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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)
―母との再開― 1
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あの激戦だった魔狼討伐が終わりを告げてから三年の時が経った。
あの後ユリーゼ達は城へ帰還する前に、陥落した国土防衛軍の基地を偵察しに行っていた。しかし基地に近付くことすら困難なほど魔物がはびこっている状態で、ユリーゼはこのまま戦うことは不可能と判断して迅速に城へ戻ることを選択した。
そして城に到着するや、すぐに討伐の報告と魔人達の報告、ザギがさらわれてしまった事、部隊が受けた損害、国土防衛軍の基地が魔物に占拠されていることを王に報告した。
王はユリーゼの報告を聞くとすぐさまザギの捜索と魔物の巣窟となった基地の奪還のために動き出した。ザギの捜索には王家直轄の密偵を宛がい、基地奪還は防衛軍に全権を委ねて早急な奪還を命令した。
その結果、再び多くの犠牲を出しつつも基地の奪還に成功し、二人の魔族が力を与えた魔物達は一掃されたのだった。
そして全ての戦いが終わり、戦いに散った者達の弔いの式も終わると、ユリーゼは多くの騎士を死なせてしまった責任とザギを敵の手に渡してしまった責任を負って、王から近衛騎士団長の称号剥奪と辞職が命じられ、ユリーゼはそれを受け入れて王宮を去っていった。
それに続いてラエルも責任を取るべく、自主的に近衛騎士副団長の称号を返還して辞めようとしたが、王はそれを許さずにラエルを近衛騎士団長に任命し、団長として責務を全うすることで責任を取ることを言い渡した。その為ラエルは複雑な心境で以て新な近衛騎士団長となり、新体制で近衛騎士団が動き出した。
一方、ザギが行方知れずとなった事を知ったドラゴンは、知らせに来たユリーゼとラエルを罵倒しながら泣きじゃくる事しか出来なかった。そんなドラゴンを二人は心痛の面持ちで受け止め、ただひたすら謝罪をする他なかった。
ドラゴンはそれ以来近衛騎士団と王城衛兵に不信感を抱くようになり、以前のように強い憧れを抱いて目を輝かせる事がなくなってしまった。
それでも、三年の間で幾ばくか不信感は薄れ、九歳となった現在では笑顔で雑談ができる程度には関係修復は成されていた。
そんな、ようやく穏やかな日常が戻ったあるうららかな春の日に、ある知らせがドラゴンの所に飛び込んできた。
「ドラゴン! ドラゴン! ちょっと起きてよ!」
授業が終わり、東屋でアリアーサから借りた本を読んでいたドラゴンだったが、春の暖かい陽気と優しい日差しに誘われるように眠ってしまったらしい。
いきなりガクガクと揺さぶられて心地よい夢から強制的に現実に戻されると、寝起きの気だるさと陽光の眩しさに眉を寄せて「なに?」と不機嫌そうに起きた。
「あ、起きた! よかった!」
起こした張本人は、ドラゴンが不機嫌そうな事も気にせずにニカッと笑って「おはよ~」とのんきに挨拶をした。
「……リオ、さっさと着替えたほうがいいんじゃない? 風邪引く」
全身汗でびしょ濡れのリオはおそらく先程まで近衛騎士団か王城衛兵の訓練に参加していたのだろう。王族とは思えない身軽な服装に、鍛練用の刃を潰した剣を腰に下げていた。
「後で着替える! それより今はドラゴンの方が大事! ほら、立って立って!」
グイグイと腕を掴んでドラゴンを無理やり立たせると、リオはそのまま手を繋いで東屋を飛び出した。いきなり連れ出されたドラゴンはバランスを崩しつつも、なんとかリオの動きについていき、いきなりの行動に抗議の声を上げた。
「ちょ、いきなり何なんだよ!? 説明してから行動してくれない!?」
「あ、ごめんごめん。今さっきね、ドラゴンの母上がこの城に到着したんだ! ようやく見つかったんだよ!」
嬉々として教えてくれたリオの言葉をドラゴンは一瞬理解できず、もう一度脳内でリオの言葉を反芻してようやく理解に至った。
「……見つかった? …母さんが?」
「そっ! たぶん今、父様の所で話をしてると思うから、応接室に行こう!」
全く実感がなく、他人事のように感じているドラゴンをリオはそのまま応接室まで引っ張り続けた。
そして応接室の前まで来ると、ドラゴンはハッと我に返り、応接室の扉を開けようとするリオの手を掴んで止めた。
「ま、待って! まだ心の準備が出来てない…! 母さんと別れたのは四歳の時で、正直顔もよく覚えてないのに、どんな顔をして会えばいいか分からないよ!」
「大丈夫、大丈夫! ドラゴンを迎えに行く前に遠目から見たけど、優しそうな人だったよ!」
不安で若干涙目になってるドラゴンに、リオはカラッとした笑顔でドラゴンを励まし、ポンポンと背中を叩いた。
「で、でも……」
「あー、もう! ウジウジしてないでさっさと行ってこーい!」
扉の脇に控えていた近衛騎士が慌てるのも気にせず、リオが自らの手でバンッと扉を開けると、王と王の側近のデルトア、そして艶やかな黄緑色の髪を一つにまとめている女性が、特に驚いた様子もなくこちらを伺っていた。
「リオ、ドラゴン、部屋の前で話すときはもう少し声を落としなさい。中まで聞こえていたぞ?」
「ごめんなさい…」
「はーい。でもさ父様、ドラゴンが女々しいから思わず声が大きくなったんだよ!」
「うぅ、女々しいって言うな!」
二人の仲睦まじい様子に、女性は優しく目を細めて少し涙ぐみ、王に深く頭を下げた。
「本当に、大きく成長したのね。陛下、ありがとうございます」
「いや、礼にはおよばない。我が息子達もドラゴンの存在に救われている事も多い。感謝するのは私の方だ」
王は穏やかに微笑んで見せると、その表情のままドラゴン達の方を向いた。
「ドラゴンもせっかく来たのだ。こちらに来なさい。そしてリオは着替えてきなさい。そのままでは風邪を引いてしまうよ」
王の言葉に二人はそれぞれ返事をして、ドラゴンは緊張ぎみに王の所へ行き、リオは相変わらずの軽いフットワークで応接室を出ていった。
「ドラゴン、お母さんの隣に座ってあげなさい。急で悪いが、ドラゴンの意思も聞きたいからね」
「僕の意思…?」
首を傾げつつも少し離れて女性の隣に座り、王に話の続きを促した。女性は、少し開けて座ったドラゴンを見て少し悲しげな表情を浮かべたが、何も言わずに受け入れて話を遮るような事はしなかった。
「あぁ。難しい選択となるかもしれないが、ドラゴンにはお母さんと一緒に故郷へ帰るか、ここに残るのかを決めてもらいたい」
「え…い、今、ここで、ですか?」
告げられたその言葉にドラゴンは困惑と戸惑いを隠しきれず、思わず眉をひそめた。しかし王はゆるゆると首を横に振り、安心させるように微笑んだ。
「いや、今すぐでなくていい。大きな決断となるからゆっくりと考えなさい。もしお母さんと故郷へ帰るならば、私は息子達にドラゴンの選択を尊重するよう説得して、息子達とドラゴンを見送ろう。しかし逆に、ここに残りたいと思うのであれば、私はドラゴンを守るために後見人を付けようと思っている。その後見人も腹心のデルトアに頼むつもりだ。もちろん、デルトアが後見人になったからと言ってお母さんのレイリア殿と親子の縁を切るわけではない。あくまでもドラゴンが王宮で安心して暮らせるように、側で守る大人を付けるだけだから安心しなさい。私もレイリア殿も、ドラゴンの選択を尊重するつもりでいるから、私達の事は気にせずに決めるといいよ」
王の言葉を聞き、ドラゴンはここに来てからの三年間を思い返した。
ここに来てすぐの頃は、何も分からず、ただリオとレイロンドと一緒にいることが当たり前で、ずっとこのままでいいと思っていた。しかし王宮で暮らすことに慣れ、周りの様子に目が行く余裕が出来てくると、それが当たり前ではない事に否が応でも気付いてしまった。
王宮内では自分よりも大人な、それこそお爺さんやお婆さんというような高齢の人まで、廊下でリオやレイロンドとすれ違うときに頭を垂れて敬い、脇に避けて彼らが通り過ぎるのを待った。そしてその誰もが二人に用も無く声を掛ける事はしない。唯一、リオがよく挨拶をしている近衛騎士や王城衛兵は王宮内でリオを見掛けると挨拶をすることもあるが、宿舎で交わすような気安い会話はほとんどしない。
それゆえ、気安くリオやレイロンドと言葉を交わし、不敬とも取れる態度で接するドラゴンは貴族達から良く思われないのは至極当たり前であった。
ドラゴンはリオやレイロンド、そして城を巡回する近衛騎士や王城衛兵がいない所で、貴族の子息や命令を受けた使用人に陰湿ないじめを受けるようになったのだ。もちろん城の巡回は隅々まで行われているため、いじめの現場を見つけた時は、彼らがすぐにドラゴンを助けていたが、いじめている側も学習して狡猾になっていく。
巡回のルートを事前に調べて助けに来る前に引き上げたり、賄賂を渡して見逃すように仕向けたり、身分にものを言わせたりと、中々手が出せない事も多々あり、そのせいで一度死にかけた事もあったほどだった。
ドラゴンの身体には、父親から受けた暴力の痕の他に新しく傷が増え、その心にも死にかけた時の記憶がトラウマとして植え付けられている。それが深い傷となってドラゴンを苦しめていた。
それを知っている王だから、ドラゴンが王宮に残る決断を下したときは腹心のデルトアを付けて、何かあったときに迅速な対応が出来るように配慮したのだろう。
ドラゴンはそんな王の心遣いに感謝しつつ、疼く傷と心の闇に一瞬だけ眉を寄せて不快感をやり過ごした。
そんな風に傷付いてもドラゴンが王宮から逃げ出さなかったのは、自分を『兄弟』だと言ってくれるリオやレイロンド、我が子のように心配をしてくれる王や王妃、そしてアリアーサ。さらに精一杯手を打ってドラゴンを助けようとしてくれる近衛騎士や王城衛兵達に支えられていたからだった。そしてドラゴンも、支えてくれている温かい人達の側にいたいと強く願い、自分自身を守るため、そして貴族達に劣らない知識を得るために必死になって勉学に励んでいたのだった。
そう、ドラゴンはこの王宮で生き抜くことに必死だったのだ。だからこそ、母親との再会がいつかあることをすっかり忘れて、ずっとこの王宮で生きていくのだと信じていた。
ドラゴンはこの三年間をそうやって過ごしていた。
だから突然訪れた母親との再会に、強い戸惑いを隠しきれず、正直なところ混乱すらしていた。それでも、どうしてもレイリアに聞きたかったことを聞くべく、ドラゴンは一度深呼吸をして動揺や戸惑いなどの感情を全て心の奥に押しやると、隣に座る母に体を向けて声をかけた。
あの後ユリーゼ達は城へ帰還する前に、陥落した国土防衛軍の基地を偵察しに行っていた。しかし基地に近付くことすら困難なほど魔物がはびこっている状態で、ユリーゼはこのまま戦うことは不可能と判断して迅速に城へ戻ることを選択した。
そして城に到着するや、すぐに討伐の報告と魔人達の報告、ザギがさらわれてしまった事、部隊が受けた損害、国土防衛軍の基地が魔物に占拠されていることを王に報告した。
王はユリーゼの報告を聞くとすぐさまザギの捜索と魔物の巣窟となった基地の奪還のために動き出した。ザギの捜索には王家直轄の密偵を宛がい、基地奪還は防衛軍に全権を委ねて早急な奪還を命令した。
その結果、再び多くの犠牲を出しつつも基地の奪還に成功し、二人の魔族が力を与えた魔物達は一掃されたのだった。
そして全ての戦いが終わり、戦いに散った者達の弔いの式も終わると、ユリーゼは多くの騎士を死なせてしまった責任とザギを敵の手に渡してしまった責任を負って、王から近衛騎士団長の称号剥奪と辞職が命じられ、ユリーゼはそれを受け入れて王宮を去っていった。
それに続いてラエルも責任を取るべく、自主的に近衛騎士副団長の称号を返還して辞めようとしたが、王はそれを許さずにラエルを近衛騎士団長に任命し、団長として責務を全うすることで責任を取ることを言い渡した。その為ラエルは複雑な心境で以て新な近衛騎士団長となり、新体制で近衛騎士団が動き出した。
一方、ザギが行方知れずとなった事を知ったドラゴンは、知らせに来たユリーゼとラエルを罵倒しながら泣きじゃくる事しか出来なかった。そんなドラゴンを二人は心痛の面持ちで受け止め、ただひたすら謝罪をする他なかった。
ドラゴンはそれ以来近衛騎士団と王城衛兵に不信感を抱くようになり、以前のように強い憧れを抱いて目を輝かせる事がなくなってしまった。
それでも、三年の間で幾ばくか不信感は薄れ、九歳となった現在では笑顔で雑談ができる程度には関係修復は成されていた。
そんな、ようやく穏やかな日常が戻ったあるうららかな春の日に、ある知らせがドラゴンの所に飛び込んできた。
「ドラゴン! ドラゴン! ちょっと起きてよ!」
授業が終わり、東屋でアリアーサから借りた本を読んでいたドラゴンだったが、春の暖かい陽気と優しい日差しに誘われるように眠ってしまったらしい。
いきなりガクガクと揺さぶられて心地よい夢から強制的に現実に戻されると、寝起きの気だるさと陽光の眩しさに眉を寄せて「なに?」と不機嫌そうに起きた。
「あ、起きた! よかった!」
起こした張本人は、ドラゴンが不機嫌そうな事も気にせずにニカッと笑って「おはよ~」とのんきに挨拶をした。
「……リオ、さっさと着替えたほうがいいんじゃない? 風邪引く」
全身汗でびしょ濡れのリオはおそらく先程まで近衛騎士団か王城衛兵の訓練に参加していたのだろう。王族とは思えない身軽な服装に、鍛練用の刃を潰した剣を腰に下げていた。
「後で着替える! それより今はドラゴンの方が大事! ほら、立って立って!」
グイグイと腕を掴んでドラゴンを無理やり立たせると、リオはそのまま手を繋いで東屋を飛び出した。いきなり連れ出されたドラゴンはバランスを崩しつつも、なんとかリオの動きについていき、いきなりの行動に抗議の声を上げた。
「ちょ、いきなり何なんだよ!? 説明してから行動してくれない!?」
「あ、ごめんごめん。今さっきね、ドラゴンの母上がこの城に到着したんだ! ようやく見つかったんだよ!」
嬉々として教えてくれたリオの言葉をドラゴンは一瞬理解できず、もう一度脳内でリオの言葉を反芻してようやく理解に至った。
「……見つかった? …母さんが?」
「そっ! たぶん今、父様の所で話をしてると思うから、応接室に行こう!」
全く実感がなく、他人事のように感じているドラゴンをリオはそのまま応接室まで引っ張り続けた。
そして応接室の前まで来ると、ドラゴンはハッと我に返り、応接室の扉を開けようとするリオの手を掴んで止めた。
「ま、待って! まだ心の準備が出来てない…! 母さんと別れたのは四歳の時で、正直顔もよく覚えてないのに、どんな顔をして会えばいいか分からないよ!」
「大丈夫、大丈夫! ドラゴンを迎えに行く前に遠目から見たけど、優しそうな人だったよ!」
不安で若干涙目になってるドラゴンに、リオはカラッとした笑顔でドラゴンを励まし、ポンポンと背中を叩いた。
「で、でも……」
「あー、もう! ウジウジしてないでさっさと行ってこーい!」
扉の脇に控えていた近衛騎士が慌てるのも気にせず、リオが自らの手でバンッと扉を開けると、王と王の側近のデルトア、そして艶やかな黄緑色の髪を一つにまとめている女性が、特に驚いた様子もなくこちらを伺っていた。
「リオ、ドラゴン、部屋の前で話すときはもう少し声を落としなさい。中まで聞こえていたぞ?」
「ごめんなさい…」
「はーい。でもさ父様、ドラゴンが女々しいから思わず声が大きくなったんだよ!」
「うぅ、女々しいって言うな!」
二人の仲睦まじい様子に、女性は優しく目を細めて少し涙ぐみ、王に深く頭を下げた。
「本当に、大きく成長したのね。陛下、ありがとうございます」
「いや、礼にはおよばない。我が息子達もドラゴンの存在に救われている事も多い。感謝するのは私の方だ」
王は穏やかに微笑んで見せると、その表情のままドラゴン達の方を向いた。
「ドラゴンもせっかく来たのだ。こちらに来なさい。そしてリオは着替えてきなさい。そのままでは風邪を引いてしまうよ」
王の言葉に二人はそれぞれ返事をして、ドラゴンは緊張ぎみに王の所へ行き、リオは相変わらずの軽いフットワークで応接室を出ていった。
「ドラゴン、お母さんの隣に座ってあげなさい。急で悪いが、ドラゴンの意思も聞きたいからね」
「僕の意思…?」
首を傾げつつも少し離れて女性の隣に座り、王に話の続きを促した。女性は、少し開けて座ったドラゴンを見て少し悲しげな表情を浮かべたが、何も言わずに受け入れて話を遮るような事はしなかった。
「あぁ。難しい選択となるかもしれないが、ドラゴンにはお母さんと一緒に故郷へ帰るか、ここに残るのかを決めてもらいたい」
「え…い、今、ここで、ですか?」
告げられたその言葉にドラゴンは困惑と戸惑いを隠しきれず、思わず眉をひそめた。しかし王はゆるゆると首を横に振り、安心させるように微笑んだ。
「いや、今すぐでなくていい。大きな決断となるからゆっくりと考えなさい。もしお母さんと故郷へ帰るならば、私は息子達にドラゴンの選択を尊重するよう説得して、息子達とドラゴンを見送ろう。しかし逆に、ここに残りたいと思うのであれば、私はドラゴンを守るために後見人を付けようと思っている。その後見人も腹心のデルトアに頼むつもりだ。もちろん、デルトアが後見人になったからと言ってお母さんのレイリア殿と親子の縁を切るわけではない。あくまでもドラゴンが王宮で安心して暮らせるように、側で守る大人を付けるだけだから安心しなさい。私もレイリア殿も、ドラゴンの選択を尊重するつもりでいるから、私達の事は気にせずに決めるといいよ」
王の言葉を聞き、ドラゴンはここに来てからの三年間を思い返した。
ここに来てすぐの頃は、何も分からず、ただリオとレイロンドと一緒にいることが当たり前で、ずっとこのままでいいと思っていた。しかし王宮で暮らすことに慣れ、周りの様子に目が行く余裕が出来てくると、それが当たり前ではない事に否が応でも気付いてしまった。
王宮内では自分よりも大人な、それこそお爺さんやお婆さんというような高齢の人まで、廊下でリオやレイロンドとすれ違うときに頭を垂れて敬い、脇に避けて彼らが通り過ぎるのを待った。そしてその誰もが二人に用も無く声を掛ける事はしない。唯一、リオがよく挨拶をしている近衛騎士や王城衛兵は王宮内でリオを見掛けると挨拶をすることもあるが、宿舎で交わすような気安い会話はほとんどしない。
それゆえ、気安くリオやレイロンドと言葉を交わし、不敬とも取れる態度で接するドラゴンは貴族達から良く思われないのは至極当たり前であった。
ドラゴンはリオやレイロンド、そして城を巡回する近衛騎士や王城衛兵がいない所で、貴族の子息や命令を受けた使用人に陰湿ないじめを受けるようになったのだ。もちろん城の巡回は隅々まで行われているため、いじめの現場を見つけた時は、彼らがすぐにドラゴンを助けていたが、いじめている側も学習して狡猾になっていく。
巡回のルートを事前に調べて助けに来る前に引き上げたり、賄賂を渡して見逃すように仕向けたり、身分にものを言わせたりと、中々手が出せない事も多々あり、そのせいで一度死にかけた事もあったほどだった。
ドラゴンの身体には、父親から受けた暴力の痕の他に新しく傷が増え、その心にも死にかけた時の記憶がトラウマとして植え付けられている。それが深い傷となってドラゴンを苦しめていた。
それを知っている王だから、ドラゴンが王宮に残る決断を下したときは腹心のデルトアを付けて、何かあったときに迅速な対応が出来るように配慮したのだろう。
ドラゴンはそんな王の心遣いに感謝しつつ、疼く傷と心の闇に一瞬だけ眉を寄せて不快感をやり過ごした。
そんな風に傷付いてもドラゴンが王宮から逃げ出さなかったのは、自分を『兄弟』だと言ってくれるリオやレイロンド、我が子のように心配をしてくれる王や王妃、そしてアリアーサ。さらに精一杯手を打ってドラゴンを助けようとしてくれる近衛騎士や王城衛兵達に支えられていたからだった。そしてドラゴンも、支えてくれている温かい人達の側にいたいと強く願い、自分自身を守るため、そして貴族達に劣らない知識を得るために必死になって勉学に励んでいたのだった。
そう、ドラゴンはこの王宮で生き抜くことに必死だったのだ。だからこそ、母親との再会がいつかあることをすっかり忘れて、ずっとこの王宮で生きていくのだと信じていた。
ドラゴンはこの三年間をそうやって過ごしていた。
だから突然訪れた母親との再会に、強い戸惑いを隠しきれず、正直なところ混乱すらしていた。それでも、どうしてもレイリアに聞きたかったことを聞くべく、ドラゴンは一度深呼吸をして動揺や戸惑いなどの感情を全て心の奥に押しやると、隣に座る母に体を向けて声をかけた。
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