9 / 33
寄らば怪樹の陰②
しおりを挟む「にしても、みんなのお引越しはどうしようか。土地っていうか空間ごと切り取って来たから、当分は水があれば大丈夫だと思うけど……」
元は母の持ち物だった、この巾着モドキ。今までの経緯で大体お察しだろうが、ただの布切れではない。詳細はなかなかややこしい上に、正直なところユフィもちゃんとした理屈が理解できているわけではないのだが、それでも規格外の品だというのは間違いない。でなければ土地の精霊と契約したわけでもないのに、こうやって大地を『区切って』別のところに持ち込むなんて不可能だったろう。
そういったわけで、エイルを始めとする草木たちの生育には何の問題ないのだ。早く広いところに植え替えてのびのびさせてやりたいという、言ってしまえばユフィ本人の願望だ。しかしながらここには来たばかりだし、役に立ったつもりが余計なご迷惑までおかけしている。昨日の今日で『このくらいのスペースを貸してください』とはちょっと言いづらい。さて、どうしたものか……
腕を組んで軽く唸っていたら、大人しくしていた草木が再びざわめいた。閉まったままの窓に向かって、一斉に梢や葉先をぴっぴっ、と動かして注意を促そうとする。外を見ろ、ということらしいと判断して、そっと分厚いカーテンをめくってみたユフィは、眼下の景色に思わず目を丸くした。
「あれってもしかして……」
室内はまだ薄暗かったが、外にはちゃんと朝の訪れを感じさせる仄明かりが漂っていた。
大急ぎで着替えを済ませ、エイルたちを再び巾着形態にしてから、そうっと部屋を滑り出たユフィはまっすぐ前庭園に向かった。夜明け前だというのに、邸の中ではすでに人が立ち働いている気配があって、途中で出くわさないかと内心ドキドキしていたが、幸い誰にも行き会うことなく脱出に成功する。ほっと胸をなで下ろして、エントランスのドアをきちんと閉めてから歩き出す。
「ええっと、確かあっちの方だったっけ」
部屋の位置と先程の記憶を確認して、向かって右の方にとことこ進んでいく。まだ太陽が出てないので、空気はひんやり澄んでいて気持ちいい。見上げた空にはほとんど雲がなく、今日も快晴だろうなというのが見て取れた。
鳥のさえずりを聞きながら進むことしばし、建物の角に差し掛かる辺りで、少し先からざあざあと水の音がする。小走りになって直行すると、曲がった先でこちらに背を向けている人影がひとつ。井戸から汲み出した水を、おそらくは魔法でそのまま操って、バラの茂みにどんどん撒いている。真上から適当にざばっとやるのではなく、根本までかかるよう丁寧に作業しているのがわかった。マメに世話をしているのが見て取れて、大変好感が持てる。
(よし、やっぱりお世話の人だった! 今のうちにご挨拶しとけば、あとあと話がしやすいよね)
部屋の窓から歩いていく姿が見えたので、急いで飛び出してきて正解だった。本来なら家主のセシリアたちに先に話を通すべきだろうが、昨日の流れが流れだったのでちょっと、いや、かなり恥ずかしい。ならば次善の策として、現場を担当している園丁さんたちと話をしておくのがいいだろう。もしかすると敷地内の空いている場所を案内してもらえるかもしれない。
さてどんな風に話しかけようかな、と、作業がひと段落するのを待機しつつ考える。もちろん足音はさせていなかったし、お約束で枯れ枝を踏んづけたりもしなかった……はずなのだが、
「ん? ――あれ、ユーフェミア!?」
「……え゛ぇっ!?」
出し抜けに振り返って、こちらを見て目を丸くした相手に、ユフィの声までひっくり返る。潰れかけたヒキガエルの呻き声みたいな、ちょっとばかり令嬢らしくないものだったが致し方ない。
なんせ園丁の人だと思っていたのは、昨日出会ったばかりの輿入れ相手にして、何とも格好のつかないところをお見せしてしまった旦那様。すなわち、クライヴご当人だったのである。
1,827
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?
石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。
働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。
初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
【完結】嫌われ公女が継母になった結果
三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。
わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる