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第一章:
アカシア館のお茶会⑨
しおりを挟む「あれ? アリスさん、レヴィンさんは?」
「うん、今から仕事で外回りだから支度中。たぶんそろそろ戻ってくる――あ、ほら」
「はいはい、戻りましたよー。すいませんね、中座して」
いつの間にか姿を消していたお兄さん、これまた突然戻ってきた。巻きエプロンを外して、再び上着を羽織った格好だ。濃い灰褐色の、いたって普通のジャケットなんだけど、今はほとんど黒一色に見えていた。街中で見たときより日が傾いたせいだろうな。
「間に合って良かった、折角なんでお渡ししたくて。土産ってほど大したもんじゃありませんが」
「……あ、折り紙だ! すごい、とってもきれい!」
「ああ、ご存じですか? そう言ってもらえて何よりです」
久々に拵えたもんで、とほっとした様子のレヴィンさんが持っていたのは、手のひらに乗るくらいの折り鶴だった。三羽とも違う色と柄の紙で、翼をたたんだ状態でも十分可愛らしい。支度のために席を外してから作ったなら、作業は結構なスピードだったはずだけど、紙は歪んだりしわが寄ったりが全くない。わたしも一応折れるけど、こんなに綺麗には出来ないだろうな。特に急いでるときは。
「これは身内に教わったやつでしてね。まあいわゆるお守りなんですが、冒険者のお嬢さん方にはちょうどいいかな、と思いまして」
「うん、ありがと! 大事にするねっ、フィアどれにするー?」
「えっあたし!? う、うーんと……じゃあ、これ」
急に振られて飛び上がったものの、どうにか紅い鶴を選んでそろっ、と引き抜――こうとしたんだけど、その前に相手が手を取って直接握らせてくれた。うわあ。
「いいですか? 翼は畳んだまんまで持っといて下さい。広げたら、中に入ってる幸運が飛んでいってしまうぞ、って脅されましたんで」
「う、え、は、はい……!!」
『……くわあ』
うんうん、わかる。うろたえる気持ちはよーくわかるぞ、エルドくん! わたしだってこんなに真っ赤になって、コイみたいに口をパクパクさせてるフィアメッタは初めて見たからな!? それもこれもわりと至近距離で『ね?』なんてにっこり微笑んでくれてるレヴィンさんがカッコいいせいなんだけど!!
(うーむ、乙女ゲームの本気おそるべし……)
《……微笑ましくて何よりだけれど、どうしてイブマリーの方にはそれが発揮されないのかしらね……?》
(おとっつぁん、それは言わない約束でしょ!)
《おと……、せめてお姉さんがいいわね、そこは》
もう初夏って言っていい時季だというのに、身近というか身内にいきなり春が来ているのを目の当たりにして、お互いぼやきあうわたしとアンリエットだった。
「……また罪作りなことを」
「ええ? 人聞きが悪いですねぇ、旦那ったら」
「我々以外誰も聞いていないから言うんだ、全く」
『紫陽花』の女性陣、プラスお供たちが去っていった後。相変わらずご機嫌な同僚に、ため息交じりでツッコミを入れるジェイがいた。そのそばで頬をかいているアリスも、微妙な表情で指摘する。
「うんまあ、悪気が全ッ然ないのはよーく分かってるんだけどね? あれじゃガチ恋待ったなしっていうか、あの中でいちばん耐性低そうな子を狙い撃ちしてるようにしか見えなかったっていうか、ぶっちゃけちょっと犯罪臭かったっていうか」
「……お嬢、実は私のこと嫌いなんですかい??」
「はいはい、ンなわけないでしょ。じゃなきゃこんなとこまで一緒に来ないし、今からのことだって頼まないって」
「はははっ、そりゃそうだ!」
「ああーもう、髪ぐっしゃになるってば~~~」
ひと際朗らかに笑ったレヴィンが、背を叩いてくるご令嬢の頭をかい繰り回す。雇い主とその部下というより、仲の良い兄妹のようなじゃれあいをしつつ、ふと思い出したように袖口を確かめた。
先ほど、くだんのお嬢さんの髪が引っかかったところだ。頭は人体の中でも神経と血管が集まっているが故に、ピンポイントで加わる刺激が強烈な苦痛となる。不慮の事故とはいえ、女の子相手に申し訳ないことだった。
「……どしたの? なんか不具合?」
「いえね、さっきちょっとポカをやらかして。もうちょい奥に仕舞っといた方が良いかな、と」
「あまり仕舞い込むと、必要になったとき迅速に取り出せんぞ」
「そうなんですよねぇ……ま、おいおいってことで。行って来ます、お嬢。旦那も」
「はーい、行ってらっしゃい!」
「気を付けて。行って来い」
「はいよ!」
そろって声をかけてくる二人に、間違いなく本日一番の笑顔で応えたレヴィンが地を蹴って――
瞬きひとつの後。黄昏が迫る路地から、その姿がかき消えた。
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