15 / 50
一 奥の細道
しずやしず......(二)
しおりを挟む
「小野君に相談があるの......」
同級生の女子、菅生真由美は思い詰めた表情で庭先に立っていた。
「俺でいいんなら聞くけど...今日は篠原と安達は?」
「ちょっと話しづらいから......」
ひとりで来たって。
「今日は水本、バスケの合宿でいないぜ?」
そして今日は俺ひとり。このシチュエーション、ヤバくね?
菅生はまぁまぁ可愛いほうだし、期待しちゃうじゃん。
「いいの。私、本当は水本君、ちょっと苦手だし......」
マジか?
「上がってもいいかな?」
「お、おぅ」
声が上ずってるって?
いくら俺が疎そうに見えても、健全な十代男子だよ、ドキドキくらいするじゃんか。
「そこ、座ってて......」
いそいそと台所に立って、コップをふたつ、氷を入れて居間に運ぶ。菅生の差し入れのカルピス・ソーダをコップに注いで、思わず正座。
「で、相談てなに?」
三人娘の篠原や安達にも話せないって何だろ? 誰かに告る手伝いとか、俺、出来ないよ。口下手だし。あ、でも歴史がどうとか言ってたよな。俺、苦手なんだけど。
「お姉ちゃんのこと、なんだけど......」
お姉さん?
確か菅生の姉さんて東京の大学、行ってたよな。ここいらじゃ美人で有名な人。女子高でミスコン一位になったって噂だけど、俺は会ったことない......と思う。
「お姉ちゃんの様子がおかしいの」
菅生の話によれば、大学のサークルの仲間と海水浴に行って、それからずっと塞ぎ込んでるんだって。帰省どうするんだ、ってお母さんが電話しても何日も出なくて、お父さんが心配してアパートに行ってみたら、部屋の隅っこで膝抱えてたんだって。で、連れて帰ってきたんだけど、やっぱり部屋に籠って口もきかないんだそうだ。
「彼氏と喧嘩でもしたんじゃない?」
若い娘ならありがちな話だよね、うん。
「お姉ちゃん、彼氏いないもん」
あっさり言うね、菅生。あんな美人なのに?
「それにね、家に帰ってきてからずっと、いつもひとりでブツブツ言ってるの」
「ブツブツって何を?」
「和歌みたいなの......」
ちょっと待て。古典、壊滅状態の俺にそれ訊く?
「だって、小野君、小野崎先生と仲いいじゃん。出来ないわりに」
出来ないわりには余計だわ。それに小野崎先生は帰省中だよ、冥府にだけど。
でも、そんなことを言っても仕方ないから、一応訊いてみる。
「和歌って、どんなの?」
「えっとね......」
菅生は、俺の開きっぱなしのノートに、その歌とやらを書いた。
ーしずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになすよしもがなー
......聞いたこと、ありません。古文の教科書にも載ってなかったぞ、そんなの。
「それは『謡』ですね」
頭の上から声。あれ?馬頭さん、いつ帰ってきたの?
「ちょっと様子を見に......。お嬢さん、お姉さんが海水浴行ったのって何処ですか?」
「由比ヶ浜......って言ってたかな。前の日にお母さんにラインが来てて、鎌倉に住んでるお友達と行くって言ってたって......」
馬頭さんが眉をひそめる。
え?何?ヤバいの?由比ヶ浜って。
「由比ヶ浜は色んな意味でお勧めできませんけど......それはちょっと違う意味のようですね」
後で聞いたんだけど、由比ヶ浜って昔の処刑場なんだって。ゲロゲロ......。
とりあえず、調べて連絡するからって、馬頭さんに菅生のラインを聞いておいて、って言われた。
あと鎌倉のお姉さんの友達の名前も後でラインしてくれるように伝えた。
「なんか分かったら連絡するから......」
俺はそう言って、いったん菅生を返した。だって馬頭さんの表情がいつもと違って、すごく固かったんだもん。
なに?ヤバいの?やっぱり。
「少しね......。菅生さんのお姉さんの名前、分かりますか?」
「静香さんて......」
「やっぱり......」
馬頭さん、溜め息。んで、スマホで誰かに電話。誰にかけてんの?
「牛頭です」
え?冥府ってスマホの電波届くの?
「人間界の物とは別物です」
って、そっち専用なのね。
「それより......」
馬頭さんが、さっきより怖い顔で俺に向き直った。
「なんか変なことありませんでした?」
「変なことって?」
俺、まだ何も変なことしてないよ?その気になる前に馬頭さんが帰ってきちゃったし......。
「そうではなくて、誰も来ませんでしたか?菅生さんの他に......」
「隣のおばちゃんが回覧板持ってきたけど?」
「他には?」
「別に......」
「そうですか......」
馬頭さんはほうっと息をつくと、真剣な顔で俺に言った。
「妙な気配がします。気をつけてくださいね」
俺はその時、あの男の子のことはすっかり忘れてたんだ。
同級生の女子、菅生真由美は思い詰めた表情で庭先に立っていた。
「俺でいいんなら聞くけど...今日は篠原と安達は?」
「ちょっと話しづらいから......」
ひとりで来たって。
「今日は水本、バスケの合宿でいないぜ?」
そして今日は俺ひとり。このシチュエーション、ヤバくね?
菅生はまぁまぁ可愛いほうだし、期待しちゃうじゃん。
「いいの。私、本当は水本君、ちょっと苦手だし......」
マジか?
「上がってもいいかな?」
「お、おぅ」
声が上ずってるって?
いくら俺が疎そうに見えても、健全な十代男子だよ、ドキドキくらいするじゃんか。
「そこ、座ってて......」
いそいそと台所に立って、コップをふたつ、氷を入れて居間に運ぶ。菅生の差し入れのカルピス・ソーダをコップに注いで、思わず正座。
「で、相談てなに?」
三人娘の篠原や安達にも話せないって何だろ? 誰かに告る手伝いとか、俺、出来ないよ。口下手だし。あ、でも歴史がどうとか言ってたよな。俺、苦手なんだけど。
「お姉ちゃんのこと、なんだけど......」
お姉さん?
確か菅生の姉さんて東京の大学、行ってたよな。ここいらじゃ美人で有名な人。女子高でミスコン一位になったって噂だけど、俺は会ったことない......と思う。
「お姉ちゃんの様子がおかしいの」
菅生の話によれば、大学のサークルの仲間と海水浴に行って、それからずっと塞ぎ込んでるんだって。帰省どうするんだ、ってお母さんが電話しても何日も出なくて、お父さんが心配してアパートに行ってみたら、部屋の隅っこで膝抱えてたんだって。で、連れて帰ってきたんだけど、やっぱり部屋に籠って口もきかないんだそうだ。
「彼氏と喧嘩でもしたんじゃない?」
若い娘ならありがちな話だよね、うん。
「お姉ちゃん、彼氏いないもん」
あっさり言うね、菅生。あんな美人なのに?
「それにね、家に帰ってきてからずっと、いつもひとりでブツブツ言ってるの」
「ブツブツって何を?」
「和歌みたいなの......」
ちょっと待て。古典、壊滅状態の俺にそれ訊く?
「だって、小野君、小野崎先生と仲いいじゃん。出来ないわりに」
出来ないわりには余計だわ。それに小野崎先生は帰省中だよ、冥府にだけど。
でも、そんなことを言っても仕方ないから、一応訊いてみる。
「和歌って、どんなの?」
「えっとね......」
菅生は、俺の開きっぱなしのノートに、その歌とやらを書いた。
ーしずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになすよしもがなー
......聞いたこと、ありません。古文の教科書にも載ってなかったぞ、そんなの。
「それは『謡』ですね」
頭の上から声。あれ?馬頭さん、いつ帰ってきたの?
「ちょっと様子を見に......。お嬢さん、お姉さんが海水浴行ったのって何処ですか?」
「由比ヶ浜......って言ってたかな。前の日にお母さんにラインが来てて、鎌倉に住んでるお友達と行くって言ってたって......」
馬頭さんが眉をひそめる。
え?何?ヤバいの?由比ヶ浜って。
「由比ヶ浜は色んな意味でお勧めできませんけど......それはちょっと違う意味のようですね」
後で聞いたんだけど、由比ヶ浜って昔の処刑場なんだって。ゲロゲロ......。
とりあえず、調べて連絡するからって、馬頭さんに菅生のラインを聞いておいて、って言われた。
あと鎌倉のお姉さんの友達の名前も後でラインしてくれるように伝えた。
「なんか分かったら連絡するから......」
俺はそう言って、いったん菅生を返した。だって馬頭さんの表情がいつもと違って、すごく固かったんだもん。
なに?ヤバいの?やっぱり。
「少しね......。菅生さんのお姉さんの名前、分かりますか?」
「静香さんて......」
「やっぱり......」
馬頭さん、溜め息。んで、スマホで誰かに電話。誰にかけてんの?
「牛頭です」
え?冥府ってスマホの電波届くの?
「人間界の物とは別物です」
って、そっち専用なのね。
「それより......」
馬頭さんが、さっきより怖い顔で俺に向き直った。
「なんか変なことありませんでした?」
「変なことって?」
俺、まだ何も変なことしてないよ?その気になる前に馬頭さんが帰ってきちゃったし......。
「そうではなくて、誰も来ませんでしたか?菅生さんの他に......」
「隣のおばちゃんが回覧板持ってきたけど?」
「他には?」
「別に......」
「そうですか......」
馬頭さんはほうっと息をつくと、真剣な顔で俺に言った。
「妙な気配がします。気をつけてくださいね」
俺はその時、あの男の子のことはすっかり忘れてたんだ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる