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第5章:かわいいリンゴには旅をさせよ

花咲くオランジェ邸③

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 当然のことながら、お菓子作りというのは甘い物好き憧れのスキルだ。かくいうティナも料理こそ慣れてきたが、凝ったデザート類はこれから取りかかるつもりでいた。なので、

 「ミオさんすごい、これとってもおいしいです! おまけにきれいだし!」
 「あらホント? うれしいわぁ、ありがとね」

 全力で褒めちぎるお客に、作り手であるヘルミオーネも嬉しそうにしている。

 言っておくがこれ、断じてお世辞などではない。タルトは森にもたくさんあった、旬のベリーをふんだんに使った色鮮やかなもので、久しぶりに作って苦戦したというのが信じられないほど綺麗に焼き上がっていた。中に入っているカスタードもちょうど良い甘さで、いくらでも食べられそうだ。ぜひあとで作り方を教えていただこう、そうしよう。

 幸せに浸りながら視線を移すと、応接間のテーブルのちょうど向かい側に座っているバルトがいた。普段のイメージ的に甘いものは苦手かと思いきや、自分の分を黙々と口に運んでいる。ちょっと意外だ。

 「バルトさんてお酒たくさん飲むけど、甘いものも好きなんですね」
 「いや、好きっつーか、昔から何だかんだで食わされてたというか。まあ慣れた味だよな、うん」
 「またそーいう可愛くないことを。前にマックスに自分のまで食べられて、膝抱えて黄昏れてたじゃないの」
 「ばらすな姉貴ーッ!!」
 「マックスって?」
 「母のすぐ下の弟さんですわ。こちらの叔父様の六つ上で、本家の後継ぎですの」

 とっても素敵な方ですのよ、ときらきらしているフェリシアである。人物評価には厳しい彼女がなつくのだから、いい人なのは間違いなさそうだ。
 しかし、お姉さんの手作りお菓子が好物とは。バルトの意外な一面を見てしまった。

 「みなさん、お茶のおかわりをどうぞ!」
 「ありがとう。いただきますね」
 「アルはよく気がついてえらいですわねー」
 「えへへ」

 大きなポットを抱えてやって来た末っ子を、上二人がよしよしと撫でてやっている。ほのぼのしく思っていると、アルフォンスは静かに聞き役に徹していたシグルズのところへてててっ、と近寄った。

 そのとたん、目に見えて彼の雰囲気が緊張したのがわかった。えっと思っている間に距離をつめた弟くん、相変わらずかわいい笑顔でお茶を勧めにかかる。

 「シグルズさんもいかがですか? 母上のお菓子はお口にあいましたか」
 「あ、ああ」
 「ぼく、エルフさんにお会いするのはじめてです! いつもずいへきの泉でしゅぎょうをしているので、いつか銀葉郷にもいってみたいなぁとおもってました」
 「そ、そうか。それは重畳だ」
 「……あの、あついですか? まどをあけてきましょうか」
 「…………すまない、頼めるか」
 「はあい!」

 何故か額に汗を浮かべて声を絞り出すシグルズに、元気よく答えたアルフォンスが窓辺へ飛んでいく。そのすきに、すぐとなりに座っているティナはこっそり聞いてみた。

 「……シグさん、もしかして子どもが苦手? 冷や汗すごいけど大丈夫ですか」
 「気を遣っていただき申し訳ない……苦手というか、どう対応すればよいのかが分からぬ、といった方が近いかと……」
 「エルフは長生きで出生率が低いからな。郷でいちばん若いのがこいつら世代じゃないか? そりゃ扱い慣れてなくて固まるわな」
 「くっ……!」

 やれやれとでも言いたげなバルトのセリフに、悔しげに拳を震わせる義兄弟である。図星すぎて反論できないらしい。

 「――あら、そういえばアル、昨日新しい図鑑が届いたんじゃなかったっけ? お姉ちゃんたちにも見せてあげなさいな」
 「ああ、それとハティがおねむのようです。部屋で休ませてあげて下さいね」
 『くぁ~……』
 「はーい! ちょっと待っててくださいねー」

 何の打ち合わせもなく、狙ったみたいにごく自然に用事を頼んでくれた母と兄に返事して、床で丸くなってうとうとしていた子犬を抱っこした弟くんが退室していく。さすがは親子、ナイス連携だ。
 
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