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第六章:
レディ・グレイの肖像②
しおりを挟むすぐさま寄ってきたリックが、わたしの手元に魔法の明かりを近づけてくれる。ややあって、呆れたような声がした。
「うわあ、そうきたか……もう何があっても驚かないつもりだったんだけどなぁ」
「えっ? なに、どしたのりっくん」
「君がいま手に抱えてる子のこと。それ、たぶんマンドラゴラの幼生だよ」
「っ、はあ!?」
『まー』
勢いよく振り返った顔を戻したら、ちょうどいいタイミングでお返事があった。
おわん状にした両手の上に、ちょこんと収まっているその子。ラディッシュとかミニキャロットとか姫大根とか、とにかく手のひらサイズの根菜みたいな姿で、つぶらな瞳と小さな口がついている。
これまたちっちゃい手足もあって、きちんと自分で立つことが出来るみたいだ。頭のてっぺんからはハート形の葉っぱがもさもさ生えていて、星形の花が二、三個咲いていた。魔法の明かりに照らされた感じからすると、はっきりした濃い紫色みたいだ。
『あいえー、ちっちゃくてかわいいさ~。はいさーい』
『まあ!』
わたしの肩から身を乗り出して、相変わらず素敵にゆるいうちなーぐちで挨拶するイオンにしゅたっ、と片手を挙げて応えている。高くて澄んだ可愛い声だ。どうやって出してるのかまではわかんないけど……と、いうか。
「マンドラゴラって薬草の? こないだうちとグローアライヒの国境でごっそり盗まれたって話じゃなかった!?」
「まさにそれだよ。魔法薬に使う素材は栽培が難しくて、自生している場所も限られてる。特にマンドラゴラ、そして亜種のアルラウネはとりわけ希少種だ。知っているとすれば、国から鑑札をもらって土地を管理してる立場のひとくらい。……ましてやこの子たち、夜行性だしね」
それすなわち、こんなところで日中からウロチョロしているわけがないってことで。えーと、まさかと思うけど……
「……ねえ、わたしの言ってること分かる?」
『まあっ』
「そっか、ありがと。じゃあ聞きたいんだけど、君ってどこから来たの?」
『まーま、ま~~』
おそるおそる声をかけてみると、全身を使ってこっくり、とうなずいてみせたマンドラゴラ(仮)は手のひらからぴょこんと飛び降りた。とことこと歩いていき、さっきリックが開いたばかりの暖炉の穴までいって、その中を指し示す。こっちから来た、ってことなんだろう。多分だけど。
「あ、やっぱり暗い方からか。……りっくん、この穴って」
「十中八九、もしもの時のための隠し通路だろうね。有事の際には避難場所にするつもりだったってことは、万が一に備えて脱出経路も拵えてあるはずだ。
だから鍵を持っていて、なおかつ燭台の足に刻んだ古代文字の呪文を読み解かないと開けないようにしてあったんだよ」
「二段構えになってたわけね。ていうかりっくん、よく気が付いたねぇ」
「お褒めにあずかり光栄です。なんせ僕らは軍人だ、いざってときに勉強不足で役に立ちませんでした、じゃあお話にならないからね」
隠れた努力家のリックらしいセリフだ。生い立ちに加えて、魔法を使う上で『体質』にも苦労した人だけに、説得力バツグンである。
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