デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

古森真朝

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第五章:

仄暗い夜の底から③

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 すうっと外が暗くなったとき、レオナールはすぐには異変に気付かなかった。窓に背を向けて、手元の書類に目を落としていたためだ。

 こうした執務室の設えは、どこの王城や離宮でも大抵同じだ。明り取りと借景のため、外界から隔絶された坪庭に向いた窓が、ドアを入った正面に配される。そして部屋までの廊下は細く、必要最低限の窓だけが付けられている――無論のこと、誘拐犯や暗殺者といった輩の侵入を防ぐのが目的だ。

 だから見える風景は限られているし、空も小さく区切られた範囲しか視界に入らない。おそらく雲が太陽を隠したのだろうし、側に控えていたルークが窓辺に寄った気配から、雨が降り始めるかもしれないなとは思ったが。

 「……リュシーは大丈夫だろうか。今中庭を散策しているはずだが」

 「少し陰っていますが、雨を降らせる雲ではなさそうです。ご安心ください」

 「そうか、なら良いが――ルーク、お前も少し座るといい。今朝戻ってから、ずっとここに詰めているだろう」

 「いえ、問題ありません。どうぞお気遣いなく」

 伯爵領への派遣から戻って報告を済ませ、そのまま普段の執務に戻った側近を気づかうも、静かにきっぱりと言い切って譲らない。土砂崩れで結局追尾を断念せざるを得なかったことを、忠実な彼は気に病んでいるのだろう。そのような状況であれば致し方ないだろうに、生真面目なことだ。表情は露ほども動かないまま、心の中でため息をつく。

 (……どう言えば、ちゃんと休んでくれるだろうか。おれは本当に言葉が足りない)

 こういう時に上手に促してくれるのは、物柔らかなフェリクスとか、同僚で気心知れているリックとか。それこそいつだって、彼が欲しい言葉をくれるリュシーとかだ。これほど周りに得意なものがいるのだから、自分もよくよく見習って学ばなければ。旅の間はもちろんのこと、こうして再び一緒に行動できているのだし。

 自分としては渋い顔で眉間にしわを寄せていたせいか、微妙に頭が痛くなってきた。いったん手を止めて、両目の間を指先で揉んでみる。必然的に視界が塞がった、次の瞬間、

 づがあああああああんッ!!!

 凄まじい轟音が鳴り響いた。樫で作った重い扉が吹っ飛び、向こうから飛んできた何かが一直線に窓、いや、その手前にいたルークを直撃する。

 「ぐあっ!?」

 「――レオー!! 無事かッ!?」

 吹き飛ぶ側近の悲鳴を押しのけて、先の爆音にも劣らない大音声が轟いた。いまや枠だけになった扉から、勢いよく飛び込んできた人影に、呆然としていたレオナールがさらに目を丸くする。

 「ま、マックス、か?」

 「ああ、そうだ!! 今朝がた王宮に来られた賢者、いやオズヴァルド殿に聞いて飛んできた!! 怪我などしていないか!?」

 「おれは無事だが……」

 『……う、ぐぐぐぐ……!』

 事態が呑み込めず言いよどむ中、ふいにひしゃげたようなうめき声がした。ばっと振り返った先、衝撃波のせいで粉々になっている窓のそばで、どうにか起き上がろうともがいているルークの姿がある――のだが、しかし。

 「……腕が」

 「ああ。素材が素材だから、俺の術が効くかは半分賭けだったんだが。余程いい蜜蝋を使ってあるらしいな」

 『おのれ、なぜ偽物と分かった!?』

 ふらつきながらどうにか立ち上がった側近は、利き腕のひじから先がなかった。見れば少し後ろの床に、短剣を握りしめた手先の方が転がっている。

 ……が、その傷口がおかしい。一滴の血も流れておらず、何やらのっぺりとした白っぽい断面だけが覗いているのだ。そんな腕を振りかざしてわめいた相手に、マクシミリアンはきっぱり即答した。

 「俺にもわからん! が、教えて下さった方は少なくとも、お主のように後ろ暗い目はしておられなかったな。信ずるに足る理由などそれで十分!!」

 「……お前がとてつもなくいい奴だ、ということは分かった。この上なく」

 王族としては確実に赤点をつけられるが、人物としてこれほど気持ちのいい奴はそうそういない。

 そんな気持ちを最大級の賛辞に込めたレオナールに、友人はにっこりと明るく笑い返した。軽く片手を掲げると、その手の内にひと振りの槍が出現する。慣れた手つきで数度、空気を切り裂くように回転させて正眼に構える。蒼い光沢を放つ切っ先に、金の雷撃が火花を散らした。

 「さあ、行くぞ奸賊!! 我が槍を以って、ヘリオドールの名の所以と知れ!!!」
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