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本編

第二十話 プロポーズ?②

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「な……っ?」
 冷静な分析の声に、今自分はなにをされたのだろうかと混乱する。
 クロムに、唇を舐められた。
 それはとても“普通”ではないと思うのだが、クロムにとってはただクリームを綺麗にしただけ、という感覚なのだろうか。
「……」
「……」
 動揺したままクロムを見つめ返せば至近距離で視線と視線が絡まり合い、自然と沈黙が落ちた。
 トクン……、トクン……、と柔らかな鼓動が胸を刻み、クロムの厚い唇に吸い込まれそうになってくる。
 ――その唇に、触れたなら。
 そう思った瞬間、クロムの顔がさらに近づいてきた気がして、アリーチェの瞼は自然と閉ざされた。
 そっと唇が重なって、触れるだけのそれはすぐに離れていって。
「……甘いわ」
 至近距離で目が合って、率直な感想が零れ出た。
 ミルクの甘さでは決してない、不思議なこの甘さはなんだろうか。
「はい」
 クロムも同じことを感じたのか、目だけでそっと頷かれ、そのまましばし見つめ合う。
 ――もう一回。
 その甘さに触れたいと、アリーチェの唇は自然と薄く開いてクロムを誘う。
 すると想いが伝わったのか、少しだけ首を傾けたクロムの顔が近づいてきて。
 アリーチェは、その唇を受け止めるべくそっと瞼を閉ざし……。
 ――ちゅ……、と。
 唇の横。頬を掠めてすぐに離れていったソレに、きょとん、と瞳を瞬かせていた。
「……ぇ……」
 大きく見開いたアリーチェの瞳に、ふ、と口元を緩めたクロムの微笑が映り込んだ。
「!」
 クロムはそのままアリーチェから視線を外し、ミートパイの最後の一口を口に含むと手元の作業に戻っていく。
(……っ。なによなによなによ……!)
 なんだか肩透かしを食った気分で恥ずかしくて堪らない。
 しかも、クロムのその余裕綽々な態度はなんなのか。
(……クロムのくせに……!)
 恨めしげな瞳でクロムを睨みつけるも、解析作業に戻ったクロムの横顔がアリーチェに向くことはない。
 さらには。
 その、綺麗な横顔が。真剣になったその表情が嫌いではないことがたちが悪い。
 なにが面白いとも思わないのに、なぜかずっと見ていられてしまうのだ。
(……なんなのよ……!)
 ついうっとりと見惚れかけ、アリーチェはぐ、と唇を噛みしめる。

 そんな中。

「おいおいおいおい。マジかよ……」
「う、わぁ~。なにあれ、二人とも無自覚? 無意識なの?」
「……なんだあのいちゃつきぶり」
「完全にオレらの存在忘れてるよな?」
「だな」
 ある者は顔を引き攣らせ、またある者は空を仰ぎ、またまたある者は興味津々、驚きの目を向けて。
 一連の遣り取りを見ていた研究員たちがこそこそと囁き合う。
「だって! 今! キスしてたぞ、キス!」
「俺らがいるにも関わらず!」
「……だからオレらの存在が目に入ってねーんだって」
「……恋は盲目?」
「それはなんか使い方が違くねぇ?」
「え。まさか、キスすら無意識?」
 なぜこちらが気を遣わなければならないのか、彼らがこうして顔を寄せ合っている最中さなかにも、クロムはともかくアリーチェも他の人間の存在を認識していない。
 認識していないどころか、その目に入っているのはクロムだけ。
 飽きもせず、じ、とクロムの横顔を見つめ続けていることに、果たしてアリーチェは気づいているのだろうか。
「……お嬢様、あぁいう性格タイプだったのか……」
「いやいや。それを言うならクロムのヤツにもあんな一面があったなんて驚きを通り越して恐ぇけど」
 我が儘で高飛車な令嬢かと思ったアリーチェは意外にも献身的で、クロムはクロムでそんなアリーチェに甘え切っている。
 意外にも“お似合い”だと思ったのは早い段階ではあったものの、ここまでになろうとは一体誰が想像しただろうか。
「……二人の世界……」
 遠巻きに二人を見守っている彼らだからこそわかることがある。
 二人の視線が合うことは滅多にないが、言葉を交わすこともなくただ傍にいるだけの二人は、時々互いのことを気にしている。
 アリーチェは読書の途中や刺繍の手が止まったふとした瞬間に。クロムは解析の合間の一瞬の息抜きに。
 ほんの数秒、相手を見つめ、そこにいることを確認してまた自分の作業に戻っていく。
 それは完全に周りから切り離された空間だ。
「……すげー……。あの空間だけハートマーク飛びまくってるけど……」
「なんだあれ……」
 珍しくも目が合ってしまったアリーチェは動揺で赤くなり、クロムはそんなアリーチェの反応に可笑しそうに口元を緩ませる。
 笑われたことにアリーチェの眉は一瞬釣り上がるが、クロムの優しい瞳に見つめられ、すぐに恥ずかしそうに目を逸らす。
 だが、気になるのかチラチラとクロムに視線を投げ、クロムが自分のことを見ていることがわかるとほんのりとした微笑みを浮かばせる。
 そして恐らく、その全てが。
「……あれで自覚ないんだから恐ぇえよな……」
 互いに無意識にやっているのだろうことがわかって、研究員たちはみな身震いする。
 二人共、絶対に自分たちの変化に気づいていない。
 ある意味自然すぎる二人のやり取りは、自然すぎるからこそたちが悪い。
「……とりあえず仕事戻るか……」
「そうだな……」
 誰かの呟きにその場にいる全員が頷いて、それぞれの持ち場に戻っていく。
 あとにはただ、どこからともなく甘い空気が漂っていた。
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