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一 奥の細道

しずやしず......(四)

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 真っ暗な無音の闇を俺たちの車は進んでいった。
 いや、進んでいるのかも止まっているかも俺には分からなかった。けど午頭さんと馬頭あおさんの真剣な表情がかなり難しいドライブだと伝えていた。

 それにしても......。

「なぁ静御前て、義経が平泉で死んだのを知らなかったのか?」

 やっぱり沈黙がシンドかったらしい水本がほっとしたように答える。

「静御前は吉野山で義経と別れたあと、頼朝の追手に掴まったんだよね。子どもを亡くしてからは京都に戻ったっていう話だから、義経が死んだのは知っていても、どこで死んだのかはを知らなかったかも」

 そうか。陸奥とか言われても京都の人には分からないか。今だって北関東と東北はごっちゃだもんな。俺たちだって三重県が近畿なのか中部なのかわからないもんな。

「義経と静御前の吉野山の別れは有名だ。静御前は、鶴岡八幡宮の舞台で、ー吉野山 峰の白雪踏み分けて 去りにし人のあとぞ恋しきーとも歌っている」

 頭の後ろから突然スタイリッシュなイケボ。ビックリした。小野崎先生ごせんぞさま、いつ乗ってきたんですか?水本が目を剥いてるじゃん。

「最初からいたが?」

 嘘つき。いくらステーションワゴンだからって、三列シートだからって、見え透いた嘘つかないの。

「そうなんだ......」

って水本が素直に頷いてるのは、追及するのが怖いだけだから。

「じゃあ義経と会えたら、菅生のお姉さんは元に戻るの?」

「戻る、たぶんな」

小野崎先生ごせんぞさま。たぶんじゃ困るよ。

「彼女は心配ないと思う。が、どうせなら事は一気に済ませておきたいな」

 あ、事はってまだなんかあるの?

「義経の無念も晴らさせてやらないとな。手配は?」

「将門さまが動いてくださっているはずです」

馬頭さんの言葉に深く頷く小野崎先生ごせんぞさま。義経の無念て何?水本知ってる?

「義経は頼朝に追討令出された時に、鎌倉に行って弁明しようとしたんだけど、鎌倉にも入れてもらえなかったんだ」

 え?そりゃ冷たいわ。

「腰越というところで、手紙も書いたんだけど、読んでもらえたかどうか......」

 ええーっ、それ冷たすぎない?

「まぁ早い話が兄弟喧嘩の仲裁をしようというわけだ」

 大丈夫なの?なんか水本が難しい顔してるけど。

 俺が首を捻っていると、途端に前のほうが明るくなった。樹木に太陽の光が当たって、キラキラ揺れてる。木漏れ日、キレイだな。地上ってやっぱりいいな。

「着いたの?ここが平泉?」

「いや、ここは遠野だ。ここから少し南へ下る」

 え?直通じゃないんですか?

「周りの様子が分からないから、無理矢理に出口を抉じ開けるわけにはいかないんだ。遠野は異界と繋がっているから、無理なく出られるんだ」

異界?ですか。

「まぁ冥府と現世の間みたいなとこですよ」

 目を丸くする俺たちに馬頭さんがくすくす笑う。
 どこにインターチェンジあったの?異界からの出口って、逆に言えば異界への入口ですよね?

「時間があったら『遠野物語』を読んでみるといい。柳田国男の名著だ。遠野が異界と繋がっている様がわかるから」

 どこまでも先生なのね。小野崎先生。ジャンル的には古典というより現国?民俗学とかいう分野の本なんだって。

 でも、それ以前に時間無いだろ。みっちり課題出てるし、追試の勉強あるんだから、古文の。

「そろそろ着きますよ」

って、馬頭さんの言葉にスマホ見たら、家を出てから一時間しか経ってない。あれ?壊れた?俺のスマホ。

「冥府の時間はあって無いようなものなんだ」

 説明受けてもよく分からない。
 
「ワープしてきたようなもんだよ」

 水本、冷静だね、お前。

「考えるの、止めたんだ」

 そうね、心身の健康のためには思考停止が一番だわ。
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