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第一章:
春は短し、走れよ乙女⑤
しおりを挟む「あっこらあ! やらかすって何をよ、ちょっとーっっ」
いたって常識的なツッコミを叫んでくれているフィアメッタの後ろで、リラと一緒にもらったばかりのカードを確認してみる。
淡い水色の台紙に、金色の飾り文字で『紅茶専門店 シルバーワトル』と刻印してある。字の周りには小さな綿毛みたいな、ぽわぽわした黄色の花をたくさんつけた枝が描かれていて、明るい雰囲気だ。春っぽいしよく目立つし、ぜひお店に行ってみたくなるような可愛らしいものだった。
「かわいい……専門店かあ、ここって大きな街だし、そういうのもあるんだね」
「ねっ。どの辺のお店かな? フィアんちの周りでは見かけなかったけど」
『ん~……うん、お茶と濃いめの海のにおいがする! たぶん海沿いのどこかだと思うよー』
「なるほど、じゃあもうちょっと奥に行ったとこか」
リラと一緒に言い合っていると、鼻をくんくんさせたティノくんが場所を割り出してくれた。絶対来てって言われたし、何で走ってたのか気になるし、合流したらみんなで行ってみると楽しいかも――なんて、のほほんとしたことを考えていた時だ。
「――いっ!? 痛たたたたっ」
「フィア!? え、どしたの!?」
「うわ、すいません! 今外しますんで!」
突然引きつったような悲鳴が上がった。ばっと振り返った先には涙目のフィアメッタと、彼女の長い髪が袖口に引っかかっている知らないお兄さんがいる。多分だけど、そばを通り過ぎようとしたときに風が吹いたかなんかで、ボタンとか金具とかに絡まったんだろう。うわ、痛そう。
現代にいた時もそこそこ髪が長かったので、うっかりブラシに絡まった時なんかはほんとにツラかったっけ。そして朝の支度というのは、大体の場合において一刻を争う。さくっと解決したければ、思い切って引っこ抜いてしまう方が早いのだ。
それはフィアメッタも同じだったようで、手を振って大丈夫、の素振りをしながら提案していた。
「へ、平気、お互いわざとじゃないし……今こっちで引っこ抜くから……」
「は!? いや、引っこ抜くってあなた」
「――にゃ~~~~っっ!?!」
「あっ、今の」
「さっきの子の声だ!!」
これまた突然、人ごみの向こうから響いてきた悲鳴(たぶん)は、つい今しがた走り去ったばかりの美少女さんに間違いなかった。さすがにこれには周りの人たちもざわついて、何だ何だという様子でそっちに注目している。相変わらず見えないけど、元気のいいやり取りが聞こえてきた。
「あらよっと! よっし、お嬢確保!!」
「いーやーっ人攫い~~!! だれか~~~!!」
「ええっ!? あのっ違います、我々はこの人の保護者というか護衛というか……!!」
「だいじょーぶだよ、お嬢が脱走するのってこれが初めてじゃないしー」
「まあそういうわけだから観念しろ! おーいレヴィン、俺たちは先に戻ってるぞー!!」
「はいはーい! お疲れさんでした、お気をつけて!!」
最後に飛んできた呼びかけに、思いのほか近くから返事があった。いつの間にか引っかかった髪を外してくれていた、先ほどのお兄さんである。うらやましいほどサラサラな紅い髪を、真剣な目つきでじっと見て、すぐにほっとした様子で息をつく。そして、
「良かった、どこも傷んでませんね。――お嬢さん、簡単に引っこ抜く、なんていうもんじゃありやせんよ?
こんなに綺麗な髪なんです、大事にしませんと。ね」
「っ、はい!?!」
「きゃーっ♪」
(ひ、ひえええええ!?!)
今すごいこと言ったーっ!! 笑顔でさらっとすごいこと言ったぞ、このお兄さん!!
そばで見てただけでもすさまじい威力だったのだ、面と向かって言われたフィアメッタの衝撃は計り知れない。顔だけじゃなくて腕とか足とか、とりあえず見える部分の肌が全っ部真っ赤っかに染まっている。
そんな彼女にもう一度にこっ、としてみせてから、お兄さんはごく自然に離れて立ち去って行った。後ろで結って尻尾みたいにした髪が、何だか機嫌よさそうに揺れている気がする。
「……フィアメッタ、大丈夫? なんかその、いろいろと」
「……うううう、無理……ああいうのほんっと無理……!!」
『ふぃっ?』
そーっと訊ねてみたら、未だに茹でダコ状態の精霊使いさんは両手で顔を覆ってぷるぷるし始めた。飛んできたリーシュが『なんかしようか?』って言いたそうにきょろきょろしているけど、これはちょっと無理なんじゃなかろうか。
「うーふーふー、聞く前にわかっちゃったねえ。フィアの好み」
《ふふふふ、本当に綺麗な髪だものね。大切にしているものを褒められるのってとってもときめくわよ》
「だねえ、うん」
一応気を遣っているのか、こそっと言ってきたリラなんだけど、大きな碧の瞳がこれでもか! というほどきらっきらに輝いている。
脳内に響く、これまた大変に微笑ましげなガワの人ともども相づちを打ちながら、ひとまず顔をあおいであげることにしたわたしだった。
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