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第一章:
断章①
しおりを挟むおかしい。
その邸を訪れて、まず最初に覚えたのは強烈な違和感だった。それが思い違いではない証拠に、同行していた数名の部下も表情を固くして身構えている。
「……ルーク殿、これは」
「わからない。が、急いだ方が良さそうだ。決して単独で動くな」
「はっ」
王太子直々の命を受け、王都近郊に建つ貴族の別邸を訪れたのは、隣国での騒動から一夜が開けてすぐのことだった。
見上げるほどの高さがある鉄柵に掲げたエンブレムには、叡智の象徴である大鴉が黄色い花をくわえた意匠が施されている。ここの当主の家名を表す紋章だ。
ランヴィエルの西を治める辺境伯、クロウフット家。領地を賜ってすでに数百余年、定期的に送られてくる視察報告は常に優秀で、温暖な気候と肥沃な土壌にも恵まれて栄えている。
ことに現当主たるケネスは温厚篤実で通っており、民にも王にも信頼篤い良き領主――というのが、中央での共通認識だった。
だったのだが、しかし。
(下手人の口振りでは、それは見かけに過ぎないかもしれないな)
畏れ多くも王太子妃候補にすり替わるという、前代未聞の騒ぎを起こした女性。確かに現伯爵にはあのくらいの年頃の令嬢がいたはすだ。家柄と、何よりも代々受け継ぐ魔術的素養を見込まれて、一時期は王太子妃に推されていた、とも聞いている。
しかし、いくら悋気に身を焦がしたとはいえうら若い、いやいっそ幼いといっていい少女だ。自分ひとりで全てを準備して実行に踏み切ったとは考えにくい。十中八九、手引きなり入れ知恵なりをした者がいるはず。それを確かめるため、現在当主が滞在している別邸へ自分たちが差し向けられたのだ。
柵と同じく鉄製の門をくぐって近づくにつれ、先ほどからの違和感がますますひどくなっていく。庭に敷かれた芝生も、外縁に植わった灌木も、枝や葉が伸び放題で不揃いになっている。草木だけでなく建物も、外壁が煤けて蔦が垂れ下がったみすぼらしい様子だった。
あり得ない。こんなに手入れが行き届いていないなど。仮にも領主が住まう場所ならば。
「――早朝に失礼いたします! ケネス・クロウフット伯はご在宅でしょうか、王太子殿下より火急のお言伝てです!!」
足元から這い上ってくる悪寒を振り払い、樫の扉に備わったノッカーを鳴らして呼び掛ける。日々伝令で鍛えられている声は邸の中まで響いたはずだが、応答する気配がない。
いや、声どころか。この邸には、ひとの気配そのものが存在しなかった。
「もしや既に領地へ……!?」
「勝手口に回りましょう!」
「いや、待て、……開いている」
「え!?」
もしやと思って触れた取っ手が、呆気なく回ってしまった。戦慄を禁じ得ないまま、これ以上ないほど慎重に扉をくぐり抜けると、
「う、わ」
「死体、じゃ、ない……?」
立場柄、滅多なことでは動揺しないはずの面々から、口々に動揺の声が上がる。
重厚な樫の扉を入ってすぐ、エントランスホールで倒れ伏していた影――使用人とその主の衣服をまとった、無数の蝋人形を目の当たりにして。
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