【R18】黒曜帝の甘い檻

古森きり

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第19話

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 翌朝の事だ。
 体を世話係たちが拭いて清め、新しい服を持ってくる。
 銀の刺繍が施された、後ろの裾が長い民族衣装。
 これはヒオリの国のものだ。

「ヒオリ様のご実家より贈られて参りました。お誕生日が近いとの事で」
「あ……そういえば……」

 もうそんな時期になるのか、と服を手にして布を撫でる。
 ほんの少し故郷の草の香りがした。
 自然と笑みがこぼれる。
 同時にこの一年ですっかり体が黒曜帝の望むままにされてしまっている、と不可思議な気分になった。
 十五になった誕生日の日より性行為を覚えさせられて一年。
 もう間もなく十六になる。

「……あまり大人になったという感じがしません」
「お体は十分に大人にして頂いたご様子ですが」

 などと軽口を叩くのは赤毛の世話係だ。
 その鳩尾みぞおちを強く肘で突くのは茶髪の世話係。
 グェ、となんとも苦しそうな声にヒオリも苦笑いを浮かべた。
 この国では十五で成人とされる。
 昔は十八だったそうだが、長く戦争が続き、人が減ったため成人年齢が引き下げられたのだ。

「こほん。……ヒオリ様が望まれるのでしたら、見合いなども手配のご用意がございますよ。陛下はそこまでの不自由を強要なさるおつもりもないご様子」
「お、お見合いなどと……僕は人質の身ですので」
「それでも良いとおっしゃる令嬢がおられるやもしれませんぞ」
「い、いえ……」

 白髪の世話係が言い出した事に頑なに首を振る。
 自分が女性と会う事は、とてもいけない事のような気がした。
 領地には弟や妹もいる。
 後継に関してはなんら心配はいらない。
 自分は人質としての役割を全うすれば良いのだと、ヒオリは目を閉じて他ならぬ自分に言い聞かせていた。
 だが、シンプルな答えとして興味がない……というのが一番の理由だろうか。
 女性に対して実に申し訳がないというのもあるけれど。

「……それと、あまり良くない報告がございます」
「おい……」
「?」

 茶髪の世話係が口を開いた事に、赤毛の世話係が少し焦ったような声を上げた。
 そして、まるで制止するように手を出す。
 その手を茶髪の世話係が振り払い、白髪の世話係が咳き込むふりをした。

「……魔窟が生まれたそうでございます」
「……!」

 ピリリ、と空気が張り詰める。
 ヒオリでさえその言葉には眉を寄せた。
 恐らく赤毛の世話係の様子から、その事実はヒオリに伝えられるものではなかったのだとも察する事が出来る。
 無理もない。
 ここから出られないヒオリには、なんの関係もない事なのだ。

「……魔窟……。では、陛下は……」

 全く関係のないが、黒曜帝には無関係ではない。
 魔窟……他の大陸では『ダンジョン』『魔迷宮』とも呼ばれる、自然発生する恐るべき『場所』だ。
 数年置き、数十年置きに発生し、異形の者を数万、数千万体の規模で輩出。
 その魔窟が現れると必ず人的被害が出ると言われている。
 いつ、どこで、なぜ、そんなものが発生するのかは分からず、異形の者を倒し終えるとまるで抜け殻のようになり、現れた時同様突然消えてしまう……所謂天災の一つ。

「……いつですか? いつ……」
「発見されたのは一週間前。場所は大陸東部『炎嵐エンラン』、海岸沿いの港町の側。形状は『塔』。……すでに港町一つ呑み込まれたとの事です」
「……あぁ、なんという……」

 東部と聞いてホッとした。
 ヒオリの故郷は西の方。
 どんなに異形が散らばっても、そう易々とたどり着ける場所ではない。
 その前に必ず、ここ、皇都に現れるだろう。
 だが、そんな安堵も港町一つが呑まれたと聞けば悲しみが勝る。
 町が一つ呑まれた。
 ……異形に食い尽くされたという事だ。
 なんと早くも人的被害は出た。
 それも町一つともなれば……どれほどの人が亡くなったのか。

「すでに今朝方軍が編成されております。エンランも自軍は持っております故、ある程度は持ち堪えるはずです」
「……陛下も指揮を?」
「いえ、皇都の守りを固める方に専念なさるかと」

 では視察の話は流れるのだろう。
 こんな時に他国の視察に行くのは危険すぎる。
 それにまた胸が高鳴った。
 心が喜んだ。
 そんな自分に深く嫌悪感を抱く。
 ……なんて酷いのだろう。
 家を失った者、家族を奪われた者が今も嘆いているだろうに。
 自分は、自分の幸せの事ばかり……。
 領主の息子としても、人としても非道すぎる。
 自分を責めて落ち込む代わりに、先程の茶髪の世話係発言を制止しようとした赤毛の世話係を見上げた。

「……では、なぜ僕に知らせてはいけないと?」
「え?」
「先程、彼が僕に話すのを……嫌がっていたように見えて……」
「……ここから出られないヒオリ様が……不安に思われるかと思いまして……」

 答えたのは茶髪の世話係を制した赤毛の世話係だ。
 差し当たりない返答のようにも思うが、声色は確かにヒオリを案じてのもののようにも思える。
 ジッ、と二人を観察してみるが、顔を覆うの布で表情は分からない。
 いつも思うが、これでよくヒオリの世話をこなせるものだ。
 光の加減で部屋の中のどこになにがあるのかは分かる……と、兄弟の世話係は言っていたけれど、それでも視界は制限されてしまうだろうに。

 いや、今はそれはいい。
 それよりも、とヒオリは顎に指をあてがう。

「自分の身は自分で守れますが……」

 なのでその心配は不要だ、と伝える。
 それよりも魔窟から現れる異形の方が気がかりだ。
 彼らの言う通りヒオリにはどうする事も出来ない。
 いや、『人間』にとっても、その天災をどうにかする術は見つかっていないのだが。

「形状が『塔』ならばそれ程多い数の異形は沸きますまい」
「ですが、形状が『塔』だとヒト型のとても強力な異形が多いと学びました」
「……それは……」

 安心させるように言ってくれた白髪の世話係に、そう言い返したあとで落ち込んでしまう。
 彼は自分を安心させるために言ってくれたのに。

「私としては奴隷商どもが活発になるのが気がかりです。異形が暴れたあとは大体行き場をなくした者たちが奴隷商に捕まって売買されますから」
「そうですね……それも確かに……」
「我々が気にしたところで仕方あるまい」
「まぁ、そう、なんすけどねぇ」
「…………」

 赤毛の世話係は調教師でもあると言っていた。
 そんな彼は奴隷が増える事を危惧している。
 茶髪の世話係が神妙そうに頷いて、白髪の世話係が首を横に振った。
 ここでそんな話をしても、この場の誰もどうする事も出来ない。
 無力であり、歯痒い。
 異形に襲われた人々はヒオリが思うよりもずっと怖ろしく、住んでいた場所を壊され、家族や親しい人を奪われ、辛い思いをしているはずだ。
 いつまで続くか分からないその天災の被害を減らすべく、国中から軍が派遣され、続々と東部に集結していく。
 それは……もはや戦争のように。
 人々の生活は戦争のために増税で圧迫される。
 しかし、異形に襲われる恐怖には逆らえない。
 取りこぼした異形が各地に現れる可能性もある。
 治安は悪化し、奴隷商や武器商が潤い、食糧は不足しがちになっていく。
 金の流れや武器の流れが不安定になる事で、帝国に属する一部国々は乗じて謀反を働く準備を進めるかもしれない。
 目を閉じる。
 嫌な考えばかりが浮かんだ。
 とても快楽を貪ろうとは思えない程に、その日から気分は落ち込んでいくのだった。

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