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一 少年期編

兄さまの光と影

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 三日目の夕方、兄上はきっちりご飯を食べて、俺の刺繍したハンカチ五枚をポケットに、お土産にいただいた果物やお菓子をマジックバッグに詰め込んで帰っていった。

『正面から来るなら、いつでも大歓迎だよ。一報は入れてね』

 ローウェルさまにそう言われてちょっとバツの悪そうな顔をしていたけど、魔法の本も何冊か借りたみたいで、結構、ちゃっかりさんだ。

 ユージーンはチェスのリベンジをしたいみたいで、

『冬の休みには絶対来いよ!』

って固い握手を交わしていた。
 みんなと馴染んでくれたみたいで、俺はかなりホッとした。



 兄上たちが帰ったあと、俺はローウェルさま、メルシェさまに少しだけ話を伺った。

 ローウェルさまいわく、兄上は<水>の属性が強いので情緒不安定になりやすいんだけど、もう大丈夫だろうって。

「カルロスくんは属性を沢山持っているから、バランス良く使うようにすることを勧めたよ」

 ローウェルさまは、ふたりを見送ったあと、まだ心配の抜けきらない俺に、言ってくれた。

「お父上の仕事を継ぐか悩んでいたみたいだけど、<光>の属性もあるしね。国の中枢に立てる人だよ。政治に適したスキルも持ってるしね」

 ざっくり言うと、『清濁合わせ呑む』ってやつらしい。

「まあ見た限りではお互いに補完し合える、いい相性だよね、魔力属性も。ただね......」

 ちょっとだけ表情を曇らせて、ローウェルさまが俺の耳許で、小声で言った。

「ほんの少しだけ<闇>属性もあるんだ。カルロスくん。ほんの少しだけど」

 <闇>属性?

 でもそれって悪いことな訳じゃ無いよね?

「普通の魔力測定で出ないくらい僅かだから、心配はいらないよ。......ある意味、政治家には必要な要素とも言えるんだ」

 父上にもあるかもしれない、たぶんあるってローウェルさまは言った。

「『清濁合わせ呑む』ってそういうことだからね」

 国家を治めるには綺麗事だけでは済まない。光の陰には必ず闇がある。暗部を使ったり、策謀を巡らせたり、ということも必要なのは俺にもわかる。
 けど、とりあえず俺には無理。

「リューディスくんには向かないだろうね。見ていてわかるよ」

 とメルシェさまにも言われてしまった。俺ってそんなに単純なのかな、まあ単細胞だと自分でも思うけどさ。

「そうじゃなくて、優し過ぎるんだよ」

 嬉しいフォローをありがとうございます、ローウェルさま。

「人は情緒不安定になると、ネガティブな感情に呑み込まれ易くなる。......リューディスくんは、それを癒して救ってあげているんだよ」

 ちなみに俺は<闇属性>は皆無だそうだ。はい、脳天気ですから、俺。

「でも、あまり依存させ過ぎるとね、彼が自立出来なくなって、下手をしたらヤンデレとかモンペになっちゃうからね。気をつけないと......」

 ヤンデレは前世の妹がー萌える~ーとか言ってたから何となくわかるんですけど、

 モンペ?

 田舎に行った時に近所の婆ちゃんが畑仕事の時に履いてたやつ?裾にゴムの入ったダブっとした厚手のズボン?
 まさか、ね。.....んなわけない。
 ここは素直に訊こう。


「モンペってなんですか?」

「モンスター・ペアレンツ。つまり過剰に過保護になったり、周囲に攻撃的になったりする親のことだよ。......まぁどっちも病んでるよね」

 俺はメルシェさまの答えにちょっと身震いした。兄上のブリザード、今は吹いていないはずだよね.......。

「俺は兄さまに病んで欲しくない.......」

「だから距離の取り方が大事なんだよ。甘やかし過ぎても、突き放し過ぎてもダメ」

「難しいです......」

 メルシェさまの答えに俺は頭を抱えた。

 だって兄上は独りぼっちだ。俺には俺を助けてくれる伯爵さまやローウェルさまがいて、一緒に笑い合えるユージーンという友達がいる。
 兄上にはあの両親と、王太子さまの寵を競う名ばかりのご学友がいるだけだ。

「大丈夫だ」

 俯く俺の頭を、いつの間にか乱入していた辺境伯さまが、グリグリ撫でて言った。

「あいつはそんなにヤワくない。なんて言ったって、俺の『威圧』を跳ね除けるんだからな。宰相ってのは、そのくらいの肝がなけりゃ勤まらない。......あいつは今はちょっとお前に甘えているだけだ」

「.......甘えて......いる?」

「そうだ。学園を出たら、とんでもない荒波に揉まれるんだ。今だけでも誰かに甘えていたいんだ」

 辺境伯さまはニンマリ笑った。

ーそうか......ー

 俺は兄上が学園を卒業するまで、うんと甘えてうんと甘やかすことにした。
 嫌でもいつかは離れるんだ。




ー兄貴もきっと.......ー

 優しくて穏やかだった前世の兄貴もきっと寂しかったのかもしれない。
 親父やお袋が留守がちの家で俺を構うことで寂しさを紛らわしていたのかもしれない。
 大人になっても、俺や妹を甘やかして、俺たちに受け入れられることが、兄貴の救いで、癒しだったのかもしれない。



ー兄貴、ごめんな......ー  

 俺は胸の奥で、そっと詫びた。
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