5 / 33
いざ、輿入れ④
しおりを挟むご当主の行動は早かった。伝令が最後まで言い終わるより先に、スカートを翻して外に走っていく。急いでそのあとに続こうとしたユーフェミアだったが、先の従僕に止められてしまった。
「い、いけません! うら若い女性にお見せできる状態では!」
「えっ、セシリア様だってお若いし女性ですよ?」
「いやあの、ご当主は宮廷で医官として勤めておられますので、少なからず耐性がおありかと……!」
「――ヨシュア、気を配ってくれるのはありがたいけど、ちょっとこちらを手伝ってちょうだい。ユーフェミアさん、今から弟を連れて入ります。ショックを受けたらごめんなさいね」
「は、はい!!」
落ち着いているがきびきびした声と口調に、条件反射で返事する。従僕が出て行ってからややあって、今度は半分だけ開いた扉をくぐって、ひとり増えた一行が戻ってきた――のだが、
(うわ、これはひどいな……!?)
その場にいた家人たちがいっせいに息を呑んだ。小さく悲鳴を上げたものもいる中、ユーフェミアは無言でわずかに眉をしかめる。
セシリアと、さっきすっ飛んでいったドア係に左右から肩を借りる形で、どうにか歩いているその人。初対面のはずなのにそう感じないのは、おそらく髪や目の色が姉上そっくりなことと、見るからに穏やかそうな顔立ちにも似通った部分があるせいだろう。纏っているのは銀の軽装鎧に、黒に近い藍色の上下という騎士の装束で、長身かつ体格の良い相手によく似合っている。
しかしながらその半分以上が、鈍い灰色の何かでべったりと覆われていた。特にひどいのが右半身で、ほとんど地の色が見えていない。引きずるように足を運ぶとがつん、と硬くて重い音が響く。そのたびにどこからともなく、やはり灰色をした粉がぱらぱらと床に散った。
進路をふさがないように脇によけて、ハンカチを使って粉を拾い上げる。何の臭いもしない、触り心地もいたって無機質だ。これはもしかして……
「皆、聞いてちょうだい! 一階の寝室に弟を運ぶから、すぐに熱湯と私の薬品箱を持ってきて、大至急お願い! ――まったくもう、なんて有り様ですか。王太子殿下の盾ともあろう者がこの大事な日に」
「はは、面目ありません……」
「返事は良いから、歩くことに集中なさい。こんな状態で倒れこんだりしたら、元々受けた傷以上に深手になりますよ!
ほら、ヨシュアも泣かないで! ユーフェミアさんが不安になるでしょう」
「う゛うううう、ず、ずびばせんっ」
「あ、わたしのことはどうぞお気になさらず……あの、もしかしなくてもこれ、石化の呪いでしょうか。もしくはそれ系の毒?」
さっき間近で観察した印象と、今のセシリアの発言を合わせれば十中八九間違いない。あえて質問する体を取ったのは、実際にそうなった人を見たのが初めてだったことと、フィンズベリー邸では知っていることを披露するたび『偉そうにひけらかすんじゃないよ、いけ好かない子だね!!』と叱られていたためだ。相手はケガや病気に関しては専門家なのだから、謙虚に行くのが礼儀ってものだろう。
幸いなことに、セシリアは頭ごなしに叱るタイプではなかったようだ。虚を突かれた風情で紫の目を丸くしてから、勢いよく頷いて話してくれる。
「そう、その通りです! 今回は毒の方ですね、起点は右脚の大腿部にある傷でしょう。触診した感覚では、下半身の石化により進行が見られました」
「じゃあ傷口から薬を入れたほうが、早く解毒できるんでしょうか」
「そうですね、理屈では……ですが直前まで動いていたせいで血流が良く、それに乗って拡散した毒の進行も速いんです。この状態であれば、経口摂取の方が確実かと」
弟を引きずって運びながらも、丁寧に答えてくれるご当主の説明はとても分かりやすかった。見立てが正しかったことと、ちゃんと伝えたいことを受け取ってもらえたことが嬉しくて、こんな状況だが胸がポカポカしてくる。そういうことなら、きっと自分も役に立てる!
「なるほど、よく分かりました! でしたらわたしもお手伝いします」
「医術の心得があるの!?」
「いえ、お恥ずかしながらあんまり詳しくなくて。でもわたしの『お土産』なら、大体のことに対応できると思います!!」
1,923
あなたにおすすめの小説
殿下、私の身体だけが目当てなんですね!
石河 翠
恋愛
「片付け」の加護を持つ聖女アンネマリーは、出来損ないの聖女として蔑まれつつ、毎日楽しく過ごしている。「治癒」「結界」「武運」など、利益の大きい加護持ちの聖女たちに辛く当たられたところで、一切気にしていない。
それどころか彼女は毎日嬉々として、王太子にファンサを求める始末。王太子にポンコツ扱いされても、王太子と会話を交わせるだけでアンネマリーは満足なのだ。そんなある日、お城でアンネマリー以外の聖女たちが決闘騒ぎを引き起こして……。
ちゃらんぽらんで何も考えていないように見えて、実は意外と真面目なヒロインと、おバカな言動と行動に頭を痛めているはずなのに、どうしてもヒロインから目を離すことができないヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID29505542)をお借りしております。
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
才能が開花した瞬間、婚約を破棄されました。ついでに実家も追放されました。
キョウキョウ
恋愛
ヴァーレンティア子爵家の令嬢エリアナは、一般人の半分以下という致命的な魔力不足に悩んでいた。伯爵家の跡取りである婚約者ヴィクターからは日々厳しく責められ、自分の価値を見出せずにいた。
そんな彼女が、厳しい指導を乗り越えて伝説の「古代魔法」の習得に成功した。100年以上前から使い手が現れていない、全ての魔法の根源とされる究極の力。喜び勇んで婚約者に報告しようとしたその瞬間――
「君との婚約を破棄することが決まった」
皮肉にも、人生最高の瞬間が人生最悪の瞬間と重なってしまう。さらに実家からは除籍処分を言い渡され、身一つで屋敷から追い出される。すべてを失ったエリアナ。
だけど、彼女には頼れる師匠がいた。世界最高峰の魔法使いソリウスと共に旅立つことにしたエリアナは、古代魔法の力で次々と困難を解決し、やがて大きな名声を獲得していく。
一方、エリアナを捨てた元婚約者ヴィクターと実家は、不運が重なる厳しい現実に直面する。エリアナの大活躍を知った時には、すべてが手遅れだった。
真の実力と愛を手に入れたエリアナは、もう振り返る理由はない。
これは、自分の価値を理解してくれない者たちを結果的に見返し、厳しい時期に寄り添ってくれた人と幸せを掴む物語。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる