、ぜったいにもどってきてね。ぼくも、にいちゃんがだいすきだよ! ドラゴン】
なんとか形になっているような拙い字で、めいっぱいの想いが綴られた短い手紙はザギの胸をいっぱいにして視界を歪ませ、ポタポタと手紙に涙の跡を作った。
「ありがとう、ドラゴン…!」
額に手紙を押し当てて感極まった声でそう言うとしばらく嗚咽を漏らして泣いたのだった。
「ザギ、もう出てきていいぞ」
荷馬車を御しているアンドソンが後ろに向かって声を掛けると、もぞもぞと荷物が動いて「ぷはっ」とザギが顔を出した。
「そこは狭いだろう、俺の隣に来るといい」
「はい」
ザギはガタゴトと揺れる荷馬車の上を器用に歩いて御者席まで行くと、アンドソンの隣にちょこんと座った。
すると近くで馬を走らせている騎士達がザギの話題で盛り上がり始める。
「それにしても、まさかザギが一週間で剣を覚えるとは思わなかったな~」
「俺、昨日のザギの悪鬼討伐に同行したけど、結構楽勝って感じだったぞ」
「さっすが~! アンドソン隊長の愛弟子はやっぱりひと味違いますね」
「当たり前だ。団長から直々にザギを育てるよう頼まれたんだ。その辺の騎士を育てるよりも力が入る」
心からユリーゼを敬愛しているといった様子で微笑みながらそう言うアンドソンに、周りに居る騎士達も頷いて納得する。
「確かに、団長から直々に何か頼まれたら全力で応えたくなるよな」
「天性のリーダー気質だよね、あの人は」
「でも知ってるか? あの団長も、奥さんの前だったり、奥さんの話題になると、幸せいっぱいのただの男に戻るんだぜ? 初めてその団長を見たときは、ギャップで目眩がしたほどだ」
「あー、知ってる知ってる。愛妻家だよね~、団長。僕の嫁さんは怖くて…。いつも尻に敷かれてるよ~」
トホホと嘆く騎士だが、周りの騎士がカラカラと笑いながら「それでも幸せそうに、いつもいちゃついてるだろうが」と彼をからかい、ベテランの騎士が「嫁の尻に敷かれるよりも、娘に避けられる方が辛いぞ」と苦労を滲ませた。
もっと張り詰めた様子を想像していたザギだったが、予想を裏切ってとても和やかな空気が包んでいる事に驚き、彼らの会話を楽しい気持ちで聞いていた。そして微笑みながら隣にいるアンドソンに声を掛けた。
「賑やかだね」
「ま、まだここは魔物が多発する場所ではないからな。多少気を抜いても問題はない。それに今回の魔狼討伐は命の保証はされない危険な任務だからな。今のうちに気を紛らわせたり、士気を上げたりしておくんだ。…王に忠義とこの身を捧げ、いつでも死ぬことを覚悟していても、死とはやはり恐ろしいものだからな」
アンドソンは見送ってきた幾人もの仲間を見ているように遠くを見つめていて、その眼差しは哀愁を帯びているように見えた。ザギはそんなアンドソンに掛ける言葉が見つからず、口を噤むことしか出来なかった。しかしそんな表情を見せたのは一瞬の事で、すぐに柔らかな笑みで消し去ってしまった。
「そんな顔をするな。人はいつか死ぬんだ。ほら、菓子でも食べて笑っとけ」
小さな袋から保存の利く砂糖菓子を取り出すとザギの口に放り込み、わしわしと頭を撫でた。ザギは口の中で広がる砂糖の甘さと大きな手で撫でられる心地よさに自然と頬が緩み、アンドソンもザギの笑顔につられて笑みを深めた。
「いい笑顔だ」
「アンドソン隊長の笑顔も素敵ですよ~」
「ふ、俺の笑顔が素敵なのは生まれつきだ」
さらりと冗談を口にするアンドソンに騎士達はワイワイとアンドソンに絡み、荷馬車の周りは明るい笑いに包まれた。
そんなピクニックかと勘違いしてしまいそうなほど和やかに馬を進めること数日の時が経った。日を追うごとに騎士達の表情が引き締まっていくのをザギは感じ、出発当初のような明るさが落ち着いてしまった事を少し寂しく感じていた。
しかしそれも当然の事である。あと一週間もすれば魔狼との戦闘予想地域に入り、いつどこで魔狼と出くわすか分からない状況になるのだ。その周辺に近付けば、魔狼以外の魔物の出現率も上がる。
魔物は強い瘴気に引き寄せられる習性を持っているため、強い瘴気を帯びる魔狼の周囲には多くの魔物が寄ってくるのだ。その為、魔狼だけでなく他の魔物にも注意を払わねばならない。
それでも休憩の時は明るい会話が飛び交っているため、ザギはこの遠征が命懸けであるということを忘れて、一緒に騎士達と笑いあって遠征を楽しんでいた。
そんな休憩中に、後方から砂塵を巻き上げてこちらに向かってくる一団を確認すると、ユリーゼが鋭い声で戦闘準備を指示し、指示を受けた騎士達は各々馬に飛び乗って隊列を組み、武器を構えた。
まだ馬に乗れないザギはアンドソンの後ろに乗せてもらっているのだが、ピリピリとした緊張感のある空気に呑まれて自分も緊張してしまい、少しでも緊張を和らげようとアンドソンの背に抱き付いた。
アンドソンはそんなザギの緊張を和らげてあげようと、回された小さな手を包み込んで励ましの言葉を送る。
「俺にしっかり掴まっていれば大丈夫だ。体から力を抜いて、振り落とされないよう柔軟に馬の動きに合わせろ。力んでると逆に振り落とされるぞ。…一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせろ」
「う、うん…」
ザギはまだ緊張気味だが、深呼吸をしてなるべく体を力ませないように努めた。
「いい子だ」
アンドソンは優しい声でそう言うと剣を抜き、砂塵を巻き上げる一団をしっかりと見据えて気を引き締めた。
しかしその一団はある程度近付くと速度を落として近付いてきて、望遠鏡で様子を見ていた騎士がその一団の先頭にいる人物の正体に気付くと驚いた声を上げた。
「えっ、ラエル副団長!?」
「なんだと? 本当にラエルか?」
ユリーゼが眉をひそめてその騎士から望遠鏡を借りると、望遠鏡を覗いて眉間のシワを深くした。
「総員、武器を下ろして待機!」
ユリーゼの指示に、騎士達は張り詰めた糸を緩めるように息を吐いて武器を下ろし、各々ラエルの参戦に笑みを溢した。
「ラエル副団長が来たらしいよ」
「まあ、あの人は留守番よりも前線が似合う人だもんなぁ」
「むしろ今回、副団長が指揮を任されなかった事の方が驚きだったもんなー」
「確かに。今回の討伐作戦は厳しいもので命懸けだろ? 団長の奥さん、もうすぐ赤ん坊を産むらしいから、今回は副団長に任せてそっちに付き添うかとばかり思ってたぜ」
「まあ、命懸けだからこそ責任を持って団長自ら出てきたんだろうけどね~」
「でも、近衛のツートップがこっちに来ちゃダメじゃない? 王城で指揮する人居ないじゃん」
「確かに」
「最悪、衛兵総長が全て指揮してるよね~」
「うわー、可哀想」
「笑いながら可哀想って言うなよ」
「君も笑ってるから同罪でしょ」
ざわざわと雑談をし始める騎士達に構わず、ユリーゼは傭兵を引き連れてきたラエルを厳しい表情で迎え入れ、低い声で咎めた。
「お前には城の守備を任せているはずだ。任務を放棄し、ここに来た理由を聞かせてもらおう」
周囲の空気を凍らせるのではないかというような冷え冷えとした声に、近くにいた騎士と傭兵達はゾクッと背筋を凍らせたが、咎められている肝心の本人は意に介した様子はないどころか、強烈な怒りのオーラを漂わせてユリーゼを睨んでいた。
「それはこっちの台詞だろうが。本来、この討伐部隊の指揮を取るのは俺だったと陛下から伺った。そんな勅命にお前はおそれ多くも不服申し立てをして、自分を討伐部隊の指揮官にするように嘆願したらしいな。俺をどこまで侮辱すれば気が済むんだ?」
いつもなら吠えて怒るラエルだが、怒りが限界点を越えて逆に冷静になっているのか、ユリーゼ以上に冷たい声で、怒りをユリーゼにぶつけた。
「……確かに、本来この討伐部隊を指揮するのはお前だった。だが、お前に部隊を任せられない理由は先日話したはずだ。陛下もそれに納得して──」
「ふざっけんなっ!! お前が陛下を納得させた理由は俺の力不足だけじゃねぇだろ!! 全部、陛下から聞いたぞ。俺の存在が周りの士気を上げるため、失うには惜しい存在である事、伸びしろのある俺を次期団長に推薦していた事、そして、今回魔狼に襲われた地方がお前とリリアンヌ殿の故郷であるから、己の手で救いたいという完全なる私情であることをな!」
ラエルの激情に雑談をしていた騎士達もシンと静まり、全ての視線がラエルとユリーゼに注がれた。そんな激情をユリーゼは顔色一つ変えずに受け止めてラエルの目をしっかりと見ると口を開いた。
「言いたいことはそれだけか? いいか、ラエル。確かに、私情が絡んでいることは認める。だが陛下は私の私情を認めた上で、私が部隊の指揮を執ることをお許しになった。だからお前がどれだけ吠えようと無駄だ。今回の遠征でお前の出番はない。さっさと帰れ」
「断る。俺がここにいるのは陛下の命令だ。俺と紅蛇傭兵団の元部下もこの討伐部隊に加わる。騎士団の指揮はトレイシー千人隊長補佐に任せてきたから問題はない。お前はまた勅命に逆らう気か?」
「………はぁ、分かった。勅命ならば、私に異論はない。紅蛇傭兵団の応援にも感謝する」
頭痛を覚えてこめかみを揉みつつ、諦めるようにそう言うと紅蛇の傭兵の一人がクスクスと笑った。
「あんたもラエル隊長に振り回されて大変そうだな~。ま、俺達は主に魔狼を狩っているから腕に期待していいぜ。依頼を受けたからには全力で狩るからよ」
「それは頼もしいな」
ユリーゼとチームのリーダーと思われる男性が握手を交わして挨拶をすると、ラエルはその場を離れて誰かを探すように隊を見回した。
「ザギとアンドソンはまだいるか?」
「はい。二人なら、後方にいるはずですよ」
近くにいた騎士に居場所を聞くとラエルは礼を言って隊の後方に向かい、二人の姿を探し始めた。
「副団長、探しているのは俺達ですか?」
しばらく探しているとそんな声が聞こえてきて、後ろからゆったりと馬を歩かせてラエルの元へ来るアンドソンの姿を見つけた。ラエルはその声に振り返り、目的の人物を見つけられてホッとしたようにいくらか厳つい表情を緩めた。
「正解だ。よく分かったな」
「伝言ゲームのように、ラエル副団長が俺達を探している事が伝わってきましたからね。それで、用件は何ですか?」
「残念だが、アンドソンじゃなくてザギに用事だな」
その言葉に、アンドソンはさほど気にした様子もなく軽く肩をすくめて「左様ですか」と微笑むと、後ろに乗っていたザギがヒョコッと顔を出した。
「僕?」
「おう、お前さんだ。ザギ、よくもお前、俺にドラゴンの慰め役を押しつけたな? 泣き止ませるの、大変だったぞ」
苦笑をしながら苦情を漏らすラエルに、ザギは申し訳無さそうに目を伏せて「ごめんなさい…」と素直に謝った。
「おう、次はちゃんと説明してから出ていってくれな。で、ここからが肝心の本題だ。どこで俺が応援に赴くと知ったのかは知らないが、俺が出発する直前にレイロンド殿下、リオ殿下、ドラゴンの三人からザギへのプレゼントを渡されたんだ。だから預かってきたぜ」
「僕に、プレゼント?」
予想外の言葉に、ザギは戸惑ったように眉をひそめて首をかしげた。その様子を見てラエルはフッと優しく笑うと、荷物袋からそのプレゼントを取り出した。
「まずはレイロンド殿下とリオ殿下からのプレゼントだが、この指輪だ。これは、リオ殿下が産まれたときにレイロンド殿下が兄弟の証として作られた、対の指輪の片方だ。同じものをレイロンド殿下が持っている」
そう言ってザギに渡したのは、綺麗なアイスブルーの石が嵌め込まれた指輪で、首から下げられるようにチェーンが通っていた。
「えっ! そんな大切な物、受け取れないよ!」
慌ててラエルに返そうとするザギに、ラエルは「おいおい」と困ったように苦笑した。
「返そうとするな。これはお前がいつでも城に戻ってこられるように、そしていつまでも、離れていても、友であり兄弟であることを忘れないように贈られた物だ。俺が持ってても仕方ねぇ。それに、同じものを今度リオ殿下とドラゴンも作るらしいから気にするな。で、次にドラゴンからのプレゼントな。…と、すまん。ここに来るまでに少しくしゃくしゃになっちまったな」
ラエルは申し訳無さそうに後頭を掻きつつ、ザギに一通の手紙を渡した。
「これ…ドラゴンからの手紙…?」
「おう、頑張って自分で書いたみたいだぞ」
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【にいちゃんへ
ぼくも、つよくなる。それで、にいちゃんのこと、まってる。だから、ぜったいにもどってきてね。ぼくも、にいちゃんがだいすきだよ! ドラゴン】
なんとか形になっているような拙い字で、めいっぱいの想いが綴られた短い手紙はザギの胸をいっぱいにして視界を歪ませ、ポタポタと手紙に涙の跡を作った。
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