【R18】黒曜帝の甘い檻

古森きり

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第9話

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(ああ、困った……)

 調教師はならん、と釘を刺されてしまった。
 庭の椅子に腰掛け、昼に黒曜帝に届けられた木箱を膝の上に載せて悩む。
『張り型を贈る』とは、さらりととんでもない事を言ってのけたものである。
 さすが黒曜帝。
 この国の皇帝陛下様だ。

(しかもこんなに早く。まるで最初から用意していたかのような周到さを感じる)

 中身は間違いなく張り型。
 男根を模した、性具。
 昨夜はかなり頭がぼんやりとしていた中での口約束。
 それでも、耳の中に吹き込まれるように囁かれた言葉はしっかり思い出せる。
 これを中に食み、胸を自ら弄べ。
 そうすれば女のようによがり狂えるだろう。

(女のように)

 当たり前の事だが、やはり黒曜帝は女を知っているのだ。
 その事がなんとなく、気持ちを落とし込む。
 茶髪の世話係が盆に茶器を載せて近づいてきた。
 穏やかな風の中で茶の香りが鼻腔を擽り始める。

「陛下は、女人の方がお好きなのでは……」
「はい?」

 ハッとした。
 茶の香りに気が抜けたのだろうか。
 慌てて口を覆い、言い訳がましく「尻に興味がないと言っておられたから!」と、余計な事をつけ加える。
 世話係との間に流れる絶妙な空気。
 それに耐えられず、膝の上の箱を横に置く。

「……ああ、その事ですか……」
「な、なにか知っているのですか?」
「確かに女人もお好きなのだと思いますよ。お嫌いではないと思います。ただ、上回るほどのものではないというだけでしょう」
「は?」

 どういう意味なのだろう。
 彼の言っている言葉は、ヒオリの質問の答えとしてはどこかいびつに感じた。

「いえ、あまり口を出しすぎるのも、と」
「……?」
「ええと、そうですね。では、私の相談に乗って頂けますか?」
「え? は、はい?」

 突然どうした事だろうか。
 目を見開いて、しかしいつも世話になっている世話係の悩み相談。
 頼られる事は純粋に嬉しい。
 なので、気づくと前のめりになっていた。
 彼は立ったままだが、少しだけ言いづらそうに話し始める。

「実は……今口説かれておりまして……」
「な! なんと!」
「ええ、男性に、です」
「な、なんとっ!」

 側から聞けば、どことなく噛み合っていない会話だが、二人の間ではなぜか成立していくやりとり。
 それを赤毛の世話係と白髪の世話係が眺めては顔を見合わせる。
 布の下はさぞ、歪んでいる事だろう。
 感受性のようなものが、あの二人は近いのだろうか。

「では、お付き合いをするのですか?」
「しかし男同士は子が出来ません」
「は、はい……。でも……」

 はた、と気がついた。
 彼は男に口説かれている。
 子が出来なければ付き合わないのか、という質問はヒオリにも当てはまるではないか。
 いや、ヒオリの場合は……彼らのような『気持ち』がない。
 同じではないか、と唇を摘む。

「でも、その……殿方と床を共にするのは、とてもいいものですよ……」

 髪を弄りながら、自分の出来る精一杯のアドバイス。
 彼がなにを相談したかったのかすら分からないうちから、ともすれば実に素っ頓狂なアドバイスになるだろう。
 それに気づかないまま口にするヒオリの幼さに、世話係は微笑む。
 同じようにその感想のいびつさ。
 ヒオリはそれにも気づいていない。

「ヒオリ様、あの行為は恋仲の者が行う行為なのは、なんとなく知っておられるのでは?」
「…………」

 世話係の言う事に、おそらくは少し変な顔になっただろう。
 夜、同性と床を共にするのは……本来おかしな事。
 まして皇帝ともなれば一刻も早く妃を選び、子を増やさなければならない。
 ヒオリもそのくらいの知識はある。
 偏っているのだ、とても。
 十歳から人質となり、この離宮に軟禁状態のヒオリは『一般常識』が虚ろだ。
 だからゆっくり、その歪みを取り除いて正して、その上で決めなければならない。
 彼の言いたい事は、そういう事。

「多分……」

 ポツリと俯いて呟く。
 世話係は頷いた。

「愛する者とする行為です。しかし皇帝陛下は、やや特殊……色恋がなくとも子をなすために想いもしない者とまぐわう事も、必要となる」
「……それは、分かります……」

 書物で学んだ。
 黒曜帝は本来、後宮に通うべきだと。
 だが、黒曜帝が足繁く通うのはヒオリの元だ。
 色々足りないヒオリにも、それがおかしい事は察しがついている。

「ヒオリ様が陛下を拒まれないのはなぜですか」
「僕は拒む立場ではありません」
「しかし、ヒオリ様は男児ではないですか」
「……それを理由にすれば断れると……?」
「ええ、今宵からそれを理由にお通りをお断りしますか?」
「…………」

 それは嫌だ。
 と、心が即答する。
 脇に置いた張り型の入った木箱。
 これを開ける勇気はまだない。
 しかし、それで慣らして、黒曜帝を受け入れたい気持ちは大いにある。
 考えただけで背中がゾクゾクとした。
 生唾を飲み込み想像する。
 あの逞しい男根に、存分に乱される自分の姿を——。

「…………そ、それは……それは、困ります。陛下に、して頂けないと……気持ちよくなれないのは……ええと……」
「ヒオリ様は、皇帝陛下とは違います。拒めるお立場です。それでも陛下をお迎えされるのは、ただ単に気持ちがよいからですか?」
「……? ええと、だから、断れないと……」
「しかし、今言った通り『男児である』とお断りすればいいではないですか」
「……でも、お断りしたら……その……」
「国を想うなら、陛下には後宮に行っていただくべきという事はお分かりになられますよね?」
「…………」

 風が通り過ぎる。
 ヒオリが見上げた世話係の、顔の布が少しだけ風でめくれた。
 その口元は笑っている。

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