レイリア~桃色のタンポポを探して~

おおともらくと

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第四 サビオ博士の仮説

綿毛の色

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「さあ、それはそうと、これだ、これだ。タケル君とやら、君に見せたいものがある」
 サビオ博士はそう言いながら、隣の部屋から持って来た木箱を机の上に置いた。
 僕とサーチはすぐにそこへ行き、木箱を上から覗き込む。木箱の上面には透明なフィルムが貼ってあり、中を見ることができた。
 木箱の中は碁盤の目のようにきれいに区分けされており、各場所に一つずつ、小さな粒が入っていた。それぞれに粒の形や色、大きさが異なっている。
「これはなに?」
 僕が首を傾げると、
「標本みたいね」
 横からサーチが言った。
「正解、正解、大正解。よし、ご褒美に撫で撫でしてやろう」
 サビオ博士がにやにやしながらサーチに近寄ろうとすると、
「結構よ、触らないで」
 サーチは博士をにらみ付けた。「それより、これがなんの標本なのか教えて」
 博士はサーチの鋭い視線から逃れるように僕のほうを向くと、
「植物の種だよ」と言った。
「植物の種? どうして、植物の種の標本を僕に見せたいの?」
「タケル君、タンポポの種を見たことはあるかい?」
 サビオ博士は、急に真面目な顔になった。
「もちろん、あります。僕の家の前には原っぱがあって、そこには毎年、たくさんのタンポポが咲きますから。タンポポの種はとても小さくて、白い綿毛にくっ付いて、風に吹かれて飛ばされていくんです」
「そのとおり。タンポポの種は、白い綿毛にくっ付いて飛ばされる」
 サビオ博士は頷いた。「しかし、それは黄色い花を咲かせる普通のタンポポの場合だ。これを見てくれ」サビオ博士は標本のある部分を指差した。
「あっ」
 僕とサーチは同時に声を上げた。なんと、サビオ博士の指差した場所には、桃色の綿毛があったのだ。
「こ、これって……」
「窓から外を眺めていたらね、こいつが遠くの空から飛んで来たんだ。びっくりしたよ、桃色の綿毛なんて、それまで見たことがなかったからね」
 サビオ博士は微笑んだ。「タケル君、これはあくまで僕の予想だけどね、この桃色の綿毛の元々の姿は、桃色のタンポポだったのではないかと思うんだ」
「ほ、本当ですか? なにか根拠があるんですか? 教えて下さい」
 僕は浮き足立って博士に近付いたが、博士は真顔でこう言った。
「根拠? そんなものはない。勘だよ、勘」
「えっ」
 僕は固まり、隣ではサーチがあきれたという表情をしている。
「まったく、いいかげんなんだから。期待して損したわ。博士は曲がりなりにも研究者でしょ。勘ってなによ。研究者っていうのは勘なんか当てにせずに、むしろデータとか証拠のような確かなものをもとに、物事を証明するのが仕事でしょ。そんなことだから、みんなに馬鹿にされるのよ。森の中で役に立たない研究ばかりしている変人だって」
「おいおい、ひどい言われようだな。根拠なんてなくても、私の勘は当たるぞ。なぜなら、私の勘は普通の人の勘とは違う。人々がなんと言おうと、私は長年に渡って数々の研究を続けてきた大研究者なのだからね」
 サビオ博士は自身満々。「それにな」
「なによ」
「確かにサーチ、お前の言うとおり、データや証拠に基づいて立証できれば一番いいのだが、この桃色の綿毛に関しては、それが不可能なんだ」
「不可能? どういうことよ」
「データや証拠がほしくても、手に入らない」
「どうして手に入らないの?」
 僕は首を傾げた。
「この桃色の綿毛はな、東の方角から飛んで来たんだ」
「それが、どうしたの?」
 僕はサビオ博士の言わんとすることが理解できずに質問したが、視界の片隅では、サーチが腕を組んで頷いていた。
「なるほど、そういうこと」
 サーチは僕のほうを向くと、「タケル、このレイリアではね、東側の地域に行くことはできないの」と言った。
「どうして?」
「東の方角には高くて頑丈な岩山があって、そこから先には進めないらしいのよ」
 そういえば、列車の中で会った老夫婦も似たようなことを言っていた。レイリアの東側には岩山やらジャングルやら砂漠やらがあって、人が住めるような環境ではないって。サーチやサビオ博士の話と合わせて考えると、東側は人が住めないどころか、行くことすらできないことになる。
 しばらく考えた後、僕はサビオ博士に質問した。
「大研究者である博士の勘では、東側の地域に行けば、間違いなく、桃色のタンポポが咲いていると思いますか?」
 すると、サビオ博士は少しも迷うことなく、こう答えた。
「もちろんだ、必ずどこかに咲いているはずさ」
 その淀みのない目を見て、僕は博士を信じてみようと思った。
 レイリアから帰る方法が分からない今、僕には、桃色のタンポポを探す旅を続けるしか選択肢がない。
「ありがとうございました。サビオ博士に会いに来てよかったです」
 僕は深々と頭を下げた。

 確か、レイリア西部鉄道は『トラート』を出発した後、しばらくは西海外沿いを北に向かって走行していたが、その後、進路を内陸向き、つまり東向きに変えた。そして、熱帯雨林の中を走りながら、この高原の村『クラスタ』までやって来た。僕の記憶では、線路はその先も東に向かって伸びていた。要するに、『クラスタ』よりも、さらに東へ行けるということだ。僕はもう一度レイリア西部鉄道に乗り、東に向かって行けるところまで行ってみようと考えた。
「ふーっ、なんとか最終列車までには間に合ったようね。次に来る最終列車に乗れば、日付が変わる前には、終着駅の『バレイロ』に着くはずよ。そこがレイリア西部鉄道で行ける一番東の駅」
 僕とサーチが『クラスタ』駅に戻って来た頃には、太陽はもうすぐ西に沈もうとしていた。夕焼けで駅舎が赤く染まっている。
 サビオ博士の家まで、行きは崖を飛び降りて近道できたけど、帰りはくねくねと曲がりくねったデコボコ道を地道に登らなければならず、その分、時間もかかってしまった。
 ホームに列車が来ると、僕は乗る前にサーチのほうを振り返り、手を振った。
「お元気で、お父さん、トラートの駅長さんによろしく」
 サーチは微笑みながら、手を振り返してくれた。
 車内に入ると、僕は窓側の適当な席に座った。直ぐさまリュックの中をまさぐり、方位磁石を取り出す。
「父さんのだけど、家から持ってきてよかった」
 針で方角を確認。よし、列車は確かに東に向かって走っている。
 桃色の綿毛が東から飛んで来たから、東に向かう。単純な発想。もしかしたら、無駄足になるかもしれない。だって、そうだろ。僕が知っている普通のタンポポは、花は黄色で綿毛は白。花と綿毛は違う色。それならば、桃色の綿毛を飛ばすタンポポの花が、桃色ではなく別の色をしている可能性はおおいにある。
 それでも、僕は東に進む。唯一の手掛かり、サビオ博士の根拠のない仮説を信じて。
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