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▶︎▶︎
ⅲ
しおりを挟む雨音が降りしきる中、僕は先生と初めてキスをした。
コーヒーの味がして、ほろ苦さが、ちょっと大人な気分にさせる。
体に腕をまわされ、ゆっくりと後ろに押し倒されていく。
「先生……ぇ、ぁ……っ」
乱れたシャツの裾から、先生の手が服の中に入ってくる。
冷たい指先がくすぐったくて、僕は身を捩りながら吐息を漏らしていた。
「篠崎君……嫌って言わないと、やめないけど。いいんですか」
僕を見下ろす、どこか冷たい眼差し。
そういえば今日の先生は眼鏡をしてなかった。
声も、仕草も、肌を伝う体温も。
僕を愛おしく見つめてくれた、恋人とはまるで違うから。
それが嬉しかった。
少しも似ていないと実感できる事に、震えるほど感謝していた。
(僕は、まだハルカくんを覚えてる。もう会えなくても、僕が一生忘れなきゃいいんだ。そしたら、ずっと一緒にいられるってことだもの)
服の中で蠢く先生の手に触れて、僕もいたずらな視線を向ける。
「先生こそ……やめないと、淫行教師になっちゃうけど。いいの?」
わざと先生の言葉を真似て、誘うような素振りを見せる。
僕は脳裏にいる“あの子”をも真似ていた。
三日間だけ僕と父親を交換した、ハルカ君のうちの、本当の子。
——『もう僕のおうちに来ないでね』 ——
いくつも乗り継いで、再びあのガラスの王国を訪ねた日。
お小遣いで精一杯の花束を買った僕は、ドキドキしながらロビーのインターホンを押していた。
(突然のごほうもん、ごめんなさい。お見まいにきました。会いたいです、お会いできませんか?……よし、だいじょうぶだ)
何度も何日も迷っては引き返し。
ようやく辿り着いた時には、すでにあの日から一カ月近く経っていた。
時の経過とともに、不都合な出来事はすべて悪い夢だったように感じて。
そして、初めて会った日のように、
『おかえり』と。
当然、僕を優しく迎え入れてくれる声が聞けるのだと。
そう期待していたのだ。
——でも、
『はい』
応じたのは、僕にどこか似た“あの子”の声だった。
『……あっ、突然?! ご、ごめんなさいっ。えとッ、お見まいぃ、そのぉ、僕のこと、わかる? 陽一っていうの、お、お花! お花、ハルカくんにね』
『………』
インターホンごしの沈黙が。
あまりに能天気な僕を、責め立てているのを感じた。
『僕のニセモノだ』『なにしにきたの』『僕のパパにひどいことしたくせに』
言われてもいない悪意を感じ、僕も無言で立ちつくす。
高鳴る心音とともに、エレベーターの中でのことがフラッシュバックして、震える手で口を抑えていた。
『ぼく、ごめん、急に、ごめんなさぃ……。でも、どうしても会いたくて……ハルカくんは』
『パパはもう君に会わないよ。ふふ、ぼく、これからパパと二人でパンケーキ食べるんだあ。……だから、もう僕のおうちに来ないでね。バイバイ』
通話が切れると同時に。
僕は走って玄関前の茂みに駆け込み、嘔吐していた。
『会いたくない……ハルカくんが、ぼくに?』
地べたから見上げることしか出来ない、天空の塔で。
僕の好きな人は、すでに僕が嫌いになっていた。
僕よりはるかに大切な子を抱きしめ、一緒にパンケーキを食べて暮らしている。
その事実が悲しくて、僕は泣きながら花束を抱きしめて嘔吐しながらワンワンと泣いていた。
(あのあとマンションの警備員に見つかって学校にまで連絡されちゃったんだよね……。僕のゲロまみれの植木たち、元気かな)
そんな事を考えながら、僕は薄暗い部屋で先生に抱かれていた。
◇
ベランダで煙草を吸っていた先生が寝室に戻ってきて。
「寒い寒い」と大袈裟に震えながらベッドに潜り込んでくる。
そして当然のように僕の背中を抱きしめ、腕枕までしてくるのだった。
「先生は、慣れてるんですね」
「え、そう? それは悦かったって事ですか」
「………」
使用済みのコンドームやティッシュで、ゴミ箱が埋まるくらいにはセックスをした。
僕はあれから何年もしていないし、弟もいるし、自慰すらする気にならなかったのに。
アナルセックスなんて必要もなけば、しない方がいいわけで。
これからだって相手がいないのだから、する予定なんてなかったのだ。
「お尻のなか洗ってくれたり、指で、その、解すのも、慣れてたから。大人はみんな出来るのかな……。エッ、もしかして、他の生徒、とも?!」
同級生に穴兄弟がいるなんて、人生終了するレベルである。
「んー? 元来、アナルセックスなんて女ともするでしょ、普通に。まあ、先生は彼女としたことないですけど、普通に」
「そう、ですか」
「君だけの淫行教師だよって言われたら、嬉しい? ……言ってあげましょうか」
耳元でおかしな事を囁かれ、つい笑ってしまう。
僕は笑いながら腕枕している先生の手に触れ、指を絡めていく。
「……僕、好きな人がいるんです。ずっと忘れられなくて。嫌われちゃったけど、それでも諦められない、すごく素敵な人なんです」
「重たい男は嫌われますよ、篠崎君」
先生はそういって手を握り返してくれる。
すぐ傍にいて、こうして愛を確かめあえる関係が、あの人だったらと。
そんなことばかり考えると虚しくなった。
「先生は、なんとなく僕に似ている気がします。だから、嫌じゃないし落ち着くのかも」
「ん、そんな重たい男に見えますか。こう見えて女に困ったことないんですけど」
「ふふ、僕もこう見えて結構モテるんですよ」
久しぶりに触れる他人の温もりは、心地良かった。
先生は何も聞いてこないし、僕に何かを求めることもない。
この気楽さは何だろうと考えたら、単に、セフレなのである。
(ぼく……恋愛を拗らせて、ついに親に顔向け出来ないことを……いや、出来るなぁ。むしろ親に敷かれた正規レールなのでは)
それから先生とは何度も繰り返し体を重ねた。
母への反抗期も相まって、週末は先生の一人暮らしの家に入り浸るようになり。
「先生、早く、誰か来ちゃうよぉ……」
早朝の図書室で相引きするまで、爛れた関係になっていた。
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