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第四章:
断章⑥
しおりを挟む細い月の光の元、巨大な影が聳えている。
国を象徴する建造物は、こうして宵闇の中で見晴るかすと峻険な岩山のようだった。元々は先祖が北方より移り住んだ際、跋扈する魔物との戦いに備えて築いた砦であったというから、その威容もうなずけるところだ。もっとも、
(レオの実家とはだいぶ趣が異なるな。かの国とて、魔物の脅威は変わらないだろうに)
あのほっそりと瀟洒な尖塔を備えた、湖を泳ぎ渡る白鳥のごとき優美な王城。案内された庭の設え、謁見の間や聖堂に施された薔薇窓の見事な細工も素晴らしかった。ぜひまた訪れてみたいものだ。
(ランヴィエルは大陸でも有数の歴史を誇る、古き国だ。戦いの最中にも美を愛でる心を忘れない、高貴なる文化のなせる業か)
うんうんとひとり頷いて、そんな素晴らしい国に友人がいる幸運を噛みしめる。止まっていた手足を再び動かして、当初の目的地――本丸の西側、廊下の突き当りに位置する目立たないバルコニーへと降り立った。よし、今回も無事帰還だ。
と、
「――今までどこをほっつき歩いておったか、こんの馬鹿息子が!!!」
「だっ!?」
ごいんっ、と鈍い音が頭蓋骨のてっぺんで弾けた。同時に襲ってきた激痛に、思わず悲鳴を上げてその場にうずくまる。こんな雷鳴のような怒号を上げる御仁、マクシミリアンが知る中ではただひとりしかいない。
「遅くなって申し訳ありません! ただいま戻りました、父上!!」
「やかましいわ!! 帰参が遅れたことを咎めておるのではない、そして公務中は陛下と呼べと言うておろうがッ」
もう一度ごちん、と拳骨を落としつつ王太子を叱責するのは、見上げるような体躯を持った壮年の男だった。
炎を思わせる赤銅色の髪、王族の血を色濃く引く証である金色の瞳。彫が深く厳めしい顔つきで、襟の高い軍服に似た略礼装と緋色の外套が誂えたかのごとく似合う。日々の激務ゆえか険しい表情をしていることが多いが、その心根が誰よりも温かく情に厚いことは、臣下の皆が知っていた。
アレクサンドル・カール・フォン・ヘリオドール。グローアライヒの現国王にして、マクシミリアンの実の父親だ。
「……で? 今回はどんなとんでもない思い付きで出奔しおった? お前が煙に巻いた門番の反省文、あちこち涙で滲んでおるのを見せてやりたいわ」
「おお、やはり書かせておいででしたか。リックの推理は相変わらず鋭い」
「リック? ランヴィエルのリヒャルト卿か。やはりヴァイスブルクだったな、別のものを遣わすと言ったろうに」
「俺、いえ、私がやらねば意味がないと思ったものですから。陛下とて同じお考えでしょう」
別に、誰かに教えられたわけではない。純粋に自分のカンだ。しかしこの第六感というやつ、時として積み重ねた情報よりも確かな答えを導くときがある。これは幼少の頃から何度も体感した、マクシミリアンのひそかな特技だった。
ちゃんと公務用の口調に直して、まっすぐに目を見て言ってきた息子に、むっと口を真一文字に結ぶ。ややあって零れ落ちたのは、呆れと苛立ちと、ほんのわずかな感心が入り交じった溜息だった。
「……全く。妙に肝が据わっとるし、考えるより先に身体が動く。それがいちいち的を得ているから叱るに叱れん」
「では、やはり」
「応とも、ランヴィエルの使者が来た辺りから顕著になったな。幽世に迷い込む案件、ここひと月ばかりで膨大な量になっとる。妖精、精霊、古き神々――どこが端緒かは分らんが」
だから出来るだけ早い段階で、高次元の存在と連絡を取るための儀式を行う予定だったのだ。が、国を挙げての儀式魔法となると準備にも相応の時間がかかる。下手を打てば後の祭り、ということも十分考えられた。
そんな中、単身で海辺の商都に出向き、必要な手順を踏んできたであろうマクシミリアンは、王太子としては危なっかしすぎる。しかし現状をかんがみて、これほど迅速かつ的確な対応はなかったろう。それほどに事態は深刻で、風雲急を告げるものだった。
「念のために遣いをやった、『影の迷宮』の賢者も同意見だ。――黄泉の国に至る隧道、この大陸の各所に穿たれておるらしい」
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