勝手に悪役にしないでください

梛桜

文字の大きさ
5 / 13
始まりは穏やかに

こうなりますよね

しおりを挟む


「離しなさいよ!私には王太子殿下が付いてるのよ!」
「お嬢様に確認致しましたが、本日お客様とのお約束は御座いませんとの事です。お引取り下さい」
「私はそのお嬢様のご友人なのよ!?失礼でしょ!王太子様に言いつけてやるんだから!」
「そう申されましても、お嬢様は大変忙しく…」
「そんな事言って、遊びまわっているだけでしょ!そうやって王太子様を困らせているんだわ!勉強で忙しいなんて嘘だってわかるんだから!」
「お嬢様は現在、とてもお忙しいのです。お帰りを」
「バーティン公爵令嬢!王太子様を束縛なんて酷い事しないで!貴女の我が儘で王太子様の自由を奪うなんて酷いわ!王太子様には愛し愛される喜びが必要なの!」



 聞こえてくるのは酷い言い掛かりです。
 男爵家の令嬢と聞いていましたが、本当に貴族の令嬢なのでしょうか?窓の向こうから聞こえて来る女性の声と対応する執事の受け流す声に、知らずのうちに眉間に皺が寄ってしまいます。
 十歳からしている王妃教育ですが、世情と言うものがあるのですから、勉強しても追いつかないに決まっているではないですか。しかも外交や内政の王妃公務とは関係ない勉強に加え、ダンスの授業にマナーや芸術関係、令嬢としての孤児院訪問などの慈善事業などなど沢山あるのです。
 というか、私の我が儘で自由を奪ったなど、馬鹿馬鹿しい。思う存分自由奔放になさってますが何か?婚約者がいても浮気三昧の婚約者など、そうそうに破棄したいですよ。王命でなければ。
 交友関係についても細かく管理されているのですから、親戚でもない男爵家の令嬢と知り合いにある機会など御座いません。

(そもそも、私はまだ社交界にデビューしていないのですから。公爵家の箱入り娘が容易く外に出れるわけありませんでしょう)

 可愛らしい声だとは思いますが、その言葉に無感情になってしまったと思っていた王太子への怒りがふつふつと込み上げてきます。男爵令嬢にも怒りはあるのですが、面倒な相手とお付き合いなどして、自分に降りかかる面倒事は全て私に丸投げです。
 お察しでしょうが、こういう出来事、初めてではありません。何の用件かと本気にすると不愉快な思いをするだけなのです。
 社交界デビューをしていない貴族の子供が、勝手に外には出れません。しかも、私の身分は公爵家令嬢。箱入りでも豪華な快適温室のレベルです。事前に手紙でお伺いをたて、両親同士に確認を貰い、日にちを指定して初めて訪問が叶うのです。

(大抵無理矢理私と面会して、私が子供だと知ったら鼻で笑って見下して帰っていくか、偉そうにご高説を述べて人の話は聞かないのです。まぁ、全てラフィット兄様が反撃してますが)

「いつも思いますが、クリスが十二歳の少女だと知らないのでしょうか?妹が婚約者なのは有名だと思っていたのですが、こうも知らない者が続くとなると困りましたね?」
「王太子殿下の婚約者が、バーティン家の令嬢だとしか認識していないのだろう。それにしても、酷い言い掛かりだ」
「この後王太子殿下に泣きつくんだろうね、楽しみですよ。王太子殿下が何を聞いて、なんと言ってくるのかがね」

 ゾワリと背筋を冷たい物が伝っていきました。
 私の斜め前に座っているレイラート様も顔色を悪くしていますので、ラフィット兄様の気配を感じ取られたのでしょう。お兄様はお花畑に生息している令嬢を踏み躙るのが大好きなのです、お可哀想に獲物認定された事でしょう。

「レッラ様」
「なんだラフィ」
「いつか心労で倒れないでくださいね?」
「なんの予告だそれは」

 楽しそうに肩を揺らして笑うラフィット兄様は、正しく悪役がとてもよくお似合いです。ですけど、公爵家の対応としては間違えたことをしない辺り、一番怖いのではないでしょうか?権力や物理で怖いのはお父様で、精神面で怖いのはお母様です。

「疲れる前に、護衛騎士を紹介させてくれるかな?クリス」
「はい、勿論で御座います」

 楽しそうにこれからの構想を考えているラフィット兄様は置いておき、改めてレイラート様に微笑みを向け頷くと、どれだけ待たせてしまっていたことでしょうか。私の護衛騎士として推薦された方が入ってきました。

「失礼致します」
「…え?」
「おや、クリスと同じ年くらいかな?」
「若いですが腕は確かです、バーティン公爵夫人からも了承を得ている騎士と騎士見習いです」

 部屋に入ってきたのは、燃えるような赤毛と青い瞳をした大柄な男性と、黒と思えるような深い緑色の髪と落ち着いた黒味を帯びた赤い瞳をした少年といってもいい方でした。赤毛の男性は私と目が合うと人懐っこい笑みを浮かべてくれましたが、少年は口元をきゅっと引き結んだままジッと私を見つめてきます。吸い込まれそうな綺麗なその瞳の色から目が離せなくて、此処が公爵家のサロンだという事を忘れていました。

(…どうしてかしら、胸が、少し苦しい)

「紹介しよう、此方の騎士がアシュリー=アンブレ。それから、此方の少年が騎士見習いでケイリオス=マクシミリアン」
「初めましてバーティン公爵令嬢、アシュリーとお呼び下さい」
「……初めまして、ケイリオスです」

 挨拶と共に騎士の礼を取り、アシュリーはニコリともしないケイリオスの頭を掴んで慌ててお辞儀させていました。痛いと文句を言いたそうな拗ねた顔が可愛くて、ケイリオスの笑顔を見て見たいと何故かそう思っている私が居ました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

もう何も信じられない

ミカン♬
恋愛
ウェンディは同じ学年の恋人がいる。彼は伯爵令息のエドアルト。1年生の時に学園の図書室で出会って二人は友達になり、仲を育んで恋人に発展し今は卒業後の婚約を待っていた。 ウェンディは平民なのでエドアルトの家からは反対されていたが、卒業して互いに気持ちが変わらなければ婚約を認めると約束されたのだ。 その彼が他の令嬢に恋をしてしまったようだ。彼女はソーニア様。ウェンディよりも遥かに可憐で天使のような男爵令嬢。 「すまないけど、今だけ自由にさせてくれないか」 あんなに愛を囁いてくれたのに、もう彼の全てが信じられなくなった。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...