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ⅩⅩⅨ.King of Swords
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「人間じゃ、ない……?」
「おや? とっくに気づいているのかと」
シェリルの過去も。男と少女が人間でないことも。
その言葉に、シェリルは「え?」と、自分を支えるように腰を抱くセスクの方へと顔を上げる。
「……いや、薄々は……」
王子から過去の悲劇を聞いた時。まさか、とは思いはした。
もし、悲劇の公爵令嬢とシェリルが同一人物だとしたならば、少女は300年以上生きていることになる。そして、そんな彼女を助けた主治医がいるのなら、当然その医者も普通の人間ではないのだろうと。
そうして男は、口ごもるセスクへくすりと笑うと、正面からセスクの顔をみつめていた。
「私は純血の吸血鬼です」
「……ヴァン、パイア……?」
その名前くらいであれば誰もが知る、空想上の種族。
まさかそんな種族が本当にいることなど信じられずに、セスクはごくりと喉を鳴らす。
男が人間ではないかもしれない疑いを持ってはいても、いざそれをこうして肯定されると、受ける動揺はそれなりのものがあった。
「絵空事と同じにしないで下さいね? 太陽も十字架も平気ですし、ニンニクも食べられます」
物語に出てくる吸血鬼は、人間の──、特に若い女性の血を好み、夜に生きる不老不死の種族。その弱点は、陽の光と十字架と相場は決まっている。
だが、そんなことは全くないと否定して、男は「話が逸れました」と肩を竦めていた。
「とにかく、自殺を図り、本当に死にそうだったんですよ。そんなに死にたいのでしたら、そのまま見捨てれば良かったのでしょうけれど……。魔が差したと言いますか」
そこでラファエルはシェリルをみつめ、どこか哀しげな瞳を向けていた。
「『死にたくない』って、言ったんですよ、貴女は」
恐怖から逃れたくて死を選んでしまっても。恐怖から逃げたいだけで、命を捨てたいわけではない。決して、死を望んでいたわけではないのだ。
ただ、死ぬことでしか恐怖から逃れることができなかったから。
王子様との結婚なんて、そんな御伽噺のような甘いものでなくていいから、穏やかで幸せな恋をしたかったと。
恐怖に苦しんで狂いながらも、そんなささやかな夢を見ていた儚げな少女。
「これでも医者です。生きたいと願う患者を放ってはおけませんでした。そこで私は、貴女を仲間にする術を施すことにしたんです。成功するかどうかは五分五分の賭けでしたが……。貴女は生き延びた」
自分の血を与え、少女の身体を作り替えた。
吸血鬼の血は、劇薬だ。特に、純血だというラファエルの場合。薬にもなるが毒にもなる。
だが、三日三晩生死の境を彷徨って、少女は吸血鬼として生き延びた。
「けれど、仲間にしてしまった貴女をそのままにするわけにもいかず、貴女を連れて逃げ、記憶を封印したんです」
死んだことにされていたのは、まさか消えかけた命が吹き返すことなど有り得ないと思っていたからか。それとも、失踪の事実を隠しておきたかったからなのか。
その辺りの事情はわからないが、そうして少女は、男とその後を共にすることになる。
「ですが、頭が覚えていなくても、厄介なことに身体は恐怖を忘れられずにいる」
過去の記憶を封印することにより、症状はかなり和らいだ。だが、正体不明の恐怖には怯える日々。
「ちょうどいいことに、この子のような未熟な吸血鬼は他人から生気を貰わなければ生きていけない」
純血のラファエルとは違い、死にかけた身体を無理矢理作り替えられた半人前の吸血鬼は、定期的に生気を補充しないと命を保っていられないという。そんな中途半端な彼らの存在が、吸血鬼が「吸血鬼」と呼ばれ、血を好むと言われる所以になったのかもしれない。
「だから、恐怖を上塗りしたんです」
身体に一番良いのは、人間の血を吸うこと。けれど、そんなことをすれば人間ではないということが露見して、討伐対象にされるだろう。
そうならない為に。疑われない為に最適な生気の補充方法は。
「快楽に溺れ、その行為は悪いことではないのだと。生きていくのに当たり前のことだと思い込ませたんです」
男たちから与えられる精力は、血と同じくらいの効果を得ることができる。
だから、生きる為に。皮肉にも、少女は男たちに抱かれなくてはならない。
過去の恐怖を和らげる為に。逆に多くの男たちに抱かれるという荒療治。
こんなことは大したことではないのだと。生きる為の当たり前の行為なのだと。そう思い込ませることで心の傷を小さくした。
本来のシェリルは性に奔放なタイプなどではない。どちらかと言えばそういったことからは縁遠い存在だ。だが、本能で生きることを強く欲しているから、その為に男を求めてしまう。
そのことに罪悪感を覚えることがないように、その身体に快楽を教え込んだのはラファエルだ。
快楽に身を任せ、なにも考えずに済むように。それは、シェリルの心の傷を上書きする為にもちょうどいいことだったから。
「医者である私の手伝いをすることで、給金と兼ねて血を与えることもありましたが……。早々血が手に入るものでもありませんからね」
純血のラファエルは生きる為に血を欲したりはしない。どちらかと言えば、人間でいう酒や煙草のような嗜好品に近い。だから、時折合法的に血を手に入れられる医者になった。そうして不老不死の吸血鬼だと気づかれないよう、各地を転々としながら独りで生きてきた。純血種の仲間はもう、ほとんどいないという。
「だから、妊娠は難しいんですよ。与えられた精液は子供を成す為ではなく、この子が生き永らえる為のエネルギーになってしまいますから」
「……だから……」
「えぇ。よほど与えられるエネルギーに余力がないといけないんです。それこそ毎日途切れることなく注がれる程度には」
元々好きで男たちに抱かれていたわけではない。だからそれは生きる為の必要最低限に留まった。だが、本当に愛した男とは違った。セスクにだけには、自分から求め、与えられるままに全てを受け入れていたから。
「本当に、"愛の結晶"なんですよ」
その言葉にセスクが感動を覚える一方で。
シェリルはガタガタと震え出していた。
「おや? とっくに気づいているのかと」
シェリルの過去も。男と少女が人間でないことも。
その言葉に、シェリルは「え?」と、自分を支えるように腰を抱くセスクの方へと顔を上げる。
「……いや、薄々は……」
王子から過去の悲劇を聞いた時。まさか、とは思いはした。
もし、悲劇の公爵令嬢とシェリルが同一人物だとしたならば、少女は300年以上生きていることになる。そして、そんな彼女を助けた主治医がいるのなら、当然その医者も普通の人間ではないのだろうと。
そうして男は、口ごもるセスクへくすりと笑うと、正面からセスクの顔をみつめていた。
「私は純血の吸血鬼です」
「……ヴァン、パイア……?」
その名前くらいであれば誰もが知る、空想上の種族。
まさかそんな種族が本当にいることなど信じられずに、セスクはごくりと喉を鳴らす。
男が人間ではないかもしれない疑いを持ってはいても、いざそれをこうして肯定されると、受ける動揺はそれなりのものがあった。
「絵空事と同じにしないで下さいね? 太陽も十字架も平気ですし、ニンニクも食べられます」
物語に出てくる吸血鬼は、人間の──、特に若い女性の血を好み、夜に生きる不老不死の種族。その弱点は、陽の光と十字架と相場は決まっている。
だが、そんなことは全くないと否定して、男は「話が逸れました」と肩を竦めていた。
「とにかく、自殺を図り、本当に死にそうだったんですよ。そんなに死にたいのでしたら、そのまま見捨てれば良かったのでしょうけれど……。魔が差したと言いますか」
そこでラファエルはシェリルをみつめ、どこか哀しげな瞳を向けていた。
「『死にたくない』って、言ったんですよ、貴女は」
恐怖から逃れたくて死を選んでしまっても。恐怖から逃げたいだけで、命を捨てたいわけではない。決して、死を望んでいたわけではないのだ。
ただ、死ぬことでしか恐怖から逃れることができなかったから。
王子様との結婚なんて、そんな御伽噺のような甘いものでなくていいから、穏やかで幸せな恋をしたかったと。
恐怖に苦しんで狂いながらも、そんなささやかな夢を見ていた儚げな少女。
「これでも医者です。生きたいと願う患者を放ってはおけませんでした。そこで私は、貴女を仲間にする術を施すことにしたんです。成功するかどうかは五分五分の賭けでしたが……。貴女は生き延びた」
自分の血を与え、少女の身体を作り替えた。
吸血鬼の血は、劇薬だ。特に、純血だというラファエルの場合。薬にもなるが毒にもなる。
だが、三日三晩生死の境を彷徨って、少女は吸血鬼として生き延びた。
「けれど、仲間にしてしまった貴女をそのままにするわけにもいかず、貴女を連れて逃げ、記憶を封印したんです」
死んだことにされていたのは、まさか消えかけた命が吹き返すことなど有り得ないと思っていたからか。それとも、失踪の事実を隠しておきたかったからなのか。
その辺りの事情はわからないが、そうして少女は、男とその後を共にすることになる。
「ですが、頭が覚えていなくても、厄介なことに身体は恐怖を忘れられずにいる」
過去の記憶を封印することにより、症状はかなり和らいだ。だが、正体不明の恐怖には怯える日々。
「ちょうどいいことに、この子のような未熟な吸血鬼は他人から生気を貰わなければ生きていけない」
純血のラファエルとは違い、死にかけた身体を無理矢理作り替えられた半人前の吸血鬼は、定期的に生気を補充しないと命を保っていられないという。そんな中途半端な彼らの存在が、吸血鬼が「吸血鬼」と呼ばれ、血を好むと言われる所以になったのかもしれない。
「だから、恐怖を上塗りしたんです」
身体に一番良いのは、人間の血を吸うこと。けれど、そんなことをすれば人間ではないということが露見して、討伐対象にされるだろう。
そうならない為に。疑われない為に最適な生気の補充方法は。
「快楽に溺れ、その行為は悪いことではないのだと。生きていくのに当たり前のことだと思い込ませたんです」
男たちから与えられる精力は、血と同じくらいの効果を得ることができる。
だから、生きる為に。皮肉にも、少女は男たちに抱かれなくてはならない。
過去の恐怖を和らげる為に。逆に多くの男たちに抱かれるという荒療治。
こんなことは大したことではないのだと。生きる為の当たり前の行為なのだと。そう思い込ませることで心の傷を小さくした。
本来のシェリルは性に奔放なタイプなどではない。どちらかと言えばそういったことからは縁遠い存在だ。だが、本能で生きることを強く欲しているから、その為に男を求めてしまう。
そのことに罪悪感を覚えることがないように、その身体に快楽を教え込んだのはラファエルだ。
快楽に身を任せ、なにも考えずに済むように。それは、シェリルの心の傷を上書きする為にもちょうどいいことだったから。
「医者である私の手伝いをすることで、給金と兼ねて血を与えることもありましたが……。早々血が手に入るものでもありませんからね」
純血のラファエルは生きる為に血を欲したりはしない。どちらかと言えば、人間でいう酒や煙草のような嗜好品に近い。だから、時折合法的に血を手に入れられる医者になった。そうして不老不死の吸血鬼だと気づかれないよう、各地を転々としながら独りで生きてきた。純血種の仲間はもう、ほとんどいないという。
「だから、妊娠は難しいんですよ。与えられた精液は子供を成す為ではなく、この子が生き永らえる為のエネルギーになってしまいますから」
「……だから……」
「えぇ。よほど与えられるエネルギーに余力がないといけないんです。それこそ毎日途切れることなく注がれる程度には」
元々好きで男たちに抱かれていたわけではない。だからそれは生きる為の必要最低限に留まった。だが、本当に愛した男とは違った。セスクにだけには、自分から求め、与えられるままに全てを受け入れていたから。
「本当に、"愛の結晶"なんですよ」
その言葉にセスクが感動を覚える一方で。
シェリルはガタガタと震え出していた。
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