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一 奥の細道

夏草や......(三)

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 結局、南元さん達はそのまま鎌倉に帰り、菅生の一家は藤原さんのお宿に泊まってもてなされたようだ。


 後日、菅生から聞いた話では、南元さんと政子さんは別れたそうだ。菅生の姉さん、静さんは義雄さんと交際を始めて、静さんが大学を出たら結婚するらしい。

 昔は昔だけど、清算はしなくちゃならないって小野崎先生が言ってた。根が深そうだもんな、色々。

 でも、親子や兄弟で殺し合うって哀しいよな。武士ってなんだろ。





 帰りの車の中、俺は半分暗い気持ちだった。菅生の姉さんは良かったけど、南元さんと政子さんは大変だろうな。

「北条政子も頼朝のことは真剣に好きだったんだと思うよ。それがどっかですれ違っただけなんだよ」

と水本が言う。

「頼家も実朝も頼朝の子どもだけど、政子の子どもじゃなかったという説もあるし......」

 だからって殺しちゃダメでしょ。結果的に実朝の後は京都から源氏の血筋だけど全く関係ない人を連れてきて、実質、鎌倉幕府は北条氏が政権を握ったんだよね。
 つまりはお父さんの義時が幕府をぶん取った形。しかも北条氏って平氏なんだって。わけわからん。

「政治なんてそんなもんだ」

苦々しげに言う小野崎先生こと小野篁さん.......ここもなんか嫌な思い出がありそう。

「そう言えば......」

 俺はふっと松尾のじいちゃんの言葉を思い出した。

「将門さんは、なんか平泉に嫌な思い出があるのかな」

小野崎先生は、あぁ......と小さく呟いた。

「彼がこだわっているのは、平泉じゃない。『藤原』だ」

え?

「平将門は藤原秀郷ふじわらのひでさとという男に討ち取られている。......奥州藤原氏の祖先だ」

あ、そこなの?

「まぁ古傷のコメカミが痛むんだろう。そういうことはよくある。......まぁ小野君も父上には頼朝の話はしない方がいいな」

うちの親父?なんで?


「藤原氏が奥州の主になる少し前の時代だが、朝廷から任ぜられて陸奥六郡を治めていた武士がいた。だが、朝廷への翻意を疑われて源頼義という源氏の武士に討たれた......頼朝の祖父だな」

あの、その人と親父が何か?

「君の父上はお婿さんだったよね。......元の名字は?」

「安倍......ですけど?」

「その武士の名前はね、安倍貞任あべのさだとうというんだ」

 はあぁ?偶然でしょ、それ。

「お父上は額にホクロとか無かったか?」

「あります......けど」

 確かおでこの真ん中にホクロあったな。結構大きいの。

「安倍貞任の首は討ち取られたあと、額を木材に打ち付けられて京都に送られたんだ」

 ひえぇ痛そう......って、千年前だよね、それこそ。

「恨み辛みはともかく、陸奥六郡は自分が守る、という矜持は消えてないんだろうな。今も......」

 あ、それで自衛隊なのか。震災の時にも真っ先に駆けつけたって言ってたもんな。男の意地ってやつですか。

 息子はヘタレです。ごめんな、親父。


 


 あれやこれや話しているうちに車は盛岡の駅についた。
 駐車場に親父の自慢のジムニーが止まっていた。カッコいいんだけど、お尻痛いんだよね、あれ。

 親父は制服のまんまで、先生達に挨拶して、俺たちをホテルに運んだ。親父の官舎は滝野沢ってところにあって盛岡からはちょっと遠い。なので、わざわざホテルを取ってくれたらしい。ありがとうな、親父。

 親父はホテルで着替えて、俺たちを焼肉屋に連れていって、満腹になるまで食わせてくれた。

 俺たちは未成年だからアルコール無しだけど、親父はビールをガンガンいってて、酔っぱらって、

「息子を末長くよろしくお願いします」

なんてトンチンカンなこと言ってた。

「はい、喜んで」

って、水本、お前も悪乗りしないの。

 でも、久しぶりにいっぱい喋って、笑って楽しかった。
 翌朝、新幹線の切符と一緒に、俺たちに弁当と土産を持たせて、ホームで見送りしてくれた。

「正月には帰ってきてよ」

と言うと、嬉しいんだか寂しいんだかわかんないような変な顔で、

「おぅ!」

って返事してた。

 俺たちは電車に乗ってすぐに寝てしまって景色もあんまり見れなかったけど、なんか楽しかった。
 最寄りの駅には、今度は水本のお父さんが迎えにきてくれていて、俺たちを家まで送り届けてくれた。........って、まあ斜向かいなんだけどさ、俺たちの家。

 今日は、水本のお父さんは半休取ったって言ってたから、ゆっくり旅の話、聞かせてやれよ。


 俺は誰もいない家の玄関の前に立った。
 はぁ.....とちょっとばかり重い息をついて鍵を差し込んだ。

 と同時に、庭先から二人ぶんの大きな声がした。

「お帰り!」

 手を振る牛頭さんと馬頭さんのニコニコな笑顔がなんか凄く嬉しかった。


 後から牛頭さん達に聞いたんだけど、松尾のじいちゃんは芭蕉の頃から、そうして散っていった人達を俳句を詠みながら供養してたんだって。

 今世はその続きらしい。
 前世との関わり方っていろいろあるんだね。



夏草や兵(つわもの)どもの夢の跡

   (松尾芭蕉『奥の細道』)
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