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第五 最果ての村『バレイロ』
せこい取引
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ビダンは僕が何か面白いものをあげれば、東に進む方法を教えてくれると言う。
なんなんだ、この男は。さっきは東側に行く方法なんてないようなことを言っていたくせに。まあ、いいか。
僕は背中のリュックを下ろすと、中を覗き込んでビダンが喜びそうなものを探した。
面白いもの……ねえ。
これなんかどうだろう。
僕が手に取ったのは、お気に入りのマンガ本。暇つぶしに読もうと思って、家から持って来たのだ。
僕がビダンにマンガ本を差し出すと、
「なんだよ、本かよ。それだったら、このレイリアにも腐るほどあるぜ」ビダンは不満そうに言った。「俺は頭が悪いからよ、子供の頃から本を読むのが好きじゃねえ。活字が並んでいるのを見るだけで、すぐに眠くなっちまう」
「まあまあ、そう言わずに、試しに開いて読んでみなよ」
僕が言うと、渋々、ビダンはマンガ本を受け取った。
気が進まない表情を浮かべながら、嫌そうにマンガ本の表紙をめくるビダン。しかし、次の瞬間、ビダンの顔は急に明るくなった。
「おーっ、すげえ、なんだこりゃ。こんなの今まで見たことねえぞ」目を輝かせながら、次々とページをめくっていく。「小説とは全然違うし、絵が描いてあるけど、絵本とも違う。絵の中の人や物が本当に動いているみたいで、迫力があるぜ。これなら本嫌いの俺でも楽しめるし、家に帰って子供達に見せたら、きっと喜ぶに違いねえ」
僕がビダンに渡したマンガのストーリーは、もの凄く強い主人公が悪者達を次々と倒していくという少年マンガの王道そのもの。単純だが、ビダンみたいに腕っぷしが強そうな男には、壺にはまるかもしれない。
「おい、タケル。この珍しい本はなんて呼ばれてるんだ?」
「マンガだよ。僕が住んでいる場所では、子供はもちろんのこと、大人にだって大人気さ」
「ふーん、マンガか。確かに、レイリアにはないものだ。よし、このマンガ、俺が貰ってもいいんだよな」
「もちろん、いいよ」
僕は首を縦に振った。「その代わり、約束どおり、さっき言ってた耳寄りな情報ってやつを教えてよ」
「ああ、そうだったな」
ビダンは急に真面目な顔になり、きょろきょろと周囲を見回した。そして近くに誰もいないことを確認すると、「タケル、よく聞け」と、声を押し殺しながら話し始めた。「さっきも少し言ったが、俺のじいちゃんも昔は鉱山労働者だったんだ。現役だった頃は結構偉い役職でよ、俺がまだ子供だった頃、そのじいちゃんから聞いたことがあるんだ」そこまで話すと、ビダンはもったい付けるように、ごくりと唾を飲んだ。
「なにを、なにを聞いたのさ」
僕が話の続きを急かすと、ビダンはゆっくり口を開いた。
「あのベニヤ板で塞がれている東の穴、岩山の向こう側まで繋がっているらしい」
「えっ!」
「馬鹿、静かにしろ!」
ビダンの大きな手が、僕の口を塞ぐ。「いいか、タケル。俺はお前がレイリアの人間じゃないから、この話をしたんだ。絶対、誰にも言うなよ」
僕が黙って頷くと、ビダンは僕の口から手を放した。
「この話はじいちゃんを含めた数名しか知らないらしい。だから誰にも言ったらいけないって、強く口止めされたんだ。もしもこのことが世間に知れて、たくさんの人がトンネルを抜けて岩山の向こう側に行くようになったら、地震や台風どころか、もっと恐ろしいことが起こるかもしれないからってな」
衝撃の事実。僕は頭の中を整理した。
「じゃあ、あのベニヤ板で塞がれた穴を抜ければ、さらに東へ進めるってこと?」
「ああ、そういうことだ」
ビダンは渋い顔をして、首を縦に振った。
「でも、穴がベニヤ板で塞がれているんじゃ、中に入れないよ。せっかく穴が向こう側まで繋がっていたって、その穴に入れなければ意味がないじゃないか」
僕が言うと、
「耳寄りな情報は、ここからが本番だ」
ビダンは鼻の穴を膨らませた。「穴を塞いでいるベニヤ板は、なにも穴の入口にぴったりくっついているわけじゃねえ。下のほうには、わずかだが隙間があるんだ。よくその隙間から、ネズミやネコが出入りしているのを見かけるよ。そういえば、二日前にも、黒いネコと白いネコが二匹仲良く穴の中に入っていった。子供のお前ならば、もしかしたらネズミやネコと同じように、その隙間から穴の中に入れるかもしれねえ」
全身に鳥肌が立った。
行くしかない、他に東側に行く方法を知らないんだ。
「ビダン、おじいちゃんの秘密の話、会ったばかりの僕なんかに教えてくれてありがとう。僕、行くよ。あのトンネルを抜けて、東側へ行く。そして、絶対に桃色のタンポポを探し出す」
「おう、頑張れよ。桃色のタンポポなんて見たことも聞いたこともねえが、見付かるといいな。昔からの言い伝えは恐いけど、お前ひとりがトンネルを抜けたところで、さすがに呪いや祟りはないだろう」
ビダンは口元を緩めて、笑顔を作った。
僕はビダンにお礼を言うと、早速、トンネルに向かって歩き始めた。他の鉱山労働者達はもうすでに南北の穴に入ってしまったので、辺りには誰もいない。
「タケル」
少し進んだところで、背中越しにビダンの声がした。振り返ると、ビダンが僕のあげたマンガ本を右手に掲げていた。
「少しの時間だったけど、お前に会えてよかった。レイリアの外から来た人間に会ったのなんて、生まれて初めてだ。俺にとっては、宇宙人に遭遇するのと同じくらい貴重な経験だよ」それからビダンはマンガ本を持った右手を下げ、今度は左手を挙げて大きく左右に振った。「じゃあな、元気でな」
僕もビダンに手を振り返した。
「ビダンのほうこそ元気でね。それと、お別れに忠告。奥さんと子供達のためにも、もう無賃乗車はやめたほうがいいと思うな。あと、お酒もね」
ビダンは苦い顔をして、笑っていた。
なんなんだ、この男は。さっきは東側に行く方法なんてないようなことを言っていたくせに。まあ、いいか。
僕は背中のリュックを下ろすと、中を覗き込んでビダンが喜びそうなものを探した。
面白いもの……ねえ。
これなんかどうだろう。
僕が手に取ったのは、お気に入りのマンガ本。暇つぶしに読もうと思って、家から持って来たのだ。
僕がビダンにマンガ本を差し出すと、
「なんだよ、本かよ。それだったら、このレイリアにも腐るほどあるぜ」ビダンは不満そうに言った。「俺は頭が悪いからよ、子供の頃から本を読むのが好きじゃねえ。活字が並んでいるのを見るだけで、すぐに眠くなっちまう」
「まあまあ、そう言わずに、試しに開いて読んでみなよ」
僕が言うと、渋々、ビダンはマンガ本を受け取った。
気が進まない表情を浮かべながら、嫌そうにマンガ本の表紙をめくるビダン。しかし、次の瞬間、ビダンの顔は急に明るくなった。
「おーっ、すげえ、なんだこりゃ。こんなの今まで見たことねえぞ」目を輝かせながら、次々とページをめくっていく。「小説とは全然違うし、絵が描いてあるけど、絵本とも違う。絵の中の人や物が本当に動いているみたいで、迫力があるぜ。これなら本嫌いの俺でも楽しめるし、家に帰って子供達に見せたら、きっと喜ぶに違いねえ」
僕がビダンに渡したマンガのストーリーは、もの凄く強い主人公が悪者達を次々と倒していくという少年マンガの王道そのもの。単純だが、ビダンみたいに腕っぷしが強そうな男には、壺にはまるかもしれない。
「おい、タケル。この珍しい本はなんて呼ばれてるんだ?」
「マンガだよ。僕が住んでいる場所では、子供はもちろんのこと、大人にだって大人気さ」
「ふーん、マンガか。確かに、レイリアにはないものだ。よし、このマンガ、俺が貰ってもいいんだよな」
「もちろん、いいよ」
僕は首を縦に振った。「その代わり、約束どおり、さっき言ってた耳寄りな情報ってやつを教えてよ」
「ああ、そうだったな」
ビダンは急に真面目な顔になり、きょろきょろと周囲を見回した。そして近くに誰もいないことを確認すると、「タケル、よく聞け」と、声を押し殺しながら話し始めた。「さっきも少し言ったが、俺のじいちゃんも昔は鉱山労働者だったんだ。現役だった頃は結構偉い役職でよ、俺がまだ子供だった頃、そのじいちゃんから聞いたことがあるんだ」そこまで話すと、ビダンはもったい付けるように、ごくりと唾を飲んだ。
「なにを、なにを聞いたのさ」
僕が話の続きを急かすと、ビダンはゆっくり口を開いた。
「あのベニヤ板で塞がれている東の穴、岩山の向こう側まで繋がっているらしい」
「えっ!」
「馬鹿、静かにしろ!」
ビダンの大きな手が、僕の口を塞ぐ。「いいか、タケル。俺はお前がレイリアの人間じゃないから、この話をしたんだ。絶対、誰にも言うなよ」
僕が黙って頷くと、ビダンは僕の口から手を放した。
「この話はじいちゃんを含めた数名しか知らないらしい。だから誰にも言ったらいけないって、強く口止めされたんだ。もしもこのことが世間に知れて、たくさんの人がトンネルを抜けて岩山の向こう側に行くようになったら、地震や台風どころか、もっと恐ろしいことが起こるかもしれないからってな」
衝撃の事実。僕は頭の中を整理した。
「じゃあ、あのベニヤ板で塞がれた穴を抜ければ、さらに東へ進めるってこと?」
「ああ、そういうことだ」
ビダンは渋い顔をして、首を縦に振った。
「でも、穴がベニヤ板で塞がれているんじゃ、中に入れないよ。せっかく穴が向こう側まで繋がっていたって、その穴に入れなければ意味がないじゃないか」
僕が言うと、
「耳寄りな情報は、ここからが本番だ」
ビダンは鼻の穴を膨らませた。「穴を塞いでいるベニヤ板は、なにも穴の入口にぴったりくっついているわけじゃねえ。下のほうには、わずかだが隙間があるんだ。よくその隙間から、ネズミやネコが出入りしているのを見かけるよ。そういえば、二日前にも、黒いネコと白いネコが二匹仲良く穴の中に入っていった。子供のお前ならば、もしかしたらネズミやネコと同じように、その隙間から穴の中に入れるかもしれねえ」
全身に鳥肌が立った。
行くしかない、他に東側に行く方法を知らないんだ。
「ビダン、おじいちゃんの秘密の話、会ったばかりの僕なんかに教えてくれてありがとう。僕、行くよ。あのトンネルを抜けて、東側へ行く。そして、絶対に桃色のタンポポを探し出す」
「おう、頑張れよ。桃色のタンポポなんて見たことも聞いたこともねえが、見付かるといいな。昔からの言い伝えは恐いけど、お前ひとりがトンネルを抜けたところで、さすがに呪いや祟りはないだろう」
ビダンは口元を緩めて、笑顔を作った。
僕はビダンにお礼を言うと、早速、トンネルに向かって歩き始めた。他の鉱山労働者達はもうすでに南北の穴に入ってしまったので、辺りには誰もいない。
「タケル」
少し進んだところで、背中越しにビダンの声がした。振り返ると、ビダンが僕のあげたマンガ本を右手に掲げていた。
「少しの時間だったけど、お前に会えてよかった。レイリアの外から来た人間に会ったのなんて、生まれて初めてだ。俺にとっては、宇宙人に遭遇するのと同じくらい貴重な経験だよ」それからビダンはマンガ本を持った右手を下げ、今度は左手を挙げて大きく左右に振った。「じゃあな、元気でな」
僕もビダンに手を振り返した。
「ビダンのほうこそ元気でね。それと、お別れに忠告。奥さんと子供達のためにも、もう無賃乗車はやめたほうがいいと思うな。あと、お酒もね」
ビダンは苦い顔をして、笑っていた。
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