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▶︎
にじゅうさん.
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階段を降りていくと、パパはまだソファで寝ていた。
「どうしよう……。お別れ言うの、嫌だなぁ」
お世話になったお礼を言わなきゃいけないのに、モジモジして声を掛けられない。
パパの顔を見たら、さびしくなって泣いてしまう気がした。
「そうだ、お手紙書いて置いておこう。あっ、図工で作った粘土の恐竜、パパにあげよぉ~。惺にはタマゴでいっか、まだ小さいし」
鞄から自由帳とペンケースを取り出し、パパにお手紙を書いた。
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
パパへ
三日間、おせわになりました。
ゲームセンターにつれていってくれて、ありがとう。
パパとおでかけ、すごく楽しかったよ!
あと、パパのごはん、いっぱい、おいしかった!
ぼくのパパは、かっこよくてゲームがうまくて、いいにおい、あと、びじん!だと思いました。
ぼくのじまんのパパです。
会うと泣いちゃうので、お手紙にしました。
パパ、大すき。
元気でね、おくすり忘れないでね。
陽一より
◎おまけ◎
パパはさびしがりなので、クマくん、貸してあげます
毎日いい子ってなでるとよろこぶよ!
じゃあ、バイバイ、またね
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
慎重にノートをやぶり、おとなのオモチャだらけのテーブルに、こっそり置いた。
そして眠るパパのほっぺにキスをして、
「……クマくん、パパをよろしくね」
と、そっとささやき忍び足で玄関むかう。
やっとおうちに帰れるのに、足取りは重かった。
「自分の家に帰るだけなのになぁ……でも惺の検査も心配だし、帰らなきゃ。僕はひとりっ子じゃなくて、本当はお兄ちゃんだもの。——あ、そうだ。お父さんに連絡しなきゃ」
と、何気なくポケットからスマホを取り出した、
その瞬間、
パァ——ンッ
まるで銃で撃たれたような衝撃が走った。
耳の奥がキーンとして、ポケットから出した右手がしびれた。
何が起こったかは一目瞭然だった。
僕のスマホが、こっぱみじんに砕け散っているのだ!
「え、え、エ、エエ?!」
「どこ行くの」
振り返ると、寝起きのパパが廊下に立っていた。
ぬいぐるみを抱え、もう片手には、なんと包丁が握られていた。
「今から朝飯、作るから。向こうで待ってて。今日は和食かな、焼き魚にする」
「え、えと、でも、もう帰らなきゃ」
「は、帰るって……どこに。俺のとなり以外、おまえの居る場所なんてあるの?」
からかうように、でも、愛情に満ちた眼差し。
彼を前にして、僕の心臓の音はどんどん加速していく。
この胸の高鳴りは、パパにも、もちろんド変態ver.にも感じないものだった。
僕の心拍数が、目の前の男を、愛しい恋人だと教えてくれる。
でも同時に。
愛しい恋人が、危険人物だとも知らせていた——
「ハルカ、くん」
「ふふ……なに? 暉」
僕の初恋に、笑顔で銃口が向けられている気分だった。
「それ、ぼく、なの、ヒカリって」
どうして、昨夜のド変態でもない、ハルカくんが。
愛してるって言ってくれた愛しい恋人が、僕の名前を呼び間違えるのだろう。
「……僕、ヒカリじゃない、“陽一”だよ」
後退りする僕の背後で、エレベーターが昇ってくるモーター音がする。
ワンフロアが全て持ち家だから、エレベーターは直接玄関にあるのだ。
「アハ……なにその名前。ああ、俺がつけたのか……? でも、もう暉でいいよ。汚ねえカッコウが呼んだ名前は、もういらないし」
「カッコウ………?」
「托卵するようなゲスい鳥の巣で、おまえは間違って育てられたんだよ。金の卵だとも忘れて……ああ、ちょうどいいか」
男は裸足でペタペタと広い玄関を歩いてくる。
すると不思議なことに、足元に散らばったスマホの破片がカタカタと震え始める。
そして、なんと、
トゥルル……
と、どこからかスマホの呼び出し音が、玄関フロアに響き渡るのだった。
「俺から金の卵を奪った親鳥を、今からここで捌いてやるよ」
「え?」
一瞬の沈黙ののち、原型を失ったスマホから声がした。
『——はい、どうした、陽くん? もう着いたよ、下で待ってるから 』
(お父さん——?)
タップする画面がないにも関わらず、なぜか通話している。
しかも、電話口の父はまるで僕と話しているかのようだった。
『え、上まで迎えに来てって? そっちの、その人が、そう言っているの?』
「え、えっ」
僕はオロオロと足元や宙を見を見上げて、慌てふためいた。
「い、言ってない! 言ってないよ、おとぅさん、来ちゃだめ!」
『え……? そう、わかった。ちょっと待ってて、うん、行くから、いったん切るよ』
「うわああ、お、おとおさぁん!」
全く会話がかみ合わないまま、通話は切れてしまった。
「ハ……お父さん? まじか……生で聴くと、衝動が抑えきれないな」
裸足でスマホの残骸を蹴散らしながら、男がブチ切れているのが伝わる。
「刷り込み……生育環境……全部ゴミ。あの鳥小屋には親鳥二体、あとは……? ああ、いたか。あの家に、もう一羽」
「——……!」
背中はもう、エレベーターの扉にまで追い詰められていた。
僕は学校鞄のベルトをにぎりしめ、あの日の約束を思い出していた。
——『同意したらキスしてやるよ』——
耳元でささやかれた、甘やかな“わいろ”。
その約束は、とても残酷で、とても果たせそうにないと思っていた。
『もしも俺が君を、別の名で呼んだら……その時は、俺を殺してよ、陽一』
『え——』
そんなの、冗談に違いないのに。
真っ直ぐな瞳に見つめられ、僕は体が震えていた。
『え……出来ない、え、どうして、しないよ、出来ない、そんなこと』
『でも、君を別の名で呼ふなら、その“時岡ハルカ”は、もうまもとじゃない。陽一に近寄るすべてを破壊するような異常者、例えるならクラッシャーだ』
『ク、クラッシャー……? あのブロックも木箱もパンチンググローブでぶっ壊す、あの幽霊の?!』
『ああ、陽一以外はぶっ壊すマンみたいなやつだ』
『でも、こ、ころ……だなんて、出来ないよ、こわぃ』
『大丈夫だ、俺も可愛い恋人を血塗れの殺人鬼にはしない。だから俺が師匠にとっておきの必殺技を教えてやる。大丈夫、死なないから気絶するだけ。……だから約束して』
『うぅ、でもお』
『同意したらキスしてやるよ』
そんな恋人のいやらしい誘惑に負けて。
大人な、えっちな誓いのキスをペロペロしまくってしまった僕は。
ついに、約束を守らなくてはならなくなっていた。
(うう、でも、ぼく……やだよお!)
ギュッと目を固く閉じると、ちょうどエレベーターが到着音をたてた。
「ああ、俺が一緒に下に降りた方が早いか。親鳥一体、残りは……家か」
包丁を片手に迫られ、開いたエレベーターの中にまで追い込まれてしまう。
でも、クラッシャーを家に連れていくわけにはいかないのだ。
可愛い弟の顔がよぎり、僕は震える足を踏ん張っていた。
「きらいだ!」
「え……」
「ずっと嫌いだった!おまえなんか一度も好きじゃない!自分勝手!いじわる!バカ!ブス!うんこ!」
僕は泣きながら必死に、思いつく悪口を言った。
もちろん、恋人が教えてくれた必殺技だった。
そんなことで大人の男がひるむなんて、とうてい思えなかったけど。
「あ……」
クラッシャーは効果てきめんに後退りしていた。
でも僕は、それ以上、とても攻撃を続けられなかった。
だって目の前の男は、僕以上に悲しい顔で、今にも泣いてしまいそうだったから。
「う、うそだよ……! ごめん、ごめんね、本当は」
『ずっと愛してる』と、そう伝えたかったけど、既にえっちな誓いのキスをしてしまったから。
僕はしどろもどろになりながらも、指示通りに防犯ブザーのボタンを、強く、押し込んでいた。
でも、
「うわあ、鳴らない?! こわ、壊れてるなあっ、これ!」
まったくの静寂のなか、『ドアが閉まります』とエレベーターの音声だけが淡々と流れた。
けどその瞬間、男の目がぐるりと天井を向いた。
そして、
「ア、アアアアアア」
男は絶叫し、両手で耳を抑えて崩れ落ちていた。
「ハルカくん!?」
慌てて駆け寄ろうとする僕の前で、無情にもエレベーターの扉が閉まっていく。
隙間から見えた、愛しい人の最後のすがたは。
両耳からも、ようやく止まった鼻からも、流れる血のあとが見えた。
そんな痛ましいすがたでなお、男は血に染まった手を僕へと伸ばしていた。
「……、…。……………」
扉が閉まる瞬間に、彼が呼んだ名と、彼の言葉は。
僕に一生忘れられない、深い傷を刻み込んでいった。
「どうしよう……。お別れ言うの、嫌だなぁ」
お世話になったお礼を言わなきゃいけないのに、モジモジして声を掛けられない。
パパの顔を見たら、さびしくなって泣いてしまう気がした。
「そうだ、お手紙書いて置いておこう。あっ、図工で作った粘土の恐竜、パパにあげよぉ~。惺にはタマゴでいっか、まだ小さいし」
鞄から自由帳とペンケースを取り出し、パパにお手紙を書いた。
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
パパへ
三日間、おせわになりました。
ゲームセンターにつれていってくれて、ありがとう。
パパとおでかけ、すごく楽しかったよ!
あと、パパのごはん、いっぱい、おいしかった!
ぼくのパパは、かっこよくてゲームがうまくて、いいにおい、あと、びじん!だと思いました。
ぼくのじまんのパパです。
会うと泣いちゃうので、お手紙にしました。
パパ、大すき。
元気でね、おくすり忘れないでね。
陽一より
◎おまけ◎
パパはさびしがりなので、クマくん、貸してあげます
毎日いい子ってなでるとよろこぶよ!
じゃあ、バイバイ、またね
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
慎重にノートをやぶり、おとなのオモチャだらけのテーブルに、こっそり置いた。
そして眠るパパのほっぺにキスをして、
「……クマくん、パパをよろしくね」
と、そっとささやき忍び足で玄関むかう。
やっとおうちに帰れるのに、足取りは重かった。
「自分の家に帰るだけなのになぁ……でも惺の検査も心配だし、帰らなきゃ。僕はひとりっ子じゃなくて、本当はお兄ちゃんだもの。——あ、そうだ。お父さんに連絡しなきゃ」
と、何気なくポケットからスマホを取り出した、
その瞬間、
パァ——ンッ
まるで銃で撃たれたような衝撃が走った。
耳の奥がキーンとして、ポケットから出した右手がしびれた。
何が起こったかは一目瞭然だった。
僕のスマホが、こっぱみじんに砕け散っているのだ!
「え、え、エ、エエ?!」
「どこ行くの」
振り返ると、寝起きのパパが廊下に立っていた。
ぬいぐるみを抱え、もう片手には、なんと包丁が握られていた。
「今から朝飯、作るから。向こうで待ってて。今日は和食かな、焼き魚にする」
「え、えと、でも、もう帰らなきゃ」
「は、帰るって……どこに。俺のとなり以外、おまえの居る場所なんてあるの?」
からかうように、でも、愛情に満ちた眼差し。
彼を前にして、僕の心臓の音はどんどん加速していく。
この胸の高鳴りは、パパにも、もちろんド変態ver.にも感じないものだった。
僕の心拍数が、目の前の男を、愛しい恋人だと教えてくれる。
でも同時に。
愛しい恋人が、危険人物だとも知らせていた——
「ハルカ、くん」
「ふふ……なに? 暉」
僕の初恋に、笑顔で銃口が向けられている気分だった。
「それ、ぼく、なの、ヒカリって」
どうして、昨夜のド変態でもない、ハルカくんが。
愛してるって言ってくれた愛しい恋人が、僕の名前を呼び間違えるのだろう。
「……僕、ヒカリじゃない、“陽一”だよ」
後退りする僕の背後で、エレベーターが昇ってくるモーター音がする。
ワンフロアが全て持ち家だから、エレベーターは直接玄関にあるのだ。
「アハ……なにその名前。ああ、俺がつけたのか……? でも、もう暉でいいよ。汚ねえカッコウが呼んだ名前は、もういらないし」
「カッコウ………?」
「托卵するようなゲスい鳥の巣で、おまえは間違って育てられたんだよ。金の卵だとも忘れて……ああ、ちょうどいいか」
男は裸足でペタペタと広い玄関を歩いてくる。
すると不思議なことに、足元に散らばったスマホの破片がカタカタと震え始める。
そして、なんと、
トゥルル……
と、どこからかスマホの呼び出し音が、玄関フロアに響き渡るのだった。
「俺から金の卵を奪った親鳥を、今からここで捌いてやるよ」
「え?」
一瞬の沈黙ののち、原型を失ったスマホから声がした。
『——はい、どうした、陽くん? もう着いたよ、下で待ってるから 』
(お父さん——?)
タップする画面がないにも関わらず、なぜか通話している。
しかも、電話口の父はまるで僕と話しているかのようだった。
『え、上まで迎えに来てって? そっちの、その人が、そう言っているの?』
「え、えっ」
僕はオロオロと足元や宙を見を見上げて、慌てふためいた。
「い、言ってない! 言ってないよ、おとぅさん、来ちゃだめ!」
『え……? そう、わかった。ちょっと待ってて、うん、行くから、いったん切るよ』
「うわああ、お、おとおさぁん!」
全く会話がかみ合わないまま、通話は切れてしまった。
「ハ……お父さん? まじか……生で聴くと、衝動が抑えきれないな」
裸足でスマホの残骸を蹴散らしながら、男がブチ切れているのが伝わる。
「刷り込み……生育環境……全部ゴミ。あの鳥小屋には親鳥二体、あとは……? ああ、いたか。あの家に、もう一羽」
「——……!」
背中はもう、エレベーターの扉にまで追い詰められていた。
僕は学校鞄のベルトをにぎりしめ、あの日の約束を思い出していた。
——『同意したらキスしてやるよ』——
耳元でささやかれた、甘やかな“わいろ”。
その約束は、とても残酷で、とても果たせそうにないと思っていた。
『もしも俺が君を、別の名で呼んだら……その時は、俺を殺してよ、陽一』
『え——』
そんなの、冗談に違いないのに。
真っ直ぐな瞳に見つめられ、僕は体が震えていた。
『え……出来ない、え、どうして、しないよ、出来ない、そんなこと』
『でも、君を別の名で呼ふなら、その“時岡ハルカ”は、もうまもとじゃない。陽一に近寄るすべてを破壊するような異常者、例えるならクラッシャーだ』
『ク、クラッシャー……? あのブロックも木箱もパンチンググローブでぶっ壊す、あの幽霊の?!』
『ああ、陽一以外はぶっ壊すマンみたいなやつだ』
『でも、こ、ころ……だなんて、出来ないよ、こわぃ』
『大丈夫だ、俺も可愛い恋人を血塗れの殺人鬼にはしない。だから俺が師匠にとっておきの必殺技を教えてやる。大丈夫、死なないから気絶するだけ。……だから約束して』
『うぅ、でもお』
『同意したらキスしてやるよ』
そんな恋人のいやらしい誘惑に負けて。
大人な、えっちな誓いのキスをペロペロしまくってしまった僕は。
ついに、約束を守らなくてはならなくなっていた。
(うう、でも、ぼく……やだよお!)
ギュッと目を固く閉じると、ちょうどエレベーターが到着音をたてた。
「ああ、俺が一緒に下に降りた方が早いか。親鳥一体、残りは……家か」
包丁を片手に迫られ、開いたエレベーターの中にまで追い込まれてしまう。
でも、クラッシャーを家に連れていくわけにはいかないのだ。
可愛い弟の顔がよぎり、僕は震える足を踏ん張っていた。
「きらいだ!」
「え……」
「ずっと嫌いだった!おまえなんか一度も好きじゃない!自分勝手!いじわる!バカ!ブス!うんこ!」
僕は泣きながら必死に、思いつく悪口を言った。
もちろん、恋人が教えてくれた必殺技だった。
そんなことで大人の男がひるむなんて、とうてい思えなかったけど。
「あ……」
クラッシャーは効果てきめんに後退りしていた。
でも僕は、それ以上、とても攻撃を続けられなかった。
だって目の前の男は、僕以上に悲しい顔で、今にも泣いてしまいそうだったから。
「う、うそだよ……! ごめん、ごめんね、本当は」
『ずっと愛してる』と、そう伝えたかったけど、既にえっちな誓いのキスをしてしまったから。
僕はしどろもどろになりながらも、指示通りに防犯ブザーのボタンを、強く、押し込んでいた。
でも、
「うわあ、鳴らない?! こわ、壊れてるなあっ、これ!」
まったくの静寂のなか、『ドアが閉まります』とエレベーターの音声だけが淡々と流れた。
けどその瞬間、男の目がぐるりと天井を向いた。
そして、
「ア、アアアアアア」
男は絶叫し、両手で耳を抑えて崩れ落ちていた。
「ハルカくん!?」
慌てて駆け寄ろうとする僕の前で、無情にもエレベーターの扉が閉まっていく。
隙間から見えた、愛しい人の最後のすがたは。
両耳からも、ようやく止まった鼻からも、流れる血のあとが見えた。
そんな痛ましいすがたでなお、男は血に染まった手を僕へと伸ばしていた。
「……、…。……………」
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