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第五章:
断章④
しおりを挟む吹き抜けていく風に、少しずつ水の気配が混ざってきた。ほんのりと磯の香りもする。
数日前から晴れの日が続いているので、足元の地面は乾燥している。時折通っていく馬車や、旅人の走らせる馬などが土埃を巻き上げて、気を付けていないと徒歩のこちらは頭からかぶってしまいそうだ。
それでも、心が浮き立つのは抑え切れなかった。だってこの先に、あの日から行きたくてたまらなかった場所があるのだ。
「――へえ、社会勉強のために独り旅か。ずいぶん思い切ったもんだ」
「郷のみんなにも言われました。お前は人がいいから、騙されて売り飛ばされないか心配だ、って……おれ、そんなに頼りないんでしょうか」
「はははっ、そーいう意味じゃねぇって! 子どもが遠出しようってなると、上の世代はみんなそう言って脅すんだよ。心配でな」
道すがらの話の流れで、つい不満な気持ちが顔に出たらしい。同じようにとなりを歩いている御仁が明るく笑って、ついでといった風に付け加えてきた。
「確かにちょっと前までは、閉鎖的な国だと獣人ってだけで忌避されることがあったらしいが。グローアライヒは建国当初から開けてる方だし、奴隷の売買も禁止されてる。よっぽど変な路地裏に迷い込むとか、アコギな依頼を掛け持ちするかでもしなけりゃ大丈夫だろ」
「…………き、気をつけます。方向感覚が、ちょっと」
「おう、その心掛けが大事だぞ。がんばれ少年!」
「わっ」
今までは星降峰に連なる山系から、ほとんど出たことがなかったのだ。地図も持っているし、鼻が利くからいったん通った道は覚えられるはずだが、人里に降りるのは初めてなのである。今さらながらちょっぴり不安になった少年の頭を、大きな手がわしゃわしゃとかき回した。
海辺の商都ヴァイスブルクを目指して郷を出て、今日で足かけ二日。本気で駆ければ半分の時間で着いただろうが、せっかくだからと余裕を持った日程で進むことにした。この青年とは道中で知り合い、行き先が同じだったご縁でいっしょに行動しているのだ。
ちなみに出立前には、きちんと冒険者ギルドに手紙も出している。ちゃんと皆の手に渡っただろうか。
「で、その星送りの大役を果たして? 報告の席でいきなり申告したのか、修業の件。行動早ぇなあ」
「役目を果たす中で、力不足を痛感したので……それに、助けてくれた冒険者の方がとても立派でいい人たちで、あんなふうになりたいと思って!」
無理に引っ張り込むような真似をした自分に、なんの迷いもなく手を貸してくれた。それだけでなく星の子をも護り、理不尽に痛めつけるなど許さないと怒ってくれた。疲労と痛みと空腹で限界が近かったというのに、見事大蛇を討ち果たせたのは、間違いなく彼らの高潔さへの感動ゆえだ。
「……あっ、すみません! 何だかおればっかり話して」
「だから気にしてないってのに。良い動機だと思うぞ、オレは」
苦笑する相手は頭に飾り布、革の胴着に丈夫そうなズボンとブーツという、動きやすさを重視した服装だ。どこかで見たことがあるなと思ったら、それこそ先日お世話になった冒険者チームの盗賊の青年とよく似ていた。
年恰好や声音はずいぶん違うが、朗らかで人好きのする性格にも通じるものがある。同じ職業だと性質も似てくるものなんだろうか。
「良い先輩じゃねぇか、そういう縁は大事にしろよ。……別れてから、後悔しないようにな」
明るい色の瞳に、ふと寂しそうな陰が過ぎった。声のトーンもほんの少し落ちたようだ。まるでつい最近、自分がそんな思いをしたような――
(……ご不幸が、あったのかな。誰かに)
自分もつい先頃、危うく黄泉の国に渡りかけた。どれだけ壮健であっても、いつか必ず命の終わる日が来る。だからこそ、その時になって後悔しないようにと、あえて郷を出て経験を積む道を選んだのだ。そのことを改めて思い起こし、決然と顔を上げる。
「――はいッ!!」
「よーし、いい返事だ!」
街道に響き渡る威勢のいい声に、相手がにかっと嬉しそうに笑う。またしても思い切り頭をかいぐり回される獣人の少年――スコールの耳に、思いがけないほど近くから海鳴りの音が聞こえてきた。
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