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第五章:
アムリタの降る頃に③
しおりを挟む港からは少し離れたところ、商店の並ぶ大通りを過ぎて住宅街に変わってきた辺り。そんな感じの場所に作られているのが、今陣取っている海岸公園だ。
公園といっても、こぢんまりした広場に遊具がいくつか並んでいる……という、わたしたち現代日本人が想像するようなものとは違う。きちんとレンガを敷いた舗道が整備されていて、その左右には緑豊かな庭園が広がっており、四季折々の花や紅葉が訪れる人たちの目を楽しませてくれる。聞けは専属の庭師さんまでいらっしゃるというからびっくりだ。
「じゃあここを作ったのも、お世話する人を雇ってくれてるのも、みんなお城に住んでる領主さんなんですか」
「ええ。交易などで得た利益を、積極的に文化事業へ使って下さっているそうです」
『……ふぃ?』
『ご主人ー、せつめいプリーズ~~』
「ん? うーんとね、お仕事してもらったお金を、みんなが幸せに暮らすためにたくさん使ってくれてる、ってことかな」
『ふぃ~』『おおー』
がんばって分かりやすい言葉に直してみると、首をかしげていた小動物さん達が瞳をきらきらさせた。よかった、何とか伝わったみたいだ。
オズさんの機転でスカウト合戦から逃げきって、しばしの後。わたしたちは海沿い公園の東側にある一角までやって来ていた。まだ月の出まで時間があるので、ぽつぽつ立っている街灯(仲には魔法の明かりが入っているらしい)意外に光源はなく、けっこう暗い。そんな中で、はっきり存在を主張しているものがあった。
「――あ、藤だ!」
ゆるくカーブを描いているレンガの道をまたいで、何本もの支柱が立てられている。その上に覆いかぶさっている植物からは、よく知った甘い香りが漂っていた。遠い明かりにぼんやりと、青っぽい花房がいくつも垂れ下がっているのが見える。
「ここ数日晴天が続いていたゆえ、例年よりも早く咲いたようです。昼間に見に来れなんだのが惜しいですな」
「まだしばらく咲いてるかなぁ。明日以降みんなで遊びに来たいですねー」
こんなにいい香りがするなら、花はもう五分か六分咲きといったところか。天気が崩れる前にお花見がしたいなあとのん気に考えつつ話を振ったら、しばらく間が空いた。
(……あれ?)
いつもなら、すぐ相づちを打ってくれるのに。不思議に思いつつ振り返ると、ショウさんは少し離れたところで足を止めていた。薄闇と花陰に隠れて、表情はよく分からない。
「――イブマリー嬢は、」
「あ、はい」
「やはり、在所に戻られるのでしょうな。無実の証を立てられたなら」
「、はいっ!?」
えらく沈んだ声で投げかけられた、質問じゃなくて確認のことばに仰天した。思わず二度見したところ、まだよく見えないままの相手は訥々と続ける。
「いや、咎めているわけではありませぬ。元より貴女の追放は冤罪であったのだから、その誤りが正されることは喜ばしいですし、ご家族の心痛は察するに余りある。……ただ、こちらで一から切り拓いてきたものがなかったことになるというのが、少々」
「いやいやいやちょっと待って! わたし帰りませんからね!?」
なぜか私が帰国すること前提で話を進めているリーダーに、必死でストップをかけた。ついでに大股で歩み寄って、表情が分かるとこまで距離をつめる。
さっきぶりに見るショウさんは、なんだかずいぶん驚いた顔をしていた。呆然とした口調で繰り返す。
「…………は? 帰らない?」
「帰りませんてば。アルバスさんだってフェリクスさんだって、戻って来いなんてひとことも言ってないでしょ? りっくんはどーだかわかりませんけど、あーあと殿下とリュシーに顔くらい見せたいけど」
「い、いや、しかし、ご実家は!? 確か一人娘だと」
「あ、それですか? 大丈夫ですよ、従兄弟が養子に入ることになってるので。第一、今わたしが戻っても逆に迷惑がかかると思いますし」
いたって冷静にきっぱり言い切ると、今度は相手がものすごく困った顔をした。聞いていいのだろうか、とばっちり書いてある表情のまま、思い切った様子で口を開く。
「……立ち入ったことをお尋ね致します、申し訳ない。――不仲、なのですか、ご家族と」
「まあ、ふつうの人が思う家族とは根本から違いますからね。貴族にとって婚約破棄された娘なんて、不良債権を抱えるのとおんなじですから」
言っとくがこの不良債権うんぬん、わたしがライバルのことをそう思ってるという意味では断じてない。名誉と風評第一、悪いウワサが立つことイコール死亡フラグな貴族社会において、嫁ぎ先から『ごめん要らない』と娘を突っ返されるというのは凄まじい不名誉なのである。
ちなみに、男性の婿入りで同じことが起こる可能性は限りなく低い。そもそも女の子に相続権が認められていないため、家を継いでくれる直径もしくは傍系の男性というのは大変ありがたい存在なのだ。理不尽かつ不公平極まりない上流階級の悪しき慣例、とうちのオタ友がぷんすか怒っていたのを、昨日のことみたいに覚えている。
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