270 / 379
第五章:
仄暗い夜の底から③
しおりを挟むすうっと外が暗くなったとき、レオナールはすぐには異変に気付かなかった。窓に背を向けて、手元の書類に目を落としていたためだ。
こうした執務室の設えは、どこの王城や離宮でも大抵同じだ。明り取りと借景のため、外界から隔絶された坪庭に向いた窓が、ドアを入った正面に配される。そして部屋までの廊下は細く、必要最低限の窓だけが付けられている――無論のこと、誘拐犯や暗殺者といった輩の侵入を防ぐのが目的だ。
だから見える風景は限られているし、空も小さく区切られた範囲しか視界に入らない。おそらく雲が太陽を隠したのだろうし、側に控えていたルークが窓辺に寄った気配から、雨が降り始めるかもしれないなとは思ったが。
「……リュシーは大丈夫だろうか。今中庭を散策しているはずだが」
「少し陰っていますが、雨を降らせる雲ではなさそうです。ご安心ください」
「そうか、なら良いが――ルーク、お前も少し座るといい。今朝戻ってから、ずっとここに詰めているだろう」
「いえ、問題ありません。どうぞお気遣いなく」
伯爵領への派遣から戻って報告を済ませ、そのまま普段の執務に戻った側近を気づかうも、静かにきっぱりと言い切って譲らない。土砂崩れで結局追尾を断念せざるを得なかったことを、忠実な彼は気に病んでいるのだろう。そのような状況であれば致し方ないだろうに、生真面目なことだ。表情は露ほども動かないまま、心の中でため息をつく。
(……どう言えば、ちゃんと休んでくれるだろうか。おれは本当に言葉が足りない)
こういう時に上手に促してくれるのは、物柔らかなフェリクスとか、同僚で気心知れているリックとか。それこそいつだって、彼が欲しい言葉をくれるリュシーとかだ。これほど周りに得意なものがいるのだから、自分もよくよく見習って学ばなければ。旅の間はもちろんのこと、こうして再び一緒に行動できているのだし。
自分としては渋い顔で眉間にしわを寄せていたせいか、微妙に頭が痛くなってきた。いったん手を止めて、両目の間を指先で揉んでみる。必然的に視界が塞がった、次の瞬間、
づがあああああああんッ!!!
凄まじい轟音が鳴り響いた。樫で作った重い扉が吹っ飛び、向こうから飛んできた何かが一直線に窓、いや、その手前にいたルークを直撃する。
「ぐあっ!?」
「――レオー!! 無事かッ!?」
吹き飛ぶ側近の悲鳴を押しのけて、先の爆音にも劣らない大音声が轟いた。いまや枠だけになった扉から、勢いよく飛び込んできた人影に、呆然としていたレオナールがさらに目を丸くする。
「ま、マックス、か?」
「ああ、そうだ!! 今朝がた王宮に来られた賢者、いやオズヴァルド殿に聞いて飛んできた!! 怪我などしていないか!?」
「おれは無事だが……」
『……う、ぐぐぐぐ……!』
事態が呑み込めず言いよどむ中、ふいにひしゃげたようなうめき声がした。ばっと振り返った先、衝撃波のせいで粉々になっている窓のそばで、どうにか起き上がろうともがいているルークの姿がある――のだが、しかし。
「……腕が」
「ああ。素材が素材だから、俺の術が効くかは半分賭けだったんだが。余程いい蜜蝋を使ってあるらしいな」
『おのれ、なぜ偽物と分かった!?』
ふらつきながらどうにか立ち上がった側近は、利き腕のひじから先がなかった。見れば少し後ろの床に、短剣を握りしめた手先の方が転がっている。
……が、その傷口がおかしい。一滴の血も流れておらず、何やらのっぺりとした白っぽい断面だけが覗いているのだ。そんな腕を振りかざしてわめいた相手に、マクシミリアンはきっぱり即答した。
「俺にもわからん! が、教えて下さった方は少なくとも、お主のように後ろ暗い目はしておられなかったな。信ずるに足る理由などそれで十分!!」
「……お前がとてつもなくいい奴だ、ということは分かった。この上なく」
王族としては確実に赤点をつけられるが、人物としてこれほど気持ちのいい奴はそうそういない。
そんな気持ちを最大級の賛辞に込めたレオナールに、友人はにっこりと明るく笑い返した。軽く片手を掲げると、その手の内にひと振りの槍が出現する。慣れた手つきで数度、空気を切り裂くように回転させて正眼に構える。蒼い光沢を放つ切っ先に、金の雷撃が火花を散らした。
「さあ、行くぞ奸賊!! 我が槍を以って、ヘリオドールの名の所以と知れ!!!」
11
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
今さら「間違いだった」? ごめんなさい、私、もう王子妃なんですけど
有賀冬馬
恋愛
「貴族にふさわしくない」そう言って、私を蔑み婚約を破棄した騎士様。
私はただの商人の娘だから、仕方ないと諦めていたのに。
偶然出会った隣国の王子は、私をありのまま愛してくれた。
そして私は、彼の妃に――。
やがて戦争で窮地に陥り、助けを求めてきた騎士様の国。
外交の場に現れた私の姿に、彼は絶句する。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる