若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝

文字の大きさ
8 / 33

寄らば怪樹の陰①

しおりを挟む



 小さい頃、母の手を見ているのが好きだった。もっと正確に言うと、彼女がいろいろな作業をするのを眺めているのが大好きだった。
 『――おかあさん、きょうはなにしてるの?』
 『んー? これはねえ、お花を植え替えてるの。ずいぶん大きくなったし、このままじゃ根っこが苦しくなっちゃうからね』
 移民として、海の向こうから単身この国にやってきた母は、こちらの文化圏にはありそうでなかったさまざまな知識を持っていた。それは書物で学ぶ文化や歴史のことであったり、天候などの自然の様子の読み取り方であったり。さらには料理や掃除のやり方など、日常生活におけるちょっとした雑学まで、本当に多種多様で。
 中でもいちばん好きだったのが、草花の種類や育て方の話と、実際に手入れをしている様子だった。良く晴れた日に、つばの広い帽子をかぶった姿がしゃがんでいるのが見えると、読みかけの本を放り出して走っていったっけ。
 『おおきくなったら、おはなもひっこすんだねえ』
 『そうよー、人とおんなじ。私もお家が大好きだったけど、もっといろんなことが知りたくてこっちに来たんだもの。ユフィもそうなるかもね』
 『わたし?』
 『うん、あなたは母さん似だからなぁ。どこに行って何したっていいのよ、やりたいと思ったことは思いっきりやりなさい。それがユフィを成長させてくれる――そうね、強くてカッコいいお姉さんにしてくれるわ。
 あ、でも黙って行っちゃダメよ!? 母さんたち寂しくて泣いちゃう!』
 『わかった! ぜったいいってきますっていう!』
 『よーし、えらいぞ! さっすがうちの子!』
 元気よく挙手したところ、両手が土まみれだったからだろう、同じくらい元気よく頬ずりされた。麦わらを編んだ帽子からお日様の匂いがした。
 その後、くすぐったくてきゃあきゃあ言っていたところ、通りすがった父が『いいなぁ仲良しで! 俺も混ざりたい!!』と拗ねてしまって、母がお腹を抱えて爆笑していたっけ。……そんな何でもない光景を、昨日のことみたいによく覚えている。







 ――目を開けたら、まだ部屋の中は薄暗かった。いつもの色褪せた壁紙の狭い寝室、ではない。広々として清潔感に溢れた見慣れない部屋だ。
 ぼんやり霞んだままの頭で、はてと考える。どこだっけ、というか何でいるんだっけ、ここ。
 「…………、あ゛っ輿入れ!! それと巾着!!」
 掛けてあった布団を蹴散らす勢いで跳ね起きる。なんだか懐かしい夢を見ていたはずだが、その名残りもどこかに吹っ飛んだ。おそらくはつい数時間前の、あり得ない失態を思い出したからだ。初日から何てお馬鹿なミスをしているのか、自分!
 「しかも個室に運んでもらった上に、着替えまで済んでるし……自助自立はどこいったのわたし……っ」
 エントランスで出迎えてくれたメイドさんたち、いずれかの手によるものだろう。目覚めたユーフェミア、もといユフィは、柔らかな風合いで肌触りも抜群にいい、もしかしなくても上質なフランネル生地だろうなあという寝間着姿だった。袖口と胸元を細いリボンできゅっとまとめてあったりして、さり気なく可愛いのがまた良心に突き刺さる。
 もふもふのベッド上を転げ回って頭を抱えていると、サイドテーブルでちらっと光ったものがあった。ひとまず身悶えするのをやめて、そちらに視線を向けると、
 「巾着もある……ちゃんと持ってきてくれたんだ」
 先程の一件でいったん元の大きさに戻したあと、意識を失うと同時に戻ったのだろう。見覚えのある色柄で、正方形の大きめの布が広げられて、その上にはこちらも見慣れた木々――エントランスで爆音とともに出現した草木の群れが、何十分の一かに縮んだ姿でちょこん、と佇んでいた。ユフィがそばに寄っていくと、さやさやと葉擦れの音を立てて梢が揺れる。いちばん背丈の高い樹が蛍のように淡い光を放っているのを見て、思わずふふっと笑ってしまった。
 「エイル、さっきはありがとう。すぐに実をつけてくれたからとっても助かったわ。……でもやっぱり、若木でもうんと大きいねえ、世界樹ユグドラシルって」
 つっかえて苦しかったでしょ、ごめんね、と指先で撫でてやれば、エイルはぶんぶんと首を横に振るような仕草を返してきた。気にしないでということだ。うん、相変わらず優しい子である。
 「……それにしても、なんでうちの裏庭に来てくれたんだろうね? いや、エイルだけじゃないけどさ」
 ゆらゆら嬉しそうに揺れるミニチュアサイズの草木を眺めて、やや難しい顔をするユフィである。何せ世界樹のエイルは言うまでもなく、その他のメンバーも珍しかったり薬効が凄まじかったりする種類ばかりなのだ。古の高名な魔導師が始祖だったというフィンズベリー家の事情によるものか。裏庭のさらに向こうは森から繋がる山という立地だったから、通り過ぎていく鳥たちが落とし物をしていってくれたのだろうか。それとも――
 「ま、いいや。みんながいたからおば様のとこでも平気だったんだし。ここまでついて来てくれてありがと、これからもよろしくね!」
 《~~~~♪》
 そよそよ、さやさや。音はささやかだけれど気持ちは十分伝わってくる、葉擦れの大合唱が起こった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

処理中です...