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結婚しました

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 ただ、いくらそれがわかんなくても、結婚っていうのが、すごくすごく好きな人同士でするんだっていう、固定概念くらいはあるんだ。

 というか、そもそも。

「もう結婚が決まったあとで、こういうことを聞かれるのもよくわかんないんだけど……」

 少しだけ苦笑しながら、僕は言った。

「貴方の奥さんになるってことは、自分で決めたことに変わりはないです。数回だけだけど、海さんにはもう会っていたし、信じられるってわかったから」

 そう言うと、海さんは片眉だけ上げて、怪訝そうに尋ねた。

「見かけだけで? 本性は、凶悪かもしれないのに?」

「さっき、僕をもらってくれたでしょ? 海さんは約束が守れる人だ……って、僕は勝手に決めちゃいました。だから、勝手に信じます」

 それに凶悪っていうふうには、見えないし。

 ピリッとした空気が張り詰めてるけど、でも海さんは信じられる大人だ。

 この人は約束を、絶対に守ってくれる。

「違う?」

 首を傾げると、海さんはまだ何かを言いたそうにしていて。

 でも、諦めたのか、首を横に振って僕から手を放した。

「いいえ、違いません。……嘘吐きなら、ここでそう答えるでしょうね」

 そう言って、皮肉そうに笑った。

 まぁ、とりあえず。僕が言えることは。

「どういうつもりで海さんが僕を妻にしたにせよ、そんなのどうでもいいんです。考えるのも、面倒だし。利用できるだけ、利用してください。……僕は、貴方のものだ」

 何事もポジティブに考える。

 楽しければそれでよし。

「貴方が僕を手放すまで、僕は貴方の奥さまだから」

 ここで誓うよ?

 にっこり、笑ってみせた。

 そうしたら。

「わかりました」

 とても気持ちよさそうに、ふっと息を吐いて海さんは頷いた。

 それが僕には、笑っているように見えて。

 ちょっと、本当にちょっとだけ。

 ドキっとした。

 でも、次の瞬間。

「しかし、聞き捨てなりませんね」

「え?」

 海さんは意地悪そうにニヤリ、と。

「私は貴方を手放すつもりは、端からありません。そもそも、手放すつもりで妻にしたつもりはない。使い捨てなら、妻にする必要などない」

「わお」

 はっきり言うなぁ。うん。こういう人、僕好きだよ。……って、僕の旦那さまだってば。

 ソファの背もたれに、その広い背を預けた海さんは。

 秘密を暴露するときにするように、一息置いて打ち明けた。

「今、ここで言えるのは。これは賭けだということです」

「bet?」

 博打が頭に浮かんでしまったのは、気にしないことにする。

 瞳を閉じて、海さんは続けた。

「ええ。どう転ぶかはわかりません。誰にもね」

 ん? それって……。

「どういう?」

「私も貴方と同じですよ。ある日突然、龍一様から言われました。貴方を嫁に貰わないか、と」

「へ~、そうなんですかぁ」

 なんだぁ。海さんも僕と一緒じゃないか。

 うんうん。夫婦っていうのは似るもんだって聞いたけど、ここまで似てくるんだな。

 ……。

「ええええええ!!?」

 僕の隣に座っている旦那さま。

 当然ながらというべきか。僕の共振攻撃に瞳を閉じられたまま、耳を押さえられました。

「……肺活量が、気になるところですね」

「ご、ごめんっ。でもっ……ええ!!?」

 若干、唸るように声を出したのは仕方のないことだと思う。

 でも、ちょっと待って!! 龍一様なにやってんの!?

「僕、男だよ? まだ、学生だよ?」

「知っています」

 知っています、って……。

 でも、それじゃあ……。

 僕がどんな顔をしていたのかはわからない。だって、混乱しすぎて今の自分の気持ちですらわかんない状況だったから。

 でも、海さんはすぐに見抜いてくれた。そして……。

「聞きたそうな顔のところすみませんが、言ったはずです。これは賭けだと」

 瞳を開いて、隣にいる僕に向き直る。

 さっきとは、打って変わって。

 穏やかな色を、その黒い瞳に乗せて。

「数回出会っただけですが、私は貴方を貰うことを決めました。この先、どうなるかはわかりません。ですが、安心なさい」

 瞳の奥底に、月の光が見えた気がした。

「貴方が死ぬそのときまで、貴方は私のモノです」

「……すごい、プロポーズ……だね」

 唖然としてしまった。

 なんか、順番が違いすぎてて、混乱しすぎてて。やっぱり、わけがわからなくって。

 でも。

「私のモノになりなさい」

「うん!」

 僕と旦那さまは結婚した。

 本当に無茶苦茶な結婚で、この先どうなるかなんてなんの保障もない賭けごと。

 恋も、愛もなく。僕は知らないこの人と結婚した。

 お互い、まだ何も知らないくせに。秘密も打ち明けられない、赤の他人なのに。

 そうやって最初から何もかもが無茶苦茶なら、この先だってきっとたぶん無茶苦茶なんだろう。

 そしてここから、愛なんてものが芽生えるのかどうかなんて。

 それは神様ですら、たぶんわかんないよ。
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