理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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翠の章

第78話「それは歯痒い想いばかりで」

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 そして、ハクたちがアレイアへ出立する当日。
 天気はあいにくの小雨だった。

 というか、霧雨だな。
 まばらに立ち並ぶ貴族の屋敷が、白くけぶって判然としない、そんな早朝。

「――じゃあ、ハク、みんなのこと道中頼んだ。俺のことは待たなくていいからな」

「ああ。言われるまでもない」

 出発の直前、俺は御者台のハクと言葉を交わす。

 唯一雨ざらしになるコイツは、既に雨具を羽織って準備万端だ。霧雨とはいえ、油断すると風邪ひきそうなくらいには肌寒いから、違和感ない程度には着こまないとな。

 ま、人外の俺たちが崩す体調もないけど。


 ああ、そういや――。

「――道中といえば、明日か明後日、通過予定のゴストロイの橋はもう仮設で架かってるらしい。時間はかかるだろうが、馬車で通れるだろうってさ。詳細は現地行ってみないとわからないが」

「そうか」

「……」

「?」

 せっかく仕入れてきた情報だというのに、相変わらずハクの反応はうっすいものだ。
 方々に訊いて回った甲斐がないな、これじゃ。

 俺は何の気無しに苦笑する。

 まあ、とにかく、ゴストロイの橋が架かったのは朗報だった。

 馬車を調達する時点で当然必要になった情報だったが、さすが大陸の華、オルシニア。国の動脈を長期間、機能不全にしないだけの技術力と人員がいるのには目を見張る。

 およそ3週間かからずに仮設とはいえ渡河手段を構築するんだ。優れた国力の賜物だろう。

 おかげで、ハクたちは別ルートに周ることなくアレイア街道を下るだけでいい。

 何しろこの世界じゃ、ちょっと主要道から逸れると何があるかわからないからな。魔物はもちろん、人間だってどんな奴がいるかわからない。
 シリンさん親子もいる事だし、比較的安全なルートを行くべきだ。


 一方、俺たちの横では、そのシリンさんたち親子とマティさんたちが手を取り合ってしきりに別れを惜しんでいた。

「マティさん、エドガーさん、どうかお元気で。何事もないことを祈ります」

「ええ、ありがとう。私たちも貴方たちの無事を神に祈っているわ。達者でね」

「はい」

 シリンさんとマティさんが情感たっぷりに言い交わし、もちろん子供たちにもマティさんは言葉をかける。

「アランもセリンも元気で。良い子にするのよ」

「うん」「マティおばちゃん、エドガーおじちゃんも」

 そうして本当に名残惜しそうに、シリンさんたち家族が馬車の中へと入っていった。

 ちなみに、マティさんの隣には当然のようにエドガーさんがいるのだが、いつもの如く厳つい表情を崩しもしないでダンマリだ。――いや、流石にセリンちゃんの寂しげな表情にはソワソワしてた、ような?

 子供たちも彼ら夫婦に懐いてるようだし、案外エドガーさんもアレで寂しさを堪えてんだろうか……。

 うーん。にしても厳つい顔面だ。

 彼の機微は今のところマティさんにしか読み取れない。


「それでは、お屋敷を頼みます」
「……ああ。任せておけ」

 次いで、ローランドさんがエドガーさんに一声かけて馬車に乗り込み――。

「マティ、残っちゃったアレだけ、早めに食べちゃって」
「ええ、ええ。この人とありがたくいただくわ。お2人も道中お気をつけて」

 ベスもマティさんと一言交わし、別れの言葉に笑みを向ける。

 そうして中に乗り込んだベスが内側から扉を閉め、出発の準備は整った。


 しかし、それにしても、交通手段に通信手段も発達した地球の現代とは違い、この世界じゃ見送りの言葉も重みが違う。

 俺はあとで合流するつもりだから特に何も言わないけど、彼らはいつまた会えるか分からないからな。
 これが今生の別れ、なんて可能性もあるワケだし。


 ホント、何事もないことが1番の幸い、だな。


 一方、特に感慨もないハクは、無言で馬2頭に鞭を打つ。やがてガタリと重たげに揺れた車体がゆっくりと前に動き出した。

 向かうは第2城壁東門、そして第3も抜け、その先のルドヴィグの領地へ一直線。道程は長く見積もって1週間程度。体力のない子供もいるし、そこそこ時間はかかるだろう。



 ああ、あとちなみに。
 ここで、この王都の検問システムについて、突然だが注釈を1つ。

 というのもつい先日、俺とハクは自由落下による王都侵入なんていう無茶を敢行した、ワケだが。

 アレは正規の方法じゃ俺たちが王都に入れなかったから、必要に迫られてやったことだった。

 何しろ、この王都、というか大概の城郭都市でそうだと思うが、中へ入る人間には厳しいチェック――身元確認から所有物の安全確認等々が行われるのに対し、出る人間には出立の目的を口頭諮問されるだけと、かなり簡素。

 当然、現在まともな身元保証を持たない俺とハクが王都に入るのは難しい一方 (だからあんな手段をとったわけだが)、一旦入りさえすれば出るのは簡単。

 ただし、女性に向けられる視線は少しだけ厳しい。なぜなら、王都には遊郭にあたる場所もあって、そこからの足抜けを疑わなくちゃいけないからだ。

 とはいえ、まず遊郭自体に仕切りがあるし、江戸時代の関所レベルに厳重監視というわけでもない。
 女性だけで外に出るとか、明らかに服装や行動がそれっぽいとか、そういう理由がなければ止められることもない。

 だから、本日王都を出て行くシリンさんたちはなんの問題もなく門の外へ出られる。もちろん、ハクも。

 そして俺も、王都から出て行く分には大丈夫だ。ただし――。


 第一城壁内へ穏便に入り、そして出られれば、という条件が俺には付く。


 まあ、既に算段はつけてるし、別に難しいことじゃない。
 それでも、精々慎重にことを運ばないとな。
 間違ってもアルには迷惑かけられない。



 さて、それじゃあ、馬車を見送ったら、俺も城に向かうとしますか!


 

「エドガーさん、マティさん。俺もそろそろ出ます」

 ひとしきり馬車を見送ったのち、夫婦2人に俺は言った。
 そうすれば、エドガーさんがむっつりと閉じていた口を重そうに開いて言う。

「ああ。……まあ、なんの目的があるのか知らんが、精々やり通せ」
「ええ。無駄足にならないよう頑張ります」

 俺の軽い返答に、エドガーさんからは短く「ふん」とだけ返ってくる。
 彼らしい言動に俺は苦笑したが、隣のマティさんは片手をパタパタ振って責めるように言った。

「もう、貴方ったらその言葉遣い!」

 いやいや、俺は別に気にしませんて。

 しかし、そう言い添える前に、彼女は旦那を割と強めにド突いてた。もちろん、エドガーさんはびくともしないが、メッチャ嫌そうな顔してんのは面白いな。

「――もう本当にすみません。この人は昔からこうなんです。せっかくここにおいてくださったアルフレッド様にも、以前から同じような態度を」

「ハハ。少なくとも俺には構いませんよ。
 アルに対してだって、公の場以外だったら問題ないと思います。なんたって、この俺が普段からこんなですし」

 そんなコメントに、マティさんは淡く微笑んで言った。

「……確かに、あの方も寛大に許してくださいますが――」

 そうして、彼女は何か言いたげに口ごもる。


 別に俺は急ぐでもなし。
 数秒待ってみれば、マティさんは漸う言った。

「――ショウ様、このような時になんですが、アルフレッド様のこと、これからもよろしくお願いいたします」

「……」

「……私たちは、あの方に御恩があるんです。でも、今まではなんにもして差し上げられなかった。今でもそうです。しかしそれでも――」

 そう言ってまた言葉を迷って口を閉じたマティさんに、俺は笑って引き継いだ。

「ええ。というか、“その気持ち”があるだけでも俺は嬉しいですよ。アイツにとってもきっとそうだ。
 ……今は分からなくても、歳をとってから気づくことだってありますし」

 割とよくある話だ。じゃなきゃ、伊達に“親の心子知らず”、とか、“親孝行、したい時に親は亡し”とか言わないからな。

 俺は内心付け加えつつ、彼女へ含意が伝わったか窺った。
 表情を見るに、主語を抜いて言った俺の言葉は、ちゃんとマティさんにも通じたらしい。

「……そうでしょうか?」

 それでも遣る瀬無さそうに微笑む彼女に、俺は頷いて言った。

「ええ。自信持ってください」

 自分でも意外に強く出た語調に驚きながら、次いで俺は口端を上げる。

「――貴女は、何もできなかったと今言いましたが、絶対にそんなはずはない。そうでしょう? 
 だって、貴女は今ここでそんな表情ができている。俺はそれが嬉しくて仕方ないですよ」

「……」

「そして――ありがとうございます。アイツに代わって、俺が言います。
 今までも、そしてこれからも、アイツを見ていてくれてありがとうございます」

 次いで、「エドガーさんも、そうですよね?」と俺が言ってみれば、マティさんは一瞬嬉しそうにし、そしてエドガーさんはそっぽを向いて鼻を鳴らしてくれた。

 ハハ。やっぱ、なんだかんだ彼も優しい人だよな。マティさんが選ぶ人だ。

 そんな2人に笑い返しつつ、割と本気で俺は言った。

「――願わくば、アイツの口からも直接聞いてほしいですがね」

 その余計な一言に、マティさんはコロリと笑って言った。

「ふふ。そんな、畏れ多いことです。
 すみません、出立前にこのような」

 一転、申し訳なさそうに言われたそれを、もちろん俺は否定する。

「いいえ、聞けてよかったです」

 そうして今度こそ、俺は身を翻して言った。

「そんじゃまあ、まずは一仕事終わらせてきますよ。
 で、そのあとは、ここに寄らずに俺も出ます。少しの別れですが、お2人ともお元気で。また必ず会いましょう」

「ええ。ショウ様も御無事で」
「……好きにしろ」

 そんな言葉を背にしつつ、俺は霧雨の中、大通りの方へと進路を取った。
 まずはを確保しねえといけないからな。








 それにしても、やっぱあの2人もいい人たちだ。
 ますます現状の収束――願わくば穏やかな収束のために、俺も力を尽くさなくちゃな。



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