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第五章:大根令嬢、不治の奇病の謎に挑むの巻
①
コレットは新米メイドである。同じくメイドとしてエインズワース家に仕える叔母の紹介で、数ヶ月前に勤め始めたばかりだ。しかも、どういうわけか邸の主、ダニエル卿のお嬢様付きとして。
(当時はめちゃくちゃ焦ったなぁ。てっきり炊事洗濯掃除、辺りを任されると思ってたから……)
今は無人の広い部屋で、主のために花を生けながらしみじみと思う。こうしたごく身近のお世話というのは、本来なら相当優秀な人か、年月を重ねたベテラン勢に割り振られるものだ。
がしかし、話を聞けばすぐ納得できた。何せこちらの令嬢カレンデュラは、『超』が何十個も付くほどの内気さんだったのだ。
幼少のみぎり、人見知りを発動し始めた頃は、新参のメイドや従僕が顔を出しただけで気絶した、らしい。
そんな症状が比較的緩和されるのが、同年代かつ同性の存在なのだと。
幸いなことに、コレットはすぐに受け入れてもらえた。ご令嬢は聞いていたとおりに繊細で、ちょっと大きな物音や人声を聞くと、明らかに萎縮するタイプの人で。けれども、初めてのお邸勤めを懸命にがんばる自分を、いつも笑顔で見守ってくれる、とても優しい方だ。
(階段から落っこちたときは、ほんとに心配だったけど。なんかそれまでよりも明るくなった気がするし)
思い出すのも忌々しい、血筋と顔だけが取り柄のロクデナシは、どうかこのまま退場してほしい。というかその前に二、三発殴りたい。
そして出来れば、お嬢様は当人と同じくらい優しくて、しっかり頼りがいもある人と結ばれて欲しい。彼女の命を救ってくれ、その後も何かと気に掛けて顔を見に来てくれる、王弟殿下のような。
「――気持ちは分かりますが、お二人に直接お伝えしてはいけませんよ? 奥ゆかしい方々ですから」
「ぴゃあ!?」
突如降ってきた声に飛び上がる。あわてて振り返った先にいたのは、もちろん知った顔だ。コレットが日頃山ほどお世話になっている、エインズワース家の執事長さんである。
「ろ、ロバートさん、いつからそこに! ていうか私、口に出しちゃってましたか!?」
「いやいや、ずっと静かに作業をしていましたよ。あなたは表情が豊かなので、心の中がとても分かりやすいだけで」
「あああごめんなさいごめんなさい! ロクデナシなんて思ってしまってっっ」
「大丈夫です。口に出さないだけで、ここの使用人達はみな同じ気持ちですよ。……旦那様などこの一年と数カ月、ほぼ毎日のように仰っていますから」
「……う、うわあ~」
きちんとフォローをしてくれるロバートだが、その目がどこか遠くを見ていた。ですよね、はい。
コレットの大好きなお嬢様は、一つ年上の侯爵家令息と婚約している。あちら側が名指しで申し込んだというから、さぞ惚れ込んでいるんだろうなぁとドキドキしたものだが、現実は全く違っていた。
許婚のレナート、金髪碧眼で顔だけはやたらと麗しい。が、会えば毎度のごとく、意味不明な理由で怒鳴り散らしてきた。おまけに、怯えたカレンデュラが必死で謝ると、あからさまに嬉しそうというか得意げな顔をしやがるのだ。オレが世界一正しいんだ、わかったかと言わんばかりの態度で。
まだまだ若輩者の身ながら、新米メイドはすぐに悟った。こいつ、こんなに優しいお嬢様を『自分のいうことを何でも聞くお人形』、もしくはサンドバッグくらいにしか思っていないんだ、と。
淹れたての紅茶、いや沸かしたばかりの熱湯で十分だ。とにかく頭からぶちまけそうになるのを、何度ギリギリで思いとどまったことか!
「何であんなのが大手を振って出歩けるんでしょうね、ほんっとに! 世の中って理不尽です!!」
「まあまあ。『驕れるものは久しからず、ただ春の夜の夢のごとし』」
「……ほえ?」
「先日、アーマ殿に教えていただきました。お国に伝わる、古い歴史物語の一節だそうです。
どれほど権勢を誇っても、どれだけ勇猛果敢でも、いつかはすべて夢幻のごとく消えていく、という」
実に世の真理を突いている、と感心したロバートである。ぜひ全文に触れたい旨を申し入れたら、笑顔で『口承の語り物ゆえ、覚えている限りでよければ』と言ってもらえた。彼もきっと、自国の文化に興味を持ってくれるのがうれしいのだろう。
そんな内幕はもちろん、コレットは知らない。さすが神様、難しいこと知ってるなぁと感心したくらいである。ふんふんと頷いてから、窓の外を見やって、
「アーマさんも付いていって下さったんですよね、今日。どうなったかなぁ」
「さて、王城は刻一刻と状況が変わりますから。――予定通りであれば、あと少しで陛下にお目通りとなりますが」
自前の懐中時計を開けて、時間を確認するロバートだ。毎日整備しているから、これが一番信頼できるらしい。私も自分のが欲しいなぁと見ていたコレットは、ふとあるものに目を止めた。
(……あれ? フタの内側に、なんか描いてある?)
家紋だろうか。今でこそ執事をしているが、このひとは若い頃王城勤めだった、と先輩方が言っていた。なら、それ相応の家出身ということになる。よし、叔母さんにも訊いてみよう。
さくっとそう決めて片づけを済ませると、お行儀よく退室する。お嬢様が帰ってくるまでに、あと何をしておこうかな、と考えるコレットだった。
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