黄昏の空に竜の舞う

古森真朝

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第四章:竜滅の刃

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 着地と同時、肩先に違和感を覚えて動きが鈍った。
 あ、と思った次の瞬間には、半分凍った木箱の山に突っ込んでいて。派手な土煙と轟音が巻き起こり、見守る市場の人々から悲鳴が上がり、――
 「……ったたた、しまった」
 何事もなかったかのようにライトが身を起こすと、一拍置いてわっと歓声に変わった。それとは反対に忌々しそうな唸りを上げている氷獄鬼トロールを見つけ、思わず苦笑する。
 「うーん、思った以上に頑丈だな。俺もだけど」
 リーゼを送り出してしばし、ありあわせの武器と辛うじて残っている感覚だけで応戦していたが、お世辞にも成果があったとはいえない。
 うっかり雷撃の威力を上げたら、最初の縄が焼き切れてしまったのだ。落ちている石畳の破片に収束させて投げてみたものの、石材とは相性が悪いのかいまいち乗せづらい。おまけに、
 「さっきので傷、開いちまったみたいだし」
 やっぱりバク転とかしない方がよかったか。いやでも、元気よく見栄えのする戦い方した方がリーゼも他の人たちも安心するかなぁと思ったのだ、うん。
 本人が聞いたら『気を使うとこ間違ってるよ!』と即座に突っ込みそうなことをマジメに考えつつ、熱を持ち出した傷に腰から引き抜いた飾り帯を巻きつける。骨を接ぐために切開したあとだから怪我とは違うが、意外と血が出ているのが分かった。動き回って血行が良くなったのもあるかもしれない。
 ……そろそろ警邏の騎士が到着してくれてもいい頃だ。倒せなくてもいい、それまで何とか足止めしなくては。
 相手を見据えて身構えたライトの袖が、急に後ろへ引っぱられた。何の前触れもなく加わった力に、思わず数歩たたらを踏んで振り返ると、
 「しばし待て。怪我をしているだろう」
 「――、えっ?」
 ばらばらに砕けた木箱の残骸の中、おっとりと小首をかしげている人影があった。
 驚くほど背が高い。ライトより頭ふたつ分は上だろう相手は、先に声を聴いていなければ女性と見まがったかもしれないほど整った顔立ちをしていた。肩に付く程度の黒髪で、同じく黒を基調にした丈の長いローブをまとっている。呪紋のような不思議な模様が襟元や袖口に綴られているから、魔導師だろうか。
 全く何の前触れもなく現れた相手は、あっけに取られるライトをよそに右の肩口へと手をかざす。淡い光が傷の周りに降り注ぐと、染み出していた血がぴたりと止まった。
 傷が治った、のではない。その部分だけ血の動きが止まってしまったような、何ともいえない感覚がある。帯の上から肩を凝視するライトに、黒ローブの彼はほっと息をついて言った。
 「傷口の時を止めている。あくまで急場しのぎだ、後できちんと治療するとよい」
 「あ、どうも。……えーと、あなたは」
 「ライト――――ッ! じっとしてて!!」
 ともあれ礼を言って名を尋ねようとした言葉を、聞き覚えのある高音がさえぎった。ぱっと視線を向けると、先ほどの路地から飛び出してくる影がある。間違えるはずもなくリーゼロッテだ――と、
 「豪波濤デ・リージュ!!」
 初めて聞く声が朗々と響き、どこからともなく地響きが始まったかと思うと、道の奥からものすごい勢いで水が噴き出した。そのままぐるりと弧を描き、獲物を見つけた蛇のような動きで鎌首をもたげると、真正面から氷獄鬼に襲いかかった。
 『――――ッ!!!』
 凄まじい水圧で路面が陥没し、石畳にめり込んだモンスターが絶叫する。その周囲が白く濁ったかと思うと、噴きつけていた水はあっという間に凍結して巨大な氷柱と化してしまった。
 厚さは城壁ほどもあるだろうか。岩をも砕く豪腕をもってしても、これを内側から破壊するのは無理だろう。何とか事態が落ち着いたのを見て取って、ライトは大きく息を吐き出した。
 「お疲れさま。これすごいなぁ、助けた人がやったのか?」
 「うん、シモン君がお礼させてって――じゃなくて、ライトは大丈夫!? 肩どうしたの、開いちゃった!?」
 「平気、ちょっとだけだから。それにさっき血止めもしてもらって……あれっ?」
 すぐさま飛びついて確認してくるリーゼに答えつつ、周りを見渡した功労者が目を丸くした。なぜなら、
 「……またかぁ。お礼ぐらい言わせてくれよなー」
 ついさっきまでそこにいたはずの、ローブ姿の青年がいなくなっていたのだ。全く何の気配も残さず。
 

 予想通り無茶したライトを叱りまくるリーゼロッテを、路地から出てきた一人と一匹がまあまあ、となだめている。市場の人々も危険が去ったのを見て取って、そろそろと露天街に戻ってきつつある。
 ――そんな様子を、少し離れた民家の脇からうかがっていた黒尽くめは、ついと身を翻して暗がりに消えた。
 もし気付いた者がいたなら、その姿が大地に溶け込む様子がはっきり見て取れたはずだ。
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