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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

―母との再会― 4

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 ラエルに運ばれて城に戻ると、ドラゴンは汗を流すためにシャワー室に向かい、汚れを落としてさっぱりした。そして同じようにシャワーを浴びていたリオと朝食に向かい、美味しい料理に舌鼓を打つと、ドラゴンはさっそく決心したことを伝えるために王のところへ向かった。
 しかし王は多忙の身であることから中々会うことができず、結局会えたのは夜も遅い時間だった。
 コンコンとノックをすると、誰が来たのか分かっているのか、中から穏やかな声で「入りなさい」と声がかかった。
「失礼します。夜分遅くにすみません」
「いいや、いいんだよ、ドラゴン。私こそ、一日待たせてしまって悪かったね。デルトアから聞いたよ。私を探して王宮を歩き回っていたって。さあ、私の膝の上に来なさい」
 王は満面の笑顔で腕を広げると、ドラゴンは少しためらいつつも王のところへ行き、王の膝の上に向かい合うようの座った。
「おぉ、大きくなったなぁ、ドラゴン。小さい頃は懐に収まったのに、随分と顔が近くなったな」
 『王』ではなく、『義父ちち』としてドラゴンを慈しむ姿に、ドラゴンも自然と王ではなく義父ちちと話す感覚に切り替わった。
「えへへ、嬉しいけどちょっと照れ臭いや」
「ははっ、ドラゴンは可愛いなぁ」
 はにかむドラゴンに、王はデレデレと相好を崩して頬に隙ありっとキスをした。そのキスをドラゴンはキャッキャと笑いながら受け止め、お返しにギューッと王に抱き付いた。そして、そのままの体勢でドラゴンは今朝方決めた決意を王に伝えた。
「あのね、僕、この王宮に残って近衛騎士になりたいんだ。だから、この城に残りたい。…いいかな?」
 伝え終えるとおずおずと体を離して王を見るドラゴンに、王はドラゴンの頭を撫でながら穏やかな声で確認をする。
「もちろん。ドラゴンがそれを望むのであれば、私は全力で応援しよう。…でも、いいのかい? お母さんと一緒に帰らなくて。正直ここも、いい思い出は多くないだろう。残れば、辛いこともたくさんあるはずだ。それを覚悟の上で決断したのかい?」
「うん。僕はリオとレイドと一緒に居たい。それで、近衛騎士になってリオとレイドの側にいながら、陛下や王妃様に恩返しをするってもう決めたんだ。だから、迷惑じゃなければ僕をここにおいてください」
 真っ直ぐに王の目を見てそう言うドラゴンに、王はその眼差しから強い覚悟を感じ取り、たった九歳の少年が下した大きな決断に報いる事を心に誓った。
「そうか、分かった。ドラゴンの決断、しっかりと聞いたよ。よく、決断してくれたね。ありがとう。それなら私は、その方向でこれからの事を考えていこうと思う。でもその前に、もう一度お母さんと会ってもらいたいんだけど、いいかい?」
「母さんと? うん、いいよ」
 あの別れ際の様子から、渋られると予想して説得の言葉を用意していた王だが、あっさりと承諾するドラゴンに肩透かしを食らったような心地になり、内心苦笑をした。しかし親子とは似るものなのかと自分を納得させて「良かった」と言って笑顔で安堵の息を漏らした。
「あともう一つ、覚えていて欲しいことがある」
「なに?」
 ドラゴンの前に人差し指を立ててそう言う王に、ドラゴンはコテンと首を傾げて王の言葉を待った。
「私も妻のリオレルもね、ドラゴンの存在を一度も疎ましく思ったことはないよ。レイドやリオと同じくらい、ドラゴンの事も愛しているんだ。だから遠慮をしたり、迷惑だとか思わなくてもいいんだよ。困ったら必ず、私かデルトア、リオレルに相談しなさい。最大限の措置を取り、ドラゴンを守るから。だから、私達の知らないところで傷付くのはやめて欲しい。私の胸が張り裂けそうになる」
 そっと服の上から傷痕があるところを撫でて悲しそうに表情を曇らせる王に、ドラゴンは精一杯の笑顔で悲しそうにする王の頬にキスをした。
「愛してくれてありがとう、陛下。僕、やっぱりここに残る決断をして良かった! 絶対に立派な近衛騎士になって恩返しするから、待っててね!」
「あぁ、楽しみに待っているよ」
 輝くような純真な笑顔で意気込むドラゴンに、王は悲しそうな表情を優しい笑顔に切り替えて眩しそうに目を細めた。
 すると人間王に与えられている加護〈先見〉が発動され、ドラゴンの未来が見えた。
 人間王に与えられている〈先見〉は任意で発動出来るものではなく、さらに普段は大まかな国の行く末や大きな時の流れを曖昧な表現で見える程度の精度であるため、ただ一人の、しかも詳細な映像として脳裏に浮かぶ事は数年に一度あるかないか位の頻度でしか起こらない。だから王は、映し出された詳細な姿に少し驚いた。
 映し出されたドラゴンは随分と大人になっていて、今の王と同じくらいの年齢と予想された。大人になったドラゴンは少しの物事では動じない堂々たる風格を持つ騎士となり、国の守護者として申し分無い力を持っていた。さらに彼は近衛騎士団長の証である徽章きしょうと肩章、そして漆黒色のマントを翻して部隊を先導していて、他を寄せ付けない圧倒的なオーラは歴代の騎士団長の誰よりも強いのではないかと思わせるようだった。
「……立派だな…」
「え?」
 そっと呟かれたその言葉はあまりに小さく、目の前にいたドラゴンでさえも聞き取ることは叶わなかった。
 するとコンコンとノックが聞こえ、慌てて王の膝の上から下りようとするドラゴンを可愛らしく思いながら「おそらくデルトアだから大丈夫だよ」と言って、そのまま入室を許可した。
「失礼します、陛下…って…はぁ……相変わらずの親バカだな。だらしない顔でこっちを見るな。ウザい」
「相変わらずルトは酷いなぁ。ルトも嫁を貰って子供を作ればいいんだ。そうすれば私がこうなる理由も分かるはずだよ」
「はいはい。ライがちゃんと仕事を真面目にしてくれるようになったら、嫁を貰って子供を作るよ」
 王がデルトアを『ルト』と愛称で呼んで笑うと、デルトアは書類を持っていない方の手でひらひらと話を受け流し、気安い態度で王を『ライ』と愛称を呼んだ。その様子からも、二人が唯一無二の親友である事がうかがえた。
 公の場以上に砕けた態度で、呆れた表情を隠そうともしないデルトアの言葉に王は心外だと言わんばかりに「真面目にしているじゃないか」と反論したが、あっさりと一蹴される。
「どこが。執務中、一時間に一回は写真を眺めてデレデレとだらしない顔を見せているのはどこのどいつだ? 何度ライの息子自慢に付き合わされたことか……」
「ははっ、いいじゃないか。私の息抜きに付き合ってくれるのはお前くらいさ」
「黙れや。忙しいことを承知の上で三十分以上も息抜きの度に語られてたら、仕事が終わらないだろうが。ほら、その皺寄せだ。さっさと仕事しろ。言っておくが、終わるまでライの無駄話には付き合わないからな。俺も付き合ってやるんだ。さっさと終わらせろ」
 バサッと乱雑に机の上に書類を置くデルトアに、王はやれやれと全く反省した様子もなく肩をすくめ、膝の上にいるドラゴンを下ろして立ち上がった。
「すまないね。鬼のデルトアから仕事を持ってこられてしまったから、私は仕事をしなければ。今日はドラゴンの決意を聞かせてくれてありがとう。ゆっくり休みなさい。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
 チュッとドラゴンの頬にキスをしてから王は執務に戻り、ドラゴンはすぐさま王の顔に戻った王の姿にキラキラとした憧れの眼差しを送りつつ、王に手を振って部屋を後にした。
 その行動に王が悶えてデルトアにさっそくのろけようとし、デルトアに本気で怒られたのは言うまでもないだろう。
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