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第二章:
断章②
しおりを挟む「――お前なぁ、ちったあ様子見てなんかしろよ。あからさまに不味かったろうが、アレは」
「はは、申し訳ありません。あまり楽しそうに踊っておられたので、つい」
その頃海辺の広場では、居残ったアルバスとフェリクスの間でそんな会話が交わされていた。長く続いた踊りの輪が解散したばかりで、周りには和やかなざわめきが漂っている。この分なら午後からのバザーも盛況だろう。
そんな中、先ほどからこれ以上ないくらいのしかめっ面を隠さない盗賊である。街の人々が円舞していた石畳、具体的にはその一角を眺めやって、
「あの殿下のことだ、大方親戚の子にでも構うくらいのノリでやらかしたんだろうがな。なんかの拍子に幻術が解けでもしてみろ、確実に大騒ぎだぞ? まだ婚約もしてないって時期に、妙な醜聞でも出回ったらどうするんだか」
先に書状を届けに行った時も今回の一件も、申し出を快諾してくれるだけでなく助力を惜しまなかったグローアライヒ王家の面々である。
大変ありがたかったのは言うまでもないが……なんというかこう、あまりにもすんなりと信用してくれるので、ここの国は大丈夫かと心配にならなくもない。余計なお世話だとわかってはいるが。
言葉にしなかったその辺りを、結構長くなりつつある付き合いゆえに汲み取ってくれたようだ。相変わらずにこにこと微笑みながら、フェリクスが穏やかに相づちを打った。
「そうですね、仰る通りだと思います。――ですが、そうしたリスクは承知の上なのでは? もっと言ってしまうと、あえて目立つように動いておられる、とか」
「……は?」
唐突な発言に、思わず間の抜けた声が出た。珍しくポカンとした表情をしているアルバスに、フェリクスが懐から取り出した包みを差し出してくる。
不承不承ながら受け取って開くと、中にはいくつかの乾燥させた蕾が入っていた。小指の先ほどの大きさで、ぴりっとした刺激の中にわずかな甘みを感じる香りだ。
「――丁子か。痛み止めや魔除けになるヤツだな」
「ええ、先ほど演奏していた仲間は全員身に着けていました。春から夏にかけては妖精たちの動きが活発になりますから、こういう場では特に注意することにしています」
妖精というと平和なイメージが先行しがちだが、大陸の北にかけて――つまりグローアライヒ以北にある国々では、不吉な存在として語られることも少なくない。彼らは美しい幼子や若者、腕のたつ詩人や楽士など、気に入った人間を常世へ連れ去ることがあるからだ。
それを防ぐには、妖精たちが苦手とするもの――魔除けになるハーブ、紅い木の実、鉄でできた品物などを身に帯びると良いとされている。
「ですがその一方、こうした自然の品は妖精たちとの伝令役を勤めることもままあります。イブマリー嬢が買い求めたという匂袋をご覧になりましたか」
「おう、確かラベンダーとオレンジの皮って言ってたか。……おい、ちょっと待て、まさか」
「身に付けている草花でメッセージを発するのは、古くから行われてきた由緒正しい方法です。ラベンダーには私に応えて下さい、の意味がありますね」
ついでに丁子を持っていた詩人たちのおかげで、よろしくないものはあの場に入ることすら出来なかったろう。そこで現王太子という、国を代表する立場の人物が堂々とそんな意味のある花を身に着ける。あの様子ではイブマリーをはじめとする『紫陽花』一同は気付いていなかっただろうが、これは相当に大きな賭けだ。
「確実なのは宮廷魔導士を集めてやる召喚式だろうが、ありゃ準備に時間がかかりすぎる。万が一失敗なんぞしたら、国家お墨付きの沽券にかかわるからな。
あの殿下がわざわざ単独でこんなとこまで来た用事、ってのは、つまり」
「多少の問題には目を瞑ってでも、早期解決を目指さねばならないということでしょう。……上手くいくといいのですが」
「……だな、姫さんたちもいる。ひとまず商会に引き上げるか」
間が良いのか悪いのか微妙なところだが、下手を打てばこの国の大きな転機になりかねないのは確かだ。出来ればあまり大事になってくれるなよ、と祈りつつ、にぎやかな広場に背を向ける。手にした丁子の香気が、潮風にふっと尾を引いて流れた。
そのなびいた香りの向こう側。雑踏の中で息をひそめている存在には、気づかないままで。
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