勝手に悪役にしないでください

梛桜

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平穏はどこでしょう

動き出す

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 火急の知らせが入ったのは、二人を紹介して貰い一息ついた時でした。
 執事がレッラ様に王城からの急な知らせが来たと、騎士を案内したのです。サロンに緊張が走る中、報告を受けたレイラート様の顔が強張るのを見逃すはずもなく。誰一人口を開くことは出来ませんでした。

「母上が御倒れに…」
「もとより多忙で御座いました故、急ぎ王城へお戻り下さいとのことです」
「レイラート様、私も御一緒させてくださいませ。王城でしたら、既に父と母も居ますでしょうし」
「駄目だよ、クリス」
「ラフィット兄様?」

 青い顔をするレイラート様をお一人には出来ず、共にお見舞いにと申し上げましたが、私の隣に座っていたラフィット兄様から止められてしまいました。
 どうしてラフィット兄様が止めるのかと、責める眼差しを向けましたが、ラフィット兄様は首を横に振ります。

「今は王太子殿下の事もある。クリスは、後から私と一緒に王城へ行こう。確かに今なら父上と母上も女王陛下のお側についているだろうから、何かあれば父上からも連絡がくる」
「あ…、でも」
「使いもまだ冷静だ、急な変化は無いだろう。キチンと書状を出さないと失礼になる」
「…分かりました」

 ラフィット兄様に言われて気付きました。
 私の所為では無いのに、お見舞いにも駆けつけられない事に苛立ちが募り、ぎゅっとドレスを握り締めて唇を噛み締めて我慢するしかないのです。
 問題を持ち込む王太子殿下は、こんな我慢をせずとも女王陛下のお見舞いへと行けるのに、私はどんなに心配をしていても動く事を許されない。こうやって、屋敷で只ご無事を願うしか出来ないなんて。

(なんて…理不尽なのかしら)

「私は先に王城へ帰る。クリス、何かあれば早馬を出す。ラフィの言う事を今は聞きなさい」
「レイラート様…」
「失礼するよ。ラフィは又会おう」
「ご訪問有難う御座いました、レイラート第四王子殿下」

 知らせを持って来た騎士を共に、執事に案内されるレイラート様をラフィット兄様と一緒にお見送りしましたが、走り去る馬の蹄の音が聞こえなくなっても、その場から動くことは出来ませんでした。

「アシュリー、ケイリオス。王城へ向かう準備をしてくれ。サラとミルフィーはクリスの仕度を頼む。私は王城へと使いを頼んでくるよ」
「はい、ラフィット様」
「王城へでしたら私が向かいます、直ぐに動けますので」
「そうだな、ではアシュリー頼む」
「はっ!ケイリオス、お嬢様を頼むぞ」

 バタバタと騒がしくなる屋敷の中で、その場から中々動けなかった私の握り締められた手に、そっと大きくて温かい手が重ねられた。
 瞬きをして視線でその手を伝うと、じっと私を見つめる濃い赤色の瞳が私を見つめている。心配して揺らぐ瞳がそっと伏せられる。
   ゆっくりと解かれる堅く握りしめられた指先は、微かに震えて漸く赤みが指してきた。

「ケイ、リオス…」
「クリスティアラ様の唇、切れてる」
「ああ!お嬢様、血が滲んでいますわ!サラ、先にガーゼを」
「はい!只今お持ち致します」
「お部屋へ参りましょう、お着替えもしなくてはいけません」
「え、ええ…」

 侍女二人に引き摺られるように部屋に戻された私は、何をしていいのか戸惑うだけでしたが、落ち着くようにミルフィーが温かい紅茶を淹れてくれたので、着替えの準備が出来るまでと、いつの間にか氷のように冷たくなっていた手を温めて居ました。
 そっと一口含むと、切れた唇に染みてジワリと広がる痛みに涙が浮かんできたのです。

「切れてるんだ、染みるに決まってる」
「痛いです…」
「クリスティアラ様は、我慢しすぎなんだ」
「そう…、でしょうか?ですが、王妃になるのでしたら、感情は見せてはいけないと教えられました」
「ふーん…、王妃教育ってのも大変だな」
「そうですね。でも、陛下はお母様のように優しくて温かくて大好きなのです。ですから、教えて頂くのは少しも嫌ではなくて…」

 ポロポロと零れる涙が、手に持ったカップの中へと落ちていく。
 感情は操れなければいけないと、あんなに何度も厳しく家庭教師達からも言われているのに、今の私にはとても無理で。
 目が赤くなると王城へと行くのも遅くなってしまうから、拭き取るのも出来ず零れていく。
 止まらない涙に、侍女達がオロオロと戸惑っていると、頬にいきなり柔らかいものが触れて、濡れた感触と舐め取られる涙。

「え、えぇ!?」
「ちゃんと人間だな、しょっぱ」
「あ、当たり前です!」
「だよなー、普通はそんな反応だよな」
「何がですか、意味が分かりませんわ。あまり私には気安く触れてはいけませんわ!ケイリオスが怒られてしまいます」

   驚きに引いてしまった涙と、悪戯が成功した男の子の笑顔を向けるケイリオスに、私も口元が緩み微笑みを浮かべていた。

「俺も、デビューしてない子供なんだ」
「…?」
「だから、子供の悪戯とか…。そんなんだと思え、内緒な?」
「まぁ…。無茶を言うのね。でも、騎士としてのマナーでは駄目よ?」
「分かってますよ、クリスティアラ様」

   笑顔の戻った私に安心したのか、ケイリオスもミルフィーもサラも笑みを浮かべ、王城へ行く為の準備を初めたのでした。



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