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4章

悪人の流儀 1

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「くんくん、くんくん……こっちに人間の匂いがする。あと、金属の匂い。罠の匂いだよ」
「こっちもか。罠だらけじゃないっスか~」
「くんくん……戻って右の道に行った方がいいかも。迂回しないと奥の方に行けない。奥に獣の匂いがする。鳴き声も聞こえる」
「よし、一度戻ろう」
「スエアロ、すごいね」
「ふん、まあなー!」
 
 地上で戦う音が地下まで響いてくる。
 天井から時々、小石がぽろぽろと落ちてくるほど。
 
「にしても……地下がこんなに入り組んでるなんて思わないっスよ~……なんスかこれぇ」
「掘られた形跡がある。元々家々にある地下倉庫を、悪党どもが掘り繋げたのだろう」
「ガウバス、ただいまー。そっちはどう?」
「うむ……入れないな」
「やっぱり」
 
 とて、とて、とスフレから離れてスエアロが地上の部屋にいるカウバスのところに戻る。
 右の家の地下に入るためだ。
 さっきからこんな感じで、地上と地下を行き来しながら通れる道を探している。
 地下はアリの巣のようになっており、しかもなぜか罠が仕かけてあった。
 
「お前なに描いているんだ?」
「ん? 地下の地図っスよ。あれば便利だと思って」
「へー」
「マッピングですね」
「うん。俺って相棒がいないっスからね~。こういう雑務でしか先輩たちの役に立てないんスよ」
 
 ジンとスエアロがスフレの手元の端末を覗き込む。
 なかなか綺麗な地図がでにあがっている。
 
「でも、次に来た時マッピングしていると助かりますよ」
「だといいっス。一応先輩たちにもリアルタイムで共有してるんで、レッドテイルの討伐が終わればすぐ来てくれると思うっスよ」
「ほう。なかなか有能だな」
「いやいや」
 
 謙遜するスフレだが、改めて地下に入るとアプリを使ってどんどんマッピングを完了していく。
 それにしても、リョウの肩のおあげとおかきがずっと警戒態勢なのが気になる。
 時折唸り声を上げるおあげ。
 その方向に、スエアロがだいたい「嫌な匂いがするよ」と首を横に振るのだ。
 
「なにか、いるのかな?」
「うん。人間がいる。血の匂いがしたり、匂いの強い花みたいな匂いがしたりする。あと火薬」
「物騒っスねぇ。頼りにしてた戦力のガウバスさんは地下通路が狭くて降りてこられませんし、ジンくんもこの狭さじゃあドラゴンなんて召喚できませんしねぇ」
「す、すみません。でも、他の召喚魔なら召喚できます」
「あ、そうか。ジンくんは複数属性持ちなんでしたよね。【竜公国ドラゴニクセル】のイメージ強すぎて忘れてたっス」
 
 迂回を続けても、どうにも辿り着けない。
 マッピングのおかげで数箇所の道に罠があり、マッピングできない範囲が四箇所に絞られた。
 おそらくこの部分に囚われた召喚魔たちが、集められている。
 リスクを減らすために分散させて保管しているのだろう、とスフレに言われるとつい眉を寄せてしまう。
 
「一つ一つ潰していくとどこかの場所に逃げられるな。同時に潰した方がいい」
「ってことは先輩たちと、警騎士たちが到着するのをひとまずは待つのがいいっスね。逃すわけにはいかねぇっスよ」
「うむ」
「……なあ、お前はなんで召喚警騎士になったんだ?」
 
 一度地上に戻ろうか、という話になり、くるりと元来た道を戻る途中スエアロがスフレに問う。
 一瞬きょとんとしたあと、スフレはシンプルに「うち貧乏でお金なかったんで、国家公務員目指したっス」と拳つきで理由を教えてくれた。
 大変微妙な顔になるスエアロ。
 
「……っていうのもあるんスけど、うちの母ちゃんすげー美人で貴族に連れてかれちゃったんスよね」
「「「え」」」
「んで、そのまま。帰ってこないんス。もう八年になるっスね。今どうしてるのか……生きてて帰ってくる気があるなら迎えに行きたいんスけど……貴族街の町長庁は貴族しか入れないっスから、行けるようになるにはもっと昇進しないと! いや、まあ、相棒もいないんで昇進もクソもねぇんスけど!」
「ひ、ひどい……」
「そんなこと……! 誘拐じゃないですか! そんなの許されるんですか!?」
「そうっスよ」
 
 さらりと肯定されて、口を覆う。
 意味がわからない。
 ダロアログのやっていることとなにが違うのだ。
 しかも生きているのか死んでいるのかすらわからないなんて。
 
「許されるんスよね、なんでか。貴族様は、そんくらい偉くて、当然なんだそうっスよ。俺が貴族に生まれなかったのが悪いって言われたっス」
「んだそれぇ!」
「意味がわからない。そんなの……ひどすぎますよ! 訴えたりとかできないんですか!?」
「伯爵家より上の階級があると、そういうのが許されるらしいっス。逆らうと家族連座で処刑らしいんで――母ちゃんは俺たちを守ろうとしてくれたんだと思うっスよ。それを無駄にするわけにはいかねーんっスわ」
「くっ……!」
 
 誰が連れ去ったのかはっきりとわからないから、ノインやレイオンにも頼れない。
 それに母親が生きていたところで、身の安全をまず確保しないと先に殺されてしまう。
 処分されてしまえば証拠もなく、言い逃れされる。
 また、ミルアに「気に入られたり妊娠すると第二、第三夫人として認められたりするから、もしかしたらいい暮らししてるかもしれないし」と慰められたこともあるそうだ。
 そうであればいい、とスフレが眉尻を下げた。
 そう願わないと、なんの希望もないと憎しみでおかしくなりそうだったから。
 
「――っ!」
 
 なんと声をかけていいのか、と思っていた、突然目の前が真っ暗になり体が傾く。
 なにが起きたのかわからず、叫ぼうとしてもなにかに口を覆われてうまく声が出なかった。
 
「いた!」
「ヨシ、捕まえたぜ。……って、あん?」
「タックさん、マズいですよ。この女、シド・エルセイドの……!」
「ゲッ! 間違えた!」
「!?」
 
 ハッと、見上げるとそこは黒服と黒マント……そしてタックというアッシュの舎弟が並んでいた。
 他にも檻に捕えられた召喚魔たち。
 
(壁が回転したように見えたけど……まさか!)
 
 道が繋がっていたところは危険そうだったが、まさか隠し扉があったとは。
 リョウはそこから壁の内側の部屋に連れ込まれたらしい。
 
「っ!」
 
 おあげとおかきもいなくなっている。
 壁に連れ込まれた時、肩から落ちてしまったのだろう。
 採集用のナイフを取り出すが、瞬く間に手首を叩かれ叩き落とされた。
 
「ぐ、くぅ!」
「すぐに解放するべきでは」
「うっ、うっせぇ! 別にこいつでもいいだろう!? シド・エルセイドの女と触れ込めば、オークションで高値がつく! 兄貴も許してくれるだろ!」
「いえ、それはさすがに!」
「タックさん、シド・エルセイドを舐めすぎだ! 若だけでなく頭にまで迷惑がかかります!」
「っ!」
 
 なんだか話がどんどん大きくなっているように思う。
 リョウを間違えて攫った、のはなんとなくわかる。
 そのタックに周りの黒服たちが必死に咎め始めた。
 一度明確にシドに助けられたあの時のことは、彼らにこれほど効果があったとは。
 
「ぐ、ぐぬぬ……」
「なんの騒ぎだ?」
「若!」
「ア、アニキ……」
「っ……」
 
 ポケットに手を入れて現れたのはワイシャツと黒のテーパードパンツ、黒い革靴。
 灰色の髪をウルフカットにした、召喚された時に見たあの男。
 切長い目でランプを抱えた部下を従え、奥の部屋から出てきた。
 
「タック……テメェなに余計なことしてやがる」
「く――黒髪の女だったから……てっきりターゲットかと……! でもアニキ、この女もオークションに売れば儲けが出るって!」
「ダメだ。あの野郎には金になりそうな情報ももらってる。迂闊に野郎の地雷踏み抜いたら、戦争になっぞ。んなことになったら大損どころか大損害だ。親父や兄貴にドヤされるどころじゃねぇ。消される」
「うっ……」
「適当な馴れ合いで済ませてんだから、余計なことするんじゃねぇ。それでなくともテメェは二度とツラ見せんなって言われてんだ。今度野郎と顔突き合わせたら、庇ってやんねぇぞ。テメェの首と野郎を敵に回すんなら、テメェの首の方が安く済むからな。わかったらその女をよこせ」
「は、はい」
「ぐ、ぐうう」
 
 タックはまだ納得した表情ではないが、黒服が紳士的に手を出してリョウを立たせてくれた。
 ナイフは返してくれなかったが、そのままアッシュの背後に連れて行かれる。
 ついてこい、と一言言われて歩き出したアッシュの後ろをついていく。
 
(多分、安全……)
 
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