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第5章:かわいいリンゴには旅をさせよ
花咲くオランジェ邸④
しおりを挟むとことこと軽い足音が遠ざかっていく中、シグルズは額に手を当てて思い切りため息をついていた。明らかにへこんでいる当事者に、フォローしてくれたヘルミオーネが声を掛けてくる。
「ごめんなさいね、あの子とっても楽しみにしてたから。ふだんはわりと人見知りする方なんだけど」
「は? ……いや、全くそうは見えませなんだが……」
「うふふ、今回は特別なの。さっき泉で修行してる、って言ってたでしょ?
うちの家系は代々、精霊に関する魔法が得意なひとが多くてね。今ならゼフィが風、シアが炎、アルは水って感じで」
そんなわけで、アルフォンスはまだ幼いながらも水に関する術において才覚を示している。その修行の場としているのが、例の瑞碧の泉――銀葉郷にある霊泉を分けてもらったものなのだそうで。
「泉が生気をなくしたときは、弟も大層気落ちしていました。シアが言伝を携えて出発してからも、毎日のように様子を見に行っていて……そうしたら、ですね」
ゼフィルスいわく、ある日突然ごぼっ! と音が鳴って、減っていた水がものすごい勢いで湧き始めたらしい。そのとき澄んだ水面が映し出したのが、遠く離れた銀葉郷の光景だったのだとか。
「ほんの一瞬ですが、叔父上やフェリシアと共に戦う方々の姿が見えたそうで。お二人とも美しかったけれど、弓矢で魔物を仕留めていたエルフの男性がとても格好良かったと。夜更けまで大興奮でしたね」
「そうそう。ぼくも弓矢習うー! って言い出して大変だったのよ? そんな絶賛憧れのひとが目の前にいるんだもん、はしゃぐなって方が無理よね~」
「まあっ、姉様だってがんばりましたのに! 私には何も言ってくれてませんわっ」
「そこで張り合うなっつの」
「シグさん、これはがんばって優しくしなきゃね! ファイトー」
『ぴぴっ!』
『きゅうきゅう』
「うう……鋭意努力いたします……」
なんとも微笑ましいエピソードである。和やかに話してくれる兄と母に対し、ひとり納得いかなかったフェリシアがほおを膨らませていたりするが。
困り切ったような照れくさいような、どうにも難しい表情で唸っているシグルズを励ましていると、再びゼフィルスが口を開いた。
「――ところで皆さん、もしや妖精か精霊のたぐいをお連れになっているのでは?」
「え、ゼフィルスさんわかるんですか! やっぱり気配とか?」
「はい、風の精霊がおおよそのことを教えてくれますので。ティナさんのそばにおひとり、こちらはルミさんでしょうか」
『ぴっ!』
閉じたまぶたの向こうから見透かすように、ぴったりティナの肩に顔を向けて言う。きっちり返事したルミもどこか驚いている雰囲気だ。
「あとはフェリシアのそばにも。……叔父上のところにいた方は、先ほど席を外されたようですね」
「おう、やっぱ気づいてたか。アルを追いかけてったぞ」
「あっホントだ、うーちゃんいなくなってる!」
いつの間にか、かわいい淡水竜が姿を消しているじゃないか。さっきまでバルトの頭の上でくつろいでいたのに、話に気を取られて全く気付いていなかった。
「あらやだ、まだ他にもお客様がいるの? ごめんなさいね、何もおもてなししてなくて」
「兄様の感知力はずば抜けてますもの。それにスフレさんは春ウサギさんなので、タルトは食べられませんし」
『きゅ』(こっくり)
「ウサギさんなの! じゃあレタスでも持ってこようかしら。私にも見えないかしらね~」
この辺にいるのかしら、もうちょっと右側ですわ、とステルスモードのスフレを撫でようときゃっきゃしている母娘である。やっぱりミオさんも可愛い子が好きなんだなぁと、和みまくりながらティナはそう思って――
『――うにょわ~~~~!?』
突如響き渡った珍妙な悲鳴に驚き、口に含んでいた紅茶でむせ返った。
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