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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)

閑話 ―対談―

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 レイリアとヴェルフが王宮に呼び出され、ドラゴンが混乱して部屋を飛び出した翌日、二人に宛がわれた離宮に一人の女性が訪れた。
 どこまでも澄みわたる青空のような青い髪に、深海を思わせる深い青の瞳を持つ美しい女性は、紛れもなくこのアークス=ナヴァル王国の王妃、『リオレル・アナスタ・ロイスト・ゾルアーナ』であった。
「王妃様!? わ、わざわざご足労いただき恐縮でございます」
 使用人に呼ばれて応接室に向かった二人は、そこにいた王妃の姿に驚き、ヴェルフが慌てて頭を下げてそう言った。そして隣にいたレイリアも同じように慌てた様子で頭を下げると、王妃は穏やかに微笑みながら二人の顔を上げさせた。
「顔を上げてください。そのようにかしこまらなくてもいいのですよ? 勝手に来たのはわたくしなのですから。突然来てしまってごめんなさいね」
「い、いえ、とんでもございません…。それで、失礼ながら本日はどうしてこちらにお越しくださったのでしょうか?」
「それは、ドラゴンの母親同士で少し話をしてみたかったからですわ。僭越ながら、わたくしは今まで母親代わりとしてドラゴンに愛情を注ぎ、成長を見守ってきました。なのでレイリアさんに、その成長とここでの生い立ちを聞いてもらおうと思い、こちらに参りました」
 凛と背筋を伸ばし、気品のあるオーラを放つ王妃の姿に、レイリアも自然と背筋が伸びて緊張が包み込んだ。
「では、俺…私は出ていった方がよろしいでしょうか? 妻のそばに居たいのですが……」
 緊張する妻を見て退室を渋るヴェルフに、王妃は妻想いのヴェルフに目元を緩めて首を横に振った。
「一緒に聞きたいのなら退室する必要はありません。一緒にどうぞ」
 王妃は立ちっぱなしの二人に手でソファに座るように促し、二人は並んで王妃の向かいにあるソファに座った。
「さて…まずは何から話しましょうか……。何か、聞きたいことはありますか?」
 王妃が問いかけると、レイリアがおずおずと王妃の様子を伺いながら口を開いた。
「…その、昨日ドラゴンが、『どれだけ辛い目に遭ってきたんだ』と言っていたのですが、具体的に何があったのか、教えて貰ってもよろしいでしょうか? 陛下も、我慢強い子だと言っていましたし、そうなった理由を教えて欲しいです」
「やはり…気になりますよね。分かりました。ご子息を預かっていた身として包み隠さず教えます」
 王妃は複雑そうな笑みを浮かべたが、すぐに覚悟を決めたように真っ直ぐにレイリアとヴェルフを見つめておもむろにこの三年の事を話し始めた。
「──。…これが、この王宮でドラゴンが受けてきた仕打ちの全てです」
「…そんなに大変な三年を過ごしていたなんて……! 私、なんて呑気な事をあの子の前で言ってしまったの……!」
「レイリア……お前は悪くない。悪いのは全て俺だ。泣くな」
 王妃から聞かされたドラゴンの三年間に、レイリアは手で顔を覆って涙を流し、ヴェルフはそんなレイリアを抱き寄せて背中をさすった。
「王家を代表して、わたくしから謝罪をします。王家が保護をしていたにもかかわらず、ご子息に大きな傷を与えてしまったこと、そして無責任にもザギを失う失態を犯してしまったこと、心より深く謝罪いたします。申し訳ありません」
 王妃が頭を下げると、控えていた使用人達も「私達からも謝罪いたします」同様に深く頭を下げた。その様子にヴェルフは慌てて首を振り「頭をお上げください!」と懇願するように半ば叫んでいた。
「俺達は親失格なんです。だから、王妃様ならびに城に使えている方々に頭を下げられるような資格は持っていません」
「いいえ。ドラゴンの両親は紛れもなくあなた達です。だからわたくしは頭を下げました。…ドラゴンからヴェルフさんのことは伺っておりますが、反省をしているのならば逃げずに『自分が二人の親だ』と言い、少なからず憤りを覚えるべきです。『親失格』などという言葉は単なる逃げ言葉でしかありません。心からドラゴンを愛しているのならば、諦めてはいけません。あの子は、親の愛情を切望しています。わたくしでも陛下でもなく、紛れもなくあなた達二人の愛情を欲しているのです」
 ただ真っ直ぐにヴェルフを見据え、王妃が見てきた事実を伝えるその言葉はとても重みがあり、その重みは、血の繋がった親の愛情を切望するドラゴンの寂しさではないかとヴェルフは思えた。
「分かり、ました。諦めなくても、いいんですね? あんなに酷いことをした俺でも、父親と名乗っていいんですね…?」
 まだ自信が無さげな様子だが、諦めが滲んでいた瞳からは諦めが消え、希望がちらついていた。
「えぇ。ドラゴンの父親はヴェルフさんです。そしてドラゴンの母親は、レイリアさん。貴方なのですよ」
「っ…はい、ありがとうございます、王妃様…っ!」
 子供のようにしゃくり上げるレイリアを、ヴェルフも目に涙を溜めながら抱き締めて、ドラゴンが自分達を選んだときは精一杯愛そうと心に誓った。
 王妃はそんな二人の様子を静かに見守り、落ち着くのを待った。
 そして二人が落ち着きを取り戻すと、王妃は再び口を開いた。
「さて、次はわたくしが知らないドラゴンを教えてくださいませんか? 当たり前ですが、わたくしは六歳のドラゴンから今までのことしか知りません。だからもし、ドラゴンのご両親に会えたなら、ぜひそれ以前のドラゴンを知りたいと思っていたのです」
 ポンと手を叩いて頬に当て、花のような笑顔で二人にお願いをする様子は凛としていた王妃とは思えない、どこか茶目っ気のあるただの女性に見えた。
「え、えぇ。構いません。そう、ですね…あぁ、王妃様の話を聞いていて、昔から変わっていないんだなと思うところがありましたね」
「まあ、そうなの? どんなところ?」
 爛々と好奇心に満ち溢れた眼差しでレイリアを見つめ、レイリアはそんな身分差を感じさせない王妃の様子にいつの間にか自然と肩の力が抜けていて、自分が知るドラゴンの愛しいところを語った。
「例えば、考え事をしてる時とかは小さい頃から集中力がとても高くて、声を掛けても空返事が多かったですね。でも、その声が可愛くて…! 寝ぼけたときの声みたいだから、ついつい何度も声を掛けちゃうんですよね~」
「まあ、それは可愛らしいわね! ドラゴンの寝ぼけた声はとても可愛らしい事は知っているので、想像できますわ♪ ここに来たばかりの頃、時々一緒に寝たことがあるのですが、天使のような寝顔と寝息で、陛下とホッコリ癒されていましたの。起きたときの寝ぼけた様子もまた可愛くて…」
「一回起きても、またパタンと寝ちゃうんですよね!」
「そうそう! 頑張ったよって言わんばかりに一度挨拶をくれるんですけど、また寝ちゃうんですよね!」
 きゃー、分かる~! と話し込んでいるうちに、すっかり意気投合した二人はどんどんドラゴンの事とは別の話題に変わっていき、すっかりガールズトークに花を咲かせていた。
 最初はドラゴンの話だったためその場に居ることが出来たヴェルフだが、次第にドラゴンが関係なくなっていくと、居心地悪そうに使用人同様、空気になる事を徹する他無かった。
 そして数時間におよぶ対談は、半分以上が乙女の話で終わり、終わる頃には二人はすっかりママ友となってまた会うことを約束していた。しかし空気に徹していたヴェルフは、二人の会話に疲労を見せ、次は留守番をしていようと心に決めたのだった。
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