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第三 海辺の町『トラート』
とんぼ返り
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海沿いの遊歩道はウッドデッキで、とても見晴らしがいい。さっきから、ジョギングやウォーキングを楽しむ人達が、僕の前を通り過ぎていく。
僕は遊歩道に設置されたベンチに座り、ひとり途方に暮れていた。
サングラス姿の男によると、レイリアの海岸にある浜は、すべて黒い泥の浜だという。白い砂浜なんて見たことがないそうだ。
まだ朝だということもあり、太陽の位置は低い。朝日に照らされた海は、僕の気分とは裏腹に、実に鮮やかな青色をしていた。
泥の浜では、立入禁止で人間が入って来ないのをいいことに、たくさんの鳥達が羽根を休めていた。朝日を浴びて気持ちよさそうに日向ぼっこをしている鳥もいれば、餌を探して歩き回っている鳥もいる。大きな鳥や、小さな鳥、クチバシの長い鳥や短い鳥、様々な種類の鳥がいたが、日本では見かけない鳥ばかり。
泥の浜の向こう側には、青い海がどこまでも広がっている。ずっと遠くのほうで、二、三隻の船がゆっくり動いていた。
なにもしなくても、時間はどんどん過ぎていく。
グ~ッ。お腹が鳴った。
僕は家から持ってきたおにぎりとお茶を、リュックの中から出した。
肩を落としながら、おにぎりをかじる。
せっかくレイリアまで来たというのに、優奈が夢で見たという白い砂浜はなかった。当然、桃色のタンポポなんて姿形もない。
これから、どうしよう。
『トラート』駅に戻って来た頃には、もうすっかり日が暮れていた。辺りは真っ暗。駅周辺のお店は、シャッターを閉め始めている。
ほぼ一日、海辺の遊歩道で途方に暮れていた。これからどうするべきか、自分なりに考えた。僕にはお金も行く当てもない。結局、駅に戻ることしか思い付かなかった。
駅の入口では、小太りの駅員がホウキとチリトリを持って、せっせと掃除をしていた。もう終電が終わって、後片付けをしているのかもしれない。それにしても、駅員のお腹はぷっくりと出過ぎていて、前屈みになると、かなりきつそうだ。
僕が近付くと、小太りの駅員はホウキを掃く手を止めて、顔を上げた。
「あっ、君は……」
僕のことを覚えていた様子。僕は怒られる前に謝ろうと思い、頭を下げた。
「今朝ほどは、どうもすいませんでした。ど、どうしても海に行きたくて……、で、でも、僕は切符を持っていなかったので……、たぶん改札を通してもらえないと思って……、それで……、それで……、逃げちゃいました」
そのまま数秒待ったが、駅員からの反応はない。
僕が恐る恐る顔を上げると、小太りの駅員は口を半分開け、ぽかんとした顔で僕のことを見ていた……が、やがて制服の胸ポケットに手を入れ、一枚の紙切れを取り出した。
その紙切れがなにか、僕にはすぐ分かった。改札を出る時に僕が渡した乗車券だ。
駅員は手に持った紙切れをひらひらさせながら、
「君は面白いことを言う子だな。これがあれば、切符なんていらないだろ」と言った。
僕はなんのことだろうと思い、駅員の手から紙切れを受け取った。
「え~っ」
そして、そこに書かれている内容を見て驚いた。
『レイリア西部鉄道フリーパス』
紙切れには、そう書かれていたのだ。
どういうことだ? 内容が変わっている。
「これ、本当に僕が渡した乗車券ですか?」
「そうさ、間違いない。君はそのフリーパスを私に渡したまま駅を出て行こうとしたんだ。だから、こっちは慌てて呼び止めたっていうのに、走って消えちまうんだもの。びっくりしたよ。まあ、なんにせよ、持ち主が戻って来てくれてよかった」
僕はわけが分からなかったが、とにもかくにも、このフリーパスさえあれば、何度でも列車に乗り降りできる。利用しない手はない。
僕は試しに、
「駅員さん、僕は戸船台という場所から来たんだけど、この『トラート』から戸船台に行く列車はありますか?」と聞いてみた。
「トフネダイ?」
駅員は首を傾げた。「そんな駅名は聞いたことがないよ」
予想通りの返事。
僕は考えた。どうせ戸船台に帰れないのならば、もう少し、このレイリアで桃色のタンポポ探しを続けるのもいいかもしれない。
僕は小太りの駅員に、今度は桃色のタンポポについて尋ねてみた。
すると、駅員はまたしても首を傾げた。
「知らないなあ。タンポポって、普通は黄色だろ?」
これまた予想通りの返事。
「普通はそうなんですけど……」
僕はリュックから『世界の不思議な植物』の本を取り出した。桃色のタンポポが載っているページを開いて、駅員に見せる。
「ほう」
駅員は感心したように頷いた。「確かに、この本では、レイリアに桃色のタンポポが生息している、と書いてある」
「そうなんです。僕はこの桃色のタンポポを探すためだけに、レイリアまで来たんです」
僕は優奈の病気のことや、ここに来るまでの出来事を、小太りの駅員に話した。
小太りの駅員は僕の話を親身になって聞いてくれたが、最終的には、
「力になってあげたいけど、残念ながら、私は今までそんなタンポポを見たこともないし、噂すら聞いたことがないよ」と申し訳なさそうに言った。
「そうですか」
僕が力のない声を出すと、駅員は役に立てなかったことを詫びた……が、その数秒後には、思い出したように口を開いた。
「あっ、まてよ。そうだ、あいつがいた。あいつならば、ひょっとすると、その桃色のタンポポについて、なにか知っているかもしれない」
「あいつ?」
「ああ、私の幼馴染みで、サビオというやつだ。小さな頃から頭がよくて、みんなから物知り博士と呼ばれていた。好奇心旺盛で頭の切れるやつなんだが、少し度が過ぎるところがあってね、大人になってからは変な研究ばかりしているせいか、みんなから変人扱いされるようになっちまった。そのことが原因かはわからないが、今ではこの『トラート』の町を離れて、ここから北東の方向にある高原のはずれに一人で住んでいるんだ」
是非、会いたい!
「駅員さん、お願いします」
僕は小太りの駅員に詰め寄った。「そのサビオという物知り博士の住んでいる場所を、僕に教えて下さい」
「ああ、構わないよ」
駅員はにっこり笑った。「サビオが住んでいる高原の村には、この『トラート』駅からレイリア西部鉄道に乗れば行けるから、明日の朝にでも出発するといい。今夜はもう、終電が行ってしまったからね。そうだ、紹介状を書いてあげるから、君の名前を教えておくれ」
「タケルです」
元気よく言った。実際、手掛かりとはいかないまでも、桃色のタンポポを探す取っ掛かりが見付かって、気分は上々だった。
「タケル君か、いい名前だ。君が桃色のタンポポを見付ければ、妹さんの病気が治るかもしれないんだよね。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。駅員さん」
僕がお礼を言うと、
「あのさ……」
小太りの駅員は、はにかむように笑った。「さっきから言おうと思ってたんだけど……、こう見えても、僕は駅員じゃなくて、この『トラート』駅の駅長なんだよね」
「し、し、失礼しました~」
僕は深々と頭を下げた。
僕は遊歩道に設置されたベンチに座り、ひとり途方に暮れていた。
サングラス姿の男によると、レイリアの海岸にある浜は、すべて黒い泥の浜だという。白い砂浜なんて見たことがないそうだ。
まだ朝だということもあり、太陽の位置は低い。朝日に照らされた海は、僕の気分とは裏腹に、実に鮮やかな青色をしていた。
泥の浜では、立入禁止で人間が入って来ないのをいいことに、たくさんの鳥達が羽根を休めていた。朝日を浴びて気持ちよさそうに日向ぼっこをしている鳥もいれば、餌を探して歩き回っている鳥もいる。大きな鳥や、小さな鳥、クチバシの長い鳥や短い鳥、様々な種類の鳥がいたが、日本では見かけない鳥ばかり。
泥の浜の向こう側には、青い海がどこまでも広がっている。ずっと遠くのほうで、二、三隻の船がゆっくり動いていた。
なにもしなくても、時間はどんどん過ぎていく。
グ~ッ。お腹が鳴った。
僕は家から持ってきたおにぎりとお茶を、リュックの中から出した。
肩を落としながら、おにぎりをかじる。
せっかくレイリアまで来たというのに、優奈が夢で見たという白い砂浜はなかった。当然、桃色のタンポポなんて姿形もない。
これから、どうしよう。
『トラート』駅に戻って来た頃には、もうすっかり日が暮れていた。辺りは真っ暗。駅周辺のお店は、シャッターを閉め始めている。
ほぼ一日、海辺の遊歩道で途方に暮れていた。これからどうするべきか、自分なりに考えた。僕にはお金も行く当てもない。結局、駅に戻ることしか思い付かなかった。
駅の入口では、小太りの駅員がホウキとチリトリを持って、せっせと掃除をしていた。もう終電が終わって、後片付けをしているのかもしれない。それにしても、駅員のお腹はぷっくりと出過ぎていて、前屈みになると、かなりきつそうだ。
僕が近付くと、小太りの駅員はホウキを掃く手を止めて、顔を上げた。
「あっ、君は……」
僕のことを覚えていた様子。僕は怒られる前に謝ろうと思い、頭を下げた。
「今朝ほどは、どうもすいませんでした。ど、どうしても海に行きたくて……、で、でも、僕は切符を持っていなかったので……、たぶん改札を通してもらえないと思って……、それで……、それで……、逃げちゃいました」
そのまま数秒待ったが、駅員からの反応はない。
僕が恐る恐る顔を上げると、小太りの駅員は口を半分開け、ぽかんとした顔で僕のことを見ていた……が、やがて制服の胸ポケットに手を入れ、一枚の紙切れを取り出した。
その紙切れがなにか、僕にはすぐ分かった。改札を出る時に僕が渡した乗車券だ。
駅員は手に持った紙切れをひらひらさせながら、
「君は面白いことを言う子だな。これがあれば、切符なんていらないだろ」と言った。
僕はなんのことだろうと思い、駅員の手から紙切れを受け取った。
「え~っ」
そして、そこに書かれている内容を見て驚いた。
『レイリア西部鉄道フリーパス』
紙切れには、そう書かれていたのだ。
どういうことだ? 内容が変わっている。
「これ、本当に僕が渡した乗車券ですか?」
「そうさ、間違いない。君はそのフリーパスを私に渡したまま駅を出て行こうとしたんだ。だから、こっちは慌てて呼び止めたっていうのに、走って消えちまうんだもの。びっくりしたよ。まあ、なんにせよ、持ち主が戻って来てくれてよかった」
僕はわけが分からなかったが、とにもかくにも、このフリーパスさえあれば、何度でも列車に乗り降りできる。利用しない手はない。
僕は試しに、
「駅員さん、僕は戸船台という場所から来たんだけど、この『トラート』から戸船台に行く列車はありますか?」と聞いてみた。
「トフネダイ?」
駅員は首を傾げた。「そんな駅名は聞いたことがないよ」
予想通りの返事。
僕は考えた。どうせ戸船台に帰れないのならば、もう少し、このレイリアで桃色のタンポポ探しを続けるのもいいかもしれない。
僕は小太りの駅員に、今度は桃色のタンポポについて尋ねてみた。
すると、駅員はまたしても首を傾げた。
「知らないなあ。タンポポって、普通は黄色だろ?」
これまた予想通りの返事。
「普通はそうなんですけど……」
僕はリュックから『世界の不思議な植物』の本を取り出した。桃色のタンポポが載っているページを開いて、駅員に見せる。
「ほう」
駅員は感心したように頷いた。「確かに、この本では、レイリアに桃色のタンポポが生息している、と書いてある」
「そうなんです。僕はこの桃色のタンポポを探すためだけに、レイリアまで来たんです」
僕は優奈の病気のことや、ここに来るまでの出来事を、小太りの駅員に話した。
小太りの駅員は僕の話を親身になって聞いてくれたが、最終的には、
「力になってあげたいけど、残念ながら、私は今までそんなタンポポを見たこともないし、噂すら聞いたことがないよ」と申し訳なさそうに言った。
「そうですか」
僕が力のない声を出すと、駅員は役に立てなかったことを詫びた……が、その数秒後には、思い出したように口を開いた。
「あっ、まてよ。そうだ、あいつがいた。あいつならば、ひょっとすると、その桃色のタンポポについて、なにか知っているかもしれない」
「あいつ?」
「ああ、私の幼馴染みで、サビオというやつだ。小さな頃から頭がよくて、みんなから物知り博士と呼ばれていた。好奇心旺盛で頭の切れるやつなんだが、少し度が過ぎるところがあってね、大人になってからは変な研究ばかりしているせいか、みんなから変人扱いされるようになっちまった。そのことが原因かはわからないが、今ではこの『トラート』の町を離れて、ここから北東の方向にある高原のはずれに一人で住んでいるんだ」
是非、会いたい!
「駅員さん、お願いします」
僕は小太りの駅員に詰め寄った。「そのサビオという物知り博士の住んでいる場所を、僕に教えて下さい」
「ああ、構わないよ」
駅員はにっこり笑った。「サビオが住んでいる高原の村には、この『トラート』駅からレイリア西部鉄道に乗れば行けるから、明日の朝にでも出発するといい。今夜はもう、終電が行ってしまったからね。そうだ、紹介状を書いてあげるから、君の名前を教えておくれ」
「タケルです」
元気よく言った。実際、手掛かりとはいかないまでも、桃色のタンポポを探す取っ掛かりが見付かって、気分は上々だった。
「タケル君か、いい名前だ。君が桃色のタンポポを見付ければ、妹さんの病気が治るかもしれないんだよね。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。駅員さん」
僕がお礼を言うと、
「あのさ……」
小太りの駅員は、はにかむように笑った。「さっきから言おうと思ってたんだけど……、こう見えても、僕は駅員じゃなくて、この『トラート』駅の駅長なんだよね」
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