二つの国と少女

bunya

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一章

穏やかな日常

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   青々と木々の生い茂る渓谷を、フィーネとバリスは馬をすすめた。この渓谷は国境の河から分岐した支流。しかし支流というには、幅は馬を何十頭か並べることができるくらい大きな河川だ。水量は豊富で、所々から湧水が小さな滝をつくって流れこんでいる。
  川へ飛び込み、魚を一撃で狩る鮮やかな鳥が枝にとまっていた。森の中からはたくさんの小鳥たちの声が聞こえている。
  川の水の流れる音と森の木々の葉の擦れるざわめきと、風の音と、馬の蹄の音。そして、
「姫が一人で出歩くなんて。」
と、バリスの小言がのどかな音色となって包んでいた。
  フィーネは思わず苦笑いをこぼした。
「もうわかったってば。ごめんね?」
  謝った所で、こうなってしまったバリスを止めることは容易でないことはよくわかっている。バリスとは幼い頃からの仲だ。互いの性格もよく知っているし、主従を越えて兄弟のように育った間柄だ。正直、少しうるさく感じもするが、フィーネは自分が勝手な行動をとっていると自覚しているし、バリスはフィーネのことに関しては心配症なのだ。自分のことを思って、こうして無茶な自分に付き合ってくれるのだから、多少の小言は感謝しなければいけないだろう。

  しばらくすると、少しずつ道は広くなり、だんだんと畑や農作業をする人の姿が見えてきた。川の水を引いて畑を潤し、この辺りは穀物の栽培が、もうしばらく行くと開けた丘に果樹園が広がっている。今の季節は木苺の季節だ。時折、籠一杯の木苺を抱えた女性が通りすぎていく。青き国には、昔から木苺を煮詰めてパイを焼き、愛する人へ贈る風習がある。そんな季節なんだとフィーネは頬を緩ませた。
  森を過ぎればだんだんと行き交う人の数も増えていき、城下町に入る。道を挟んで市場ができ、肉や魚、彩りの良い野菜や民芸品、布や日用品など、あらゆるものがここでは揃う。

「なんだ、バリス。またフィーネ様を探して戻ったのかい?」
「フィーネ様もお人が悪い。皆、心配してますぞ。」
「何だかんだ言っても、ちゃんとバリス様が見つけてきますもの。心配なんて、ねぇ?」
  次々ににかっと笑う人々に声をかけられてゆく。人々はいつものことで何も心配してはいない。
「ははは。」
  さすがにフィーネも閥が悪そうである。
「皆で甘やかさないでください。いつものことでは困るんですから。」
  バリスは半ば呆れ顔でため息混じりに言った。
  これが日常となっていることは一目瞭然だ。
  気づけば国境の天気とはまた変わり、空には青空が広がり白い雲が浮かんでいる。穏やかで温かい陽射しが降り注いでいた。
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