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第五章:
アムリタの降る頃に①
しおりを挟む「――というわけで、今回の天泪露は沿岸一帯にかけての出現が予測されてる。月の出の前後から降り始めるからね」
「「「はーい」」」
女将さんの呼びかけに、集まったみなさんの元気な返事が応えた。もちろんわたしたちもいっしょである。
最初に話を聞いてから数日後。無事満月の日を迎えた宵の口に、海岸沿いの庭園に集合している商会の皆さんがいた。遊歩道や花壇が整備されていてなかなかに広いここを、本日はフィアの実家が借り切って天泪露集めをする予定なのだ。
何でも、占いで情報をゲットしているのはフィアんちだけではなくて、この時期は街で薬種を扱っているお店がこぞって割り出しに躍起になるらしい。そこでケンカにならないように、ある程度情報が出揃ったところでくじ引きをして、それぞれの陣地をあらかじめ決めておくんだそうだ。割り振られた場所については一切文句言いっこなし、という暗黙の了解があるらしい。
「実はね、このやり方を考えたのってうちの領主さんらしいの」
「領主さん?」
「そ。ほら、あそこにお屋敷あるでしょ? ベルンシュタイン公爵っていうんだけど」
私に応えてフィアメッタが指さしたのは、ヴァイスブルクの背後にそびえている星降峰――じゃなくて、そのちょっと手前にある低めの山だ。こないだ行ったダンジョンがある離宮の高台とは、ちょうど対角線上に当たるそのてっぺんに何かがそびえている。日が落ちてるのではっきりとは見えないが、松明らしき灯に照らされてるのは――
『わあ、すごーい! でっかーい!』
「ちょっと待って! あれってお屋敷じゃなくてお城じゃないの!?」
「うん、そう。うちの街って昔から商業で栄えてて、全体的にお金持ちだから。あと海産物が美味しいし」
はしゃぐティノくんと仰天したわたしに、いたって冷静な解説が入った。いやまあそりゃそうだろうけども!
要するに地場を生かした産業、プラス貿易が生み出す経済力で、いろいろと豪華になったってことか。確かにあっち側に行くにしたがって、大きい建物が増えてくなぁとは思ってたけど……てっきりあれも王家の別荘とか、そういうもんだとばかり……
あ、でも海産物のおいしさは身に沁みてるぞ。きょうの晩ご飯だったパエリアもおいしかった、あとアサリとミルクのスープも!
充実しすぎな食生活を思い返して納得していると、ひととおり説明が済んだシェーラさんが歩いてきた。今日の作業には女将本人も参加することになっていて、すっかり『装備』を整えて準備万端だ。
「あ、かーさん。どうかした?」
「一応の確認にね。さてイブマリー、大体やることはわかったかい? ビンも持ってる?」
「あ、はい! ばっちりです」
さっき渡してもらった硝子のビンを掲げてみせる。持ち手がついててふたも閉められるもので、形は寸胴。一リットルくらい入りそうだし、硝子もしっかり分厚いが、持った感じは意外と軽い。透明なのと緑の色が付いたの、二種類を各人が持っていくことになっていた。
「透明な方で直接受けて、色付きの方はお花に降ってきたのを集めるんですよね」
「そういうこと。それぞれ使い道が違うから、混ざらないように気を付けとくれ」
「はーい」
「……ところで、いつも元気なリラお嬢ちゃんは? 男どもも見当たらないけど」
「あー……えっと、それがですね」
『ふぃ~』
頭の上で鳴くリーシュ共々、困ったなぁという気持ちを隠さずに振り返る。口で説明するより見てもらった方が早いな、これは。
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