理系が転生したら非科学的存在 (魔物)でした

秋人司

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翠の章

第84話「交渉Ⅱ」

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「断る」

「そこをどうにか!」

――十数分後のことだった。

 第1城壁間際に建つ大きな倉庫、固く閉じた扉の内部で、ひそやかに――けれど熾烈な――言い争いが勃発していた。

 そこにあったのは3つの人影。
 断固とした口調で切り捨てたのは、鋭い碧眼の主――レイナ。一方、拝み倒すように返すのは黒髪黒目の宵闇ショウアンだ。そして、その彼の隣に、小柄な少女――麗奈レナがいる。

 倉庫の主よろしく荷馬車の荷台に腰かけたレイナに対し、残る2人は立ったまま。その2人は、どうにかこうにか、見回りの眼を掻い潜り、この倉庫へとたどり着いたばかり。

 そして、新たに加わった少女に関し、レイナから質問が飛び、それに答えた宵闇が、発されたのが冒頭の言葉だ。

 要は、宵闇と麗奈、2人をかくまい、明日王都を出るのに紛れ込ませてくれないか、という宵闇の要求を、口に出される前にレイナが断ったのだ。

「……利益がない、損する可能性が高い。それでどうしてオレが協力しなけりゃならん」

 そう忌々し気に言い切った剣幕に、少女がビクリと反応する一方、宵闇のほうはどこ吹く風。

「だよなー。わかっちゃいるんだ」

「なら、言うな」

 宵闇の飄々とした返答に、レイナは鋭い視線を向ける。
 
 だが、彼としては重々承知している返答だったため、なんの感慨もないのだから仕方がない。何しろ、姿を確実に消せる宵闇とは違い、ただの人間、しかもバリオット宮から逃げ出してきた人物――麗奈をかくまい、その脱出に手を貸すのは、誰がどう考えてもハイリスク・ノーリターン。

 そんな一方的な犠牲を他人に強いるのは、宵闇の本意でもない。

 一方、宵闇の立場としては「麗奈」という存在と運よくエンカウントできた出会えたからには、それを確保し、情報源として連れ帰りたいのが本音だ。そのためには、レイナの協力を仰ぐ以外に道はない。
 
 だからこその交渉。

「――けど、こっちも?」

「あ?」

 まるで凄むような返答のあと、数秒思案し、レイナは言う。

「だったら、それ相応の利益を提供して見せろよ。それ次第じゃ、考えなくもない」

「お! そうか! ……そんじゃあ――」

 ちなみに。
 ここ数日、彼らは同じような会話を延々繰り返していたりする。そのため、特にレイナは口と頭の回転速度で宵闇に勝てないことを学習済み。ついでに言えば、宵闇の性格もある程度把握してもいる。

 あまり不当な取引にはならないだろう、という当てがあっての言葉だった。

 そして宵闇もまた、レイナの性格を把握していた。何をどう言えば頷くのか、それをシミュレーションしたうえで、彼は言った。


「――あんたも、、っていうのはどうだ?」

「……は?」

 一瞬、思考したうえで、レイナは言った。
 その反応に手応えを感じつつ、宵闇は言う。

「俺に協力することで、あんたはかなり危ない橋を渡ることになる。だったら、元からこっちに鞍替えするつもりで動いてくれないか、って話だ」

「……」

 続きを待つ様子を確かめつつ、彼は言う。

「ちなみに、待遇に関しては俺が保障する。少なくとも、オルシニアの平民並みの衣食住は確約できる。一方のリスク――懸念としては、俺たちの任務に付き合って、国中あっちこっち旅続きになるかもってことくらいかな。あ、あとは魔物の討伐に関わるから、そこそこ命の危険はある。他に質問・要望があったら応えるが、どうだ?」

 そんな提案に、レイナはひとまず嘲るように言った。

「……どうだ、もなにも、信用がない。第一、オレを取り込んでそっち側とやらに何の得がある? この場で調子の良いこと言ってるだけとしか思えないが」

 ある意味での挑発、様子見の言葉だった。
 それを察しつつ、宵闇はにこやかに言う。

「あー。一応、得はある。まず俺の成果、物的証拠として、あんたを確保できる意義はかなり大きい。つまり、俺の報告先へあんたを紹介し、第2王子絡みの話を聞いてもらうまでは、あんたの利用価値はかなり高い」

「……」

「次いで、継続的なあんたの価値としては、従魔術そして、イスタニアに関する情報を持っている点だ。既に2人は確保しているが、従魔術も隣国の情報も、あればあるほどいいからな」

「……」

「そして単純に、俺たちは人手が欲しい。あんたの特殊技術も含め、こっち側では引く手数多だと思うが。どうだ?」

「…………ちっ。相変わらず、口の回る」

 以前よりも忌々しさが抜け、ほんのすこーしに、宵闇は笑みを深めて問いかける。

「他に質問は?」

 当然気になるだろう、宵闇の“上”にあたる存在について訊かれると思っての言葉だった。実際、レイナも同じことを思ってはいたのだが――。

「もちろんある。が、どうせ3番目ルドヴィグの縁者なんだろ?」

 確信している口調に対し、宵闇は肩を竦め、曖昧に返す。

 事実として、彼はルドヴィグの直下ではないし、ましてやこの行動もルドヴィグのためではない。ただ「どこの派閥か」という問いに対しては間違いなく、ルドヴィグ側と答える、その程度の繋がりでしかないからだ。

 レイナもまた気にせず言った。

「なら、現時点では詳しく知らない方がオレのためだ」

 そんな無関心そうな返答に、宵闇は苦笑して言う。

「そうかい、けど、そんなんで判断できんのか? それとも、議論の余地はなしか」

 わざとらしい言葉に、レイナはニヤリと笑って言った。

「いや。一考すべき提案だと思ってはいるさ。……が、やはり保証がたりない。魔物のあんたを使ってるあたり、そっち側へも興味は湧くが」

 そんなに、宵闇は、レイナの現状と根底に見える願望を考慮しつつ、再度頭を回し言った。

「……じゃあ、言っちまおうかな。俺の直属の上司、というか相棒の名前。
 それ聞いたら、きっとあんたも傾いてくれる気がするんだが」

「へえ? 誰だよ。まずオレが知っていなきゃ意味が――」

「――アルフレッド・シルバーニ」

「……」

 ピクリと身体を揺らすレイナに笑いかけ、宵闇は言った。

「知らないか? この国じゃ、亜人として有名な、あのシルバーニ卿だよ」

「……“化け物公爵”か」

 ポツリと漏れたその一言に、一転、宵闇から

「おいおい、化け物とは随分だな。第一、あいつは公爵じゃねえよ」

 そんな押し殺した威嚇に、傍らで黙りこくっていた麗奈が思わず一歩離れ、対するレイナも数度瞬きしながら呟いた。

「……かなり、入れ込んでるんだな」

 そんな2人の反応を感じ取りつつ、宵闇は溜息を吐くように力を抜き言った。

「ああ。もちろん。……あいつは、俺の半身と言っても過言じゃない」


――ちなみに。

 “化け物公爵”というのは、残念なことに、王城で勤める下級の者たちの間で広く使われている呼称だ。そのため、話でしか聞いたことのない人物に対し、レイナは何の気なしにこの蔑称を使ったわけだが――。

 それに対する宵闇の劇的な反応に、レイナは見た目以上に驚いていた。内省した宵闇の気配が元に戻るのを眺めつつ、彼女は興味深そうに言う。

「なるほど。――確かに、オレが傾くに足る話だ」

 これに宵闇は、無理やり口端を上げ、意識的に笑いかけて言った。

「――だろ?」

「……だが、所詮は貴族。オレたちのような存在を、ヒトとも思ってないのが貴族ってもんだ。違うか?」

 暗澹とした雰囲気さえ発しながら言ったレイナの一方、宵闇はすっかり調子を取り戻し軽やかに言う。

「違うね。あいつなら、あんたのことを無下にはしない。何しろあいつは――」



「差別される側を、知っているからな」

「……」



 ジワリと、何かに思い至ったようなレイナの表情を観察しつつ、宵闇は言った。

「――あんたも口にしたじゃないか。“化け物”ってな。……そんな言葉を吐かれる立場にあるのがあいつだ」

「……」

「だからこそあいつは。――異国人だ、性別がどうだ、そんな理由で、差別なんかしない」

「……」

 黙ったレイナを眼中に置きながら、宵闇は言葉を継ぐ。

「口では何と言おうが、あらゆる命に対して真剣に向き合い、その生き死にに関わってきた、それがあいつだ。そして、あいつ――アルにとっては魔物でさえ、その枠から外れちゃいない」

「……」

「ましてや正真正銘、人間のあんたが、無下にされる理由がどこにある? あいにく、愛想が無いのが玉に瑕だが、慣れちまえば問題ねえよ」

 そんな宵闇の言葉に、レイナは半ば茫洋とした眼差しで呟いた。

「……魔物でさえ、か」

 そうして視線を宵闇に戻し、言う。

「それが本当なら――。いや、あんたを見るに、そうなんだろうな」

 が灯りかけた視線を受け止めつつ、もちろん宵闇は、ニヤリと笑って言った。

「ああ。まさに、俺が証拠だ」

「……」

「――それに、俺と違ってアルも仲間もほとんど不干渉だし。……居心地は、悪くないと思うがな」

「……」

 そして、遂に。



 レイナは、頷いて言った。

「いいだろう。……ここで使われるよりかは、そっちの方が良さそうだ」

 端正な顔に似合わない笑みを刷きながらレイナが言えば、宵闇もまた口端を上げ言った。

「は。後悔はさせねえよ。価値に見合う待遇は、俺が責任もって保証する。……さすがに、細かな条件はアルに要相談、だがな」

 そうして1つの話が纏まった、のだが。



「さて、それじゃあ、ようやく――」

 時刻は既に夜半近く。
 だが、あいにく宵闇には、今夜中に話をつけるべき事柄が、もう1つあった。



「――話を聞かせてもらおうかな? 地球の女子高生さん」

「は、はい……」

 一方の少女――麗奈は、日本人の特徴をもったこの見知らぬ男――宵闇に、ノコノコついてきたことを後悔し始めているところだった。

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