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月に叢雲、花嵐⑥
しおりを挟む話を聞かされた神殿の責任者、すなわり賢者殿は、開口一番でこう言ったらしい。やっぱり出ましたか、と。
「やっぱり? こういう事態を予測しておられた、ということですか」
「そうだな、あの方は先視もするし、何より古今東西の事物にお詳しいから。……以前に他の国で流行った時は、偶然が重なってたまたま撲滅できたんだそうだ。人の手だけでその状況を再現するのは不可能に近いし、不安や疑念があるほど症状がひどくなるから、下手に言及できなかったらしい。
確実に効く生薬があるにはある、というんだが、あれはもう未確認生物というか伝説の域だろう。数百年に一度しか咲かない花なんて――」
「……あのぅ」
おずおずと手を挙げたのは言うまでもなく、青息吐息の患者をさすってやっていたユフィだ。いったん咳が収まったので戻ってきたら、殿下を含めた三人で重大そうな話をしていたので、思わず口を挟んでしまったのだ。これってもしかして失礼に当たるだろうか。いやでも、すぐにでも伝えた方がいいのは確かだし。
「お話の途中ですみません、殿下。ええと、その賢者様が仰った前例っていうのは」
「ああ、君を置いたまま話を進めてすまなかったね。この近辺の国での話ではないそうだ。いちばん新しい事例は二十年ほど前、東太海を渡った先にある島国で――」
「東洋の扶桑、という国ではありませんか? それ」
「えっ、知ってるのか!?」
これも普段だったら確実に叱られるだろうが、つい先回りして答えを言ってしまった。案の定、ものすごく驚いた様子で訊き返されたのですぐさまうなずく。こんなところでその名前を聞くとは思わなかった。
「わたしの母から聞かされました。彼女は扶桑国から来た移民で、こちらではめずらしい技術や知識をたくさん教えてくれたんです。小さい頃、寝かしつけるとき話してくれたものの中に、身体の中に咲く花という話があって」
今にして思えば、あれは昔話の体を取った実体験だったのだろう。まさか自分が目の当たりにすることになろうとは、その時は想像もしなかったが。
「人を恨んだり憎んだり、妬んだりやっかんだり。そういう負の気持ちをずっと抱え続けると、よろしくない神様――うちの国でいう精霊とか妖精に近い概念ですけど、とにかく魅入られて呪われてしまう。そうなると身体の中に花が咲いて、息も出来ないほど苦しむことになるんだ、って。
二十年ほど前、母がいた頃の扶桑は、大規模な天災が立て続いて大変な時期だったそうです。冷害と干ばつでどこも食料が足りなくて、あちこちで病気が流行って、たくさんの死者が出て……そんな時なら、こういう珍しい病気というか呪いも発生しやすいんじゃないでしょうか」
「実際に体験しておられるのか! お母上は今どちらに!?」
「えーっと、すみません、実は十年前にオイゲン渓谷の事故でちょっと……あっ、でも殿下もオチというか、治療に使ったものの話を聞かれたんですよね!」
「……そうか、こちらこそ申し訳ない。うん、聞いたことは聞いたよ? 本当に珍しい植物なんだろうな、アムリタという名前だと――」
「あっ、それならありますよ!」
「「「…………えっ!?!」」」
ぽん、と。おそらく地雷と思われる話題に触れられたとは思えないほど、景気よく手を打って言ってのけたユフィに、他三人の動きが二拍くらい遅れた。
いや、ちょっと待て。伝説級だって言われたばかりだというのに、その辺の雑草を取ってくるみたいにそんなあっさり……
そんな常識に則った反応に、応える方はいたって平然としたものだった。マイコニドとバロメッツが入っている巾着モドキを、ひょいと目の高さに持ち上げてみせて、満面の笑みで朗らかに宣言する。
「ここにありますよ、アムリタ。準備しますからちょっとだけ待っててください!
パール、出番だよー!!」
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