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番外編
家族のカタチ①
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目の前には、ぽやん、とした金髪の美少女が、にこにこと嬉しそうな笑顔でアリーチェのことを見つめていた。
「えっ、と……?」
とても二人の息子を持つ母親とは思えないが、クロムに聞いた話から計算すれば、四十歳前後であることは間違いない。
だが、どこからどう見てもそうは見えない女性を前にして、アリーチェは困惑の表情を浮かべていた。
「貴女が、アリーチェさん?」
「は、はい……っ」
にこにこと邪気のない笑顔と少しばかり舌っ足らずな口調で確認され、ど……っ、と緊張の汗が吹き出した。
なぜなら。
「あの子を……、クロムを連れて来てくれてありがとう……っ」
立ち上がり、テーブル越しにアリーチェの手を取ってうるうると感謝の眼差しを向けてきた貴婦人は――、なんとクロムの母親だった。
「あ、あの……っ」
「あの子ってば、家を出たきり全然戻って来ないんだもの……っ。時々送ってくる手紙から元気にしているのはわかっていたけれど……っ」
ここは、恐らく、クロムの母御用達の喫茶店。天井からは小さなライトが釣り下がり、壁際には観葉植物が飾られたお洒落な個室に、クロムの母の感極まった声が響く。
「もしかしたら、もう二度と帰ってくることはないんじゃないか、って……っ」
その憂苦は、確かに否定できない部分があったように思う。
クロムは、育ての両親に感謝を示しつつ、どこか遠慮をしているようなところがあるように感じられたから。
「それが、大切な人を紹介したいから、なんて……!」
クロムの母が言うように、こんなことでもない限り、クロムが実家に戻ろうとすることはなかったかもしれない。
「わたくしっ、もう嬉しくて……っ!」
「いえ、あの……っ」
もはや勢いに押され、アリーチェはかなり困惑していた。
なぜならクロムの母親とは、これが初対面なのだから。
にも関わらず、突然の二人きり。アリーチェが事態についていけなかったとしても、それは当然のことだろう。
「あの子から、家の事情は聞いていて?」
「え……、あ、はい……。クロムが養子だ、ってことでしたら……」
感極まって喋っていても、どこかその声色が独特なのは、元々のおっとりとした性格が滲み出ているからだろうか。
(……クロムに……、似てる……)
クロムの母親に流されるまま頷きながら、ふとそんなことに気づいて妙な感動が広がっていく。
クロムとは血の繋がりのない育ての母。けれど、クロムの母親のおっとりとした独特な喋り方は、クロムのことを思い起こさせた。
クロムの少しばかりのんびりとした喋り方は研究オタクゆえのものだと思っていたのだが、きっと母親の影響が強いのではないだろうか。
例え、血が繋がっていなかったとしても。この女性は間違いなくクロムの母親だ。
「そうなのよ……。我が子同然に育ててきたつもりなのだけれど……。弟ができてからは、どこかわたくしたち家族に遠慮するようになってしまって……」
「……」
悲しそうに語るクロムの母親に、アリーチェは思わず沈黙する。
その辺りの話はクロムからも聞いている。
二人目は望めないだろうと言われている状況で実の幼い息子を失い、息子によく似た孤児を引き取った。けれど、奇跡的に授かった、年の離れた弟。
自分を育ててくれたことには最大の感謝を示しつつ、クロムは自分がいない方が実の家族のためだと思っているようなところがあるように感じられた。
「研究室から声がかかったと思ったら、これ幸いとばかりに身一つで出ていってしまって……」
クロムのあの様子を見るに、生活の全てを研究に没頭させることは本人の望みでもあったのだろう。
それでも、もし。クロムが本当の子供であったとしたら。もしくは、弟が生まれなかったとしたら。
そこまであっさりと出てはいかなかったかもしれないとも思う。
ただ。
(……結果的にはよかったのかもしれない)
クロムが研究オタクであることには間違いない。だからもし、家と研究の間で揺れ動くようなことがあったとしたら、クロムは却って苦しんだかもしれない。
そう思えば、実の子供に恵まれたことは良かったことなのではないだろうか。
「律儀にね。毎月お金まで送ってくるの。まるで今まであの子にかかったお金を返済するみたいに」
寂し気に語るクロムの母親の気持ちはわからないでもないけれど。
「親子でそんなこと、あり得ないでしょう……?」
アリーチェもつい最近知ったばかりなのだが、クロムを引き取ったスピアーズ伯爵家はそれなりの名家らしかった。
お金に困っているわけでもないのにそんなことをされ、クロムの母親は悲しそうに目を伏せる。
「こんなことをしてもらうために引き取ったわけじゃないのに……」
「……お母様……」
どんな言葉を返したらいいのかわからず、アリーチェはただクロムの母を見守った。
目の前の女性からは、クロムのことを心から大切に思う母親の想いが伝わってくる。
そして、アリーチェは、家族のことを思うクロムの心も知っている。
どちらが正しいも間違っているもない、確かな愛情。
「“お母様”って、呼んでくれるのね」
「! あっ、す、すみません……っ」
そこでふと嬉しそうに微笑まれ、アリーチェは思わず赤くなる。
最初にソフィア・スピアーズ、と名乗られてはいたものの、名前で呼ぶのも憚られた。
「いいのよ、全然……っ。だって、わたくしたち、これから親子になるのだもの。ねっ?」
「……親、子……」
(!)
嬉しそうに向けられる笑顔の前で、その言葉のインパクトにさらに顔に熱がこもる。
そう……。今回は、そのためにクロムの両親に会いに来たのだから。
「それで、どうするのかしら? 詳しいことはまだあの子から聞いていないのだけれど……。別邸でも建てましょうか? アリーチェさんは公爵家のお嬢様だとは聞いているから、夫人としての基本的なお作法は学ぶ必要はないわよね? ただ、多少はお国柄的な文化の問題はあると思うから……」
クロムから送られてきたお金はこんな時のことも考えてそのまま取っておいてあるため、やっと使うことができると楽しそうに語るクロムの母へ、アリーチェは目を白黒させる。
クロムから詳しいことは聞いていないが、少なくとも研究施設の近くに新居を構えることが決まっている今、クロムはアリーチェをこのまま伯爵夫人にするつもりはなさそうだった。
「あ、あの……っ」
そうしてアリーチェが、遠慮がちながらも声をあげかけた時。
「アリーチェさん……っ!」
突然慌ただしい気配が伝わってきたと思えば扉が開かれ、アリーチェとクロムの母はほぼ同時に顔を向ける。
少しだけ焦ったような、怒ったような様子でそこに現れたのは。
「ク、クロム……!?」
「クロム……ッ!」
アリーチェは驚いたような表情になり、間違いなく数年ぶりの再会となった息子の姿を認めたクロムの母親は驚愕と歓喜の混ざった声を上げる。
だが。
「父に捕まって迎えに来るのが遅くなってしまいました」
久しぶりの再会にも関わらず、まずアリーチェの傍までやってきたクロムは「すみません」と甘く微笑い、次に母親へ咎めるようなふてくされたような目を向ける。
「……母上。アリーチェさんを勝手に連れ出すなんてどういうことですか」
そう……。今回のクロムの母とアリーチェのお茶会は、予定されていたものでは全くない。
「だって、アリーチェさんと二人きりでお話してみたかったんだものっ」
瞳を潤ませてそう語るクロムの母の姿はとても可愛らしいが、クロムの眉間には皺が寄る。
「だからといって、これじゃ誘拐じゃないですか……!」
「えっ、と……?」
とても二人の息子を持つ母親とは思えないが、クロムに聞いた話から計算すれば、四十歳前後であることは間違いない。
だが、どこからどう見てもそうは見えない女性を前にして、アリーチェは困惑の表情を浮かべていた。
「貴女が、アリーチェさん?」
「は、はい……っ」
にこにこと邪気のない笑顔と少しばかり舌っ足らずな口調で確認され、ど……っ、と緊張の汗が吹き出した。
なぜなら。
「あの子を……、クロムを連れて来てくれてありがとう……っ」
立ち上がり、テーブル越しにアリーチェの手を取ってうるうると感謝の眼差しを向けてきた貴婦人は――、なんとクロムの母親だった。
「あ、あの……っ」
「あの子ってば、家を出たきり全然戻って来ないんだもの……っ。時々送ってくる手紙から元気にしているのはわかっていたけれど……っ」
ここは、恐らく、クロムの母御用達の喫茶店。天井からは小さなライトが釣り下がり、壁際には観葉植物が飾られたお洒落な個室に、クロムの母の感極まった声が響く。
「もしかしたら、もう二度と帰ってくることはないんじゃないか、って……っ」
その憂苦は、確かに否定できない部分があったように思う。
クロムは、育ての両親に感謝を示しつつ、どこか遠慮をしているようなところがあるように感じられたから。
「それが、大切な人を紹介したいから、なんて……!」
クロムの母が言うように、こんなことでもない限り、クロムが実家に戻ろうとすることはなかったかもしれない。
「わたくしっ、もう嬉しくて……っ!」
「いえ、あの……っ」
もはや勢いに押され、アリーチェはかなり困惑していた。
なぜならクロムの母親とは、これが初対面なのだから。
にも関わらず、突然の二人きり。アリーチェが事態についていけなかったとしても、それは当然のことだろう。
「あの子から、家の事情は聞いていて?」
「え……、あ、はい……。クロムが養子だ、ってことでしたら……」
感極まって喋っていても、どこかその声色が独特なのは、元々のおっとりとした性格が滲み出ているからだろうか。
(……クロムに……、似てる……)
クロムの母親に流されるまま頷きながら、ふとそんなことに気づいて妙な感動が広がっていく。
クロムとは血の繋がりのない育ての母。けれど、クロムの母親のおっとりとした独特な喋り方は、クロムのことを思い起こさせた。
クロムの少しばかりのんびりとした喋り方は研究オタクゆえのものだと思っていたのだが、きっと母親の影響が強いのではないだろうか。
例え、血が繋がっていなかったとしても。この女性は間違いなくクロムの母親だ。
「そうなのよ……。我が子同然に育ててきたつもりなのだけれど……。弟ができてからは、どこかわたくしたち家族に遠慮するようになってしまって……」
「……」
悲しそうに語るクロムの母親に、アリーチェは思わず沈黙する。
その辺りの話はクロムからも聞いている。
二人目は望めないだろうと言われている状況で実の幼い息子を失い、息子によく似た孤児を引き取った。けれど、奇跡的に授かった、年の離れた弟。
自分を育ててくれたことには最大の感謝を示しつつ、クロムは自分がいない方が実の家族のためだと思っているようなところがあるように感じられた。
「研究室から声がかかったと思ったら、これ幸いとばかりに身一つで出ていってしまって……」
クロムのあの様子を見るに、生活の全てを研究に没頭させることは本人の望みでもあったのだろう。
それでも、もし。クロムが本当の子供であったとしたら。もしくは、弟が生まれなかったとしたら。
そこまであっさりと出てはいかなかったかもしれないとも思う。
ただ。
(……結果的にはよかったのかもしれない)
クロムが研究オタクであることには間違いない。だからもし、家と研究の間で揺れ動くようなことがあったとしたら、クロムは却って苦しんだかもしれない。
そう思えば、実の子供に恵まれたことは良かったことなのではないだろうか。
「律儀にね。毎月お金まで送ってくるの。まるで今まであの子にかかったお金を返済するみたいに」
寂し気に語るクロムの母親の気持ちはわからないでもないけれど。
「親子でそんなこと、あり得ないでしょう……?」
アリーチェもつい最近知ったばかりなのだが、クロムを引き取ったスピアーズ伯爵家はそれなりの名家らしかった。
お金に困っているわけでもないのにそんなことをされ、クロムの母親は悲しそうに目を伏せる。
「こんなことをしてもらうために引き取ったわけじゃないのに……」
「……お母様……」
どんな言葉を返したらいいのかわからず、アリーチェはただクロムの母を見守った。
目の前の女性からは、クロムのことを心から大切に思う母親の想いが伝わってくる。
そして、アリーチェは、家族のことを思うクロムの心も知っている。
どちらが正しいも間違っているもない、確かな愛情。
「“お母様”って、呼んでくれるのね」
「! あっ、す、すみません……っ」
そこでふと嬉しそうに微笑まれ、アリーチェは思わず赤くなる。
最初にソフィア・スピアーズ、と名乗られてはいたものの、名前で呼ぶのも憚られた。
「いいのよ、全然……っ。だって、わたくしたち、これから親子になるのだもの。ねっ?」
「……親、子……」
(!)
嬉しそうに向けられる笑顔の前で、その言葉のインパクトにさらに顔に熱がこもる。
そう……。今回は、そのためにクロムの両親に会いに来たのだから。
「それで、どうするのかしら? 詳しいことはまだあの子から聞いていないのだけれど……。別邸でも建てましょうか? アリーチェさんは公爵家のお嬢様だとは聞いているから、夫人としての基本的なお作法は学ぶ必要はないわよね? ただ、多少はお国柄的な文化の問題はあると思うから……」
クロムから送られてきたお金はこんな時のことも考えてそのまま取っておいてあるため、やっと使うことができると楽しそうに語るクロムの母へ、アリーチェは目を白黒させる。
クロムから詳しいことは聞いていないが、少なくとも研究施設の近くに新居を構えることが決まっている今、クロムはアリーチェをこのまま伯爵夫人にするつもりはなさそうだった。
「あ、あの……っ」
そうしてアリーチェが、遠慮がちながらも声をあげかけた時。
「アリーチェさん……っ!」
突然慌ただしい気配が伝わってきたと思えば扉が開かれ、アリーチェとクロムの母はほぼ同時に顔を向ける。
少しだけ焦ったような、怒ったような様子でそこに現れたのは。
「ク、クロム……!?」
「クロム……ッ!」
アリーチェは驚いたような表情になり、間違いなく数年ぶりの再会となった息子の姿を認めたクロムの母親は驚愕と歓喜の混ざった声を上げる。
だが。
「父に捕まって迎えに来るのが遅くなってしまいました」
久しぶりの再会にも関わらず、まずアリーチェの傍までやってきたクロムは「すみません」と甘く微笑い、次に母親へ咎めるようなふてくされたような目を向ける。
「……母上。アリーチェさんを勝手に連れ出すなんてどういうことですか」
そう……。今回のクロムの母とアリーチェのお茶会は、予定されていたものでは全くない。
「だって、アリーチェさんと二人きりでお話してみたかったんだものっ」
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