22 / 50
一 奥の細道
天の原......
しおりを挟む
「あちぃ......」
夏休みも後半。課題の山もようやっと片付いてきた頃、家のインターフォンがけたたましく鳴った。あの人だ。
俺は重い腰を上げて、玄関に迎えに出る。
「お帰り、お袋」
「ただいま~。暑いわねぇ。なんか飲むもの無いの?」
お袋は、よっこらせと言わんばかりにデカいキャリーを玄関に放り出して、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを一気飲み。相変わらず豪快ですな、母上。
「あんた、お父さんに会いにいったんだって?」
いや、別に会いにいった訳じゃなくて、所用の帰りに立ち寄っただけなんだけど。
「あの人、元気だった?」
「元気だったよ。......正月には帰ってくるって」
「そう」
素っ気ないようで顔が嬉しそう。結構仲いいんだよね、いまだに。滅多に顔を合わせないからかもしれない。亭主元気で留守がいい、の典型なのかな。もっともしょっちゅう留守してますけどね、この女房も。
この豪快な夫婦から、よく俺みたいな繊細な子どもが出来たもんだ、って時々つくづく思う。
「あれ?加菜恵は?」
一緒に帰ってくると思った妹の姿が無い。
「あぁ、カナちゃんはまだ安倍のおじいちゃんのとこ。週末にテーマパークに行くんだって。清明さんも帰ってきているから」
清明さんは俺の従兄弟で京都の大学に行ってる。これまたビジュアル偏差値の高いイケメンで妹の加菜恵はゾッコンなんだ。
『お父さんみたいにゴツくなくて、お兄ちゃんみたいにナヨっちくないから、いいの』
って、ナヨっちくて悪かったな。これでも一応、剣道初段なんだぞ。中学でやめたけど。
「そう言えば、松尾のじいちゃんにも会ったよ。相変わらずだったけど」
俺の言葉にお袋があら?という顔をした。
「珍しいわね。松尾の叔父さんが顔を見せるなんて......あ、でもコマちゃんのことはお気に入りだからかな」
「わからんけど.......お袋、いい加減、その呼び方止めろよ」
「あら、いいじゃない」
イヤだ。呼ばれるたびにアザラシになった気分になるから、いい加減止めてくれ。
「なぁお袋、松尾のじいちゃんて若い頃、何やってたの?」
と尋ねる俺にお袋がカラカラと笑う。
「今のまんまよ。おばあちゃんの実家、松尾の家は、老舗の和菓子屋さんなんだけど、貴彰叔父さんは修行とかあんまり好きじゃなくて、旅してばっかりいたの」
言いながら、冷凍庫のドアに手を掛けるお袋。今度はアイスですか。腹壊すぞ。
「で、松尾のおじいちゃん、あんたのひいおじいちゃんが亡くなると、一番弟子だった礎良さんにお店を譲って、自分は安いアパートに住んで好きな写真に没頭してたわ」
まぁ売れたから良かったけどね、とお袋。
「そのうち東京のアパートも引き払って、東北行っちゃて、安倍のお母さんは随分心配してたわ。何をしてても可愛い弟だから」
最近は東京に帰ってくると、姉さんー安倍の家の離れに寝泊まりしてるんだって。
ー草の戸も住み替わるよぞひなの家ーとか言って、東北の住まいも転々としているらしい。
まあ、松尾芭蕉だからね。旅に病んでも夢は荒野を駆け巡る人だから、一つ処に落ち着くなんてないんだろうな。
「あ、そう言えば!」
カップアイスの二個目に手を掛けたお袋が、ふいにすっ頓狂な声をあげた。
「安倍のお義兄さん、ようやく日本に帰ってくるみたい。お父さんに知らせてあげなきゃ」
そそくさとスマホを引き寄せて親父にメールを打ち始める。
「安倍の叔父さんて、ずっと中国に行ってた人?」
「そうよ。央理さん、中国支社長になってもぅ十年以上だったけど、やっと後任が決まったの。吉備さんて、央理さんよりはちょっと劣るけど出来る人よ」
「良かったね......」
安倍の叔父さんは大きな貿易会社に勤めてて、中国の取引先に凄く気に入られてなかなか後任が見つからなかったんだって。
実はお袋が仕事関係で先に出逢ったのはお兄さんの央理さんなんだけど、お袋は紹介された弟の親父の方が気に入って、婿養子もオッケーだったんで結婚したんだそうだ。
まぁ一人娘だもんな、お袋。良かったじゃん。
「真那さんも喜ぶわね。きっと」
だろうね。央理さんの奥さん、真那さんの家は確かお寺だったよな。なんとなく俺分かっちゃった、大陸繋がり。今世は無事に帰国出来て何よりです。
きっと叔父さんが帰ってきたら、安倍家でお月見会するんだろうな。
三笠山、食いたくなったな......。
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
(安倍仲万呂 百人一首 第7番 『古今集』羇旅・406番)
夏休みも後半。課題の山もようやっと片付いてきた頃、家のインターフォンがけたたましく鳴った。あの人だ。
俺は重い腰を上げて、玄関に迎えに出る。
「お帰り、お袋」
「ただいま~。暑いわねぇ。なんか飲むもの無いの?」
お袋は、よっこらせと言わんばかりにデカいキャリーを玄関に放り出して、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを一気飲み。相変わらず豪快ですな、母上。
「あんた、お父さんに会いにいったんだって?」
いや、別に会いにいった訳じゃなくて、所用の帰りに立ち寄っただけなんだけど。
「あの人、元気だった?」
「元気だったよ。......正月には帰ってくるって」
「そう」
素っ気ないようで顔が嬉しそう。結構仲いいんだよね、いまだに。滅多に顔を合わせないからかもしれない。亭主元気で留守がいい、の典型なのかな。もっともしょっちゅう留守してますけどね、この女房も。
この豪快な夫婦から、よく俺みたいな繊細な子どもが出来たもんだ、って時々つくづく思う。
「あれ?加菜恵は?」
一緒に帰ってくると思った妹の姿が無い。
「あぁ、カナちゃんはまだ安倍のおじいちゃんのとこ。週末にテーマパークに行くんだって。清明さんも帰ってきているから」
清明さんは俺の従兄弟で京都の大学に行ってる。これまたビジュアル偏差値の高いイケメンで妹の加菜恵はゾッコンなんだ。
『お父さんみたいにゴツくなくて、お兄ちゃんみたいにナヨっちくないから、いいの』
って、ナヨっちくて悪かったな。これでも一応、剣道初段なんだぞ。中学でやめたけど。
「そう言えば、松尾のじいちゃんにも会ったよ。相変わらずだったけど」
俺の言葉にお袋があら?という顔をした。
「珍しいわね。松尾の叔父さんが顔を見せるなんて......あ、でもコマちゃんのことはお気に入りだからかな」
「わからんけど.......お袋、いい加減、その呼び方止めろよ」
「あら、いいじゃない」
イヤだ。呼ばれるたびにアザラシになった気分になるから、いい加減止めてくれ。
「なぁお袋、松尾のじいちゃんて若い頃、何やってたの?」
と尋ねる俺にお袋がカラカラと笑う。
「今のまんまよ。おばあちゃんの実家、松尾の家は、老舗の和菓子屋さんなんだけど、貴彰叔父さんは修行とかあんまり好きじゃなくて、旅してばっかりいたの」
言いながら、冷凍庫のドアに手を掛けるお袋。今度はアイスですか。腹壊すぞ。
「で、松尾のおじいちゃん、あんたのひいおじいちゃんが亡くなると、一番弟子だった礎良さんにお店を譲って、自分は安いアパートに住んで好きな写真に没頭してたわ」
まぁ売れたから良かったけどね、とお袋。
「そのうち東京のアパートも引き払って、東北行っちゃて、安倍のお母さんは随分心配してたわ。何をしてても可愛い弟だから」
最近は東京に帰ってくると、姉さんー安倍の家の離れに寝泊まりしてるんだって。
ー草の戸も住み替わるよぞひなの家ーとか言って、東北の住まいも転々としているらしい。
まあ、松尾芭蕉だからね。旅に病んでも夢は荒野を駆け巡る人だから、一つ処に落ち着くなんてないんだろうな。
「あ、そう言えば!」
カップアイスの二個目に手を掛けたお袋が、ふいにすっ頓狂な声をあげた。
「安倍のお義兄さん、ようやく日本に帰ってくるみたい。お父さんに知らせてあげなきゃ」
そそくさとスマホを引き寄せて親父にメールを打ち始める。
「安倍の叔父さんて、ずっと中国に行ってた人?」
「そうよ。央理さん、中国支社長になってもぅ十年以上だったけど、やっと後任が決まったの。吉備さんて、央理さんよりはちょっと劣るけど出来る人よ」
「良かったね......」
安倍の叔父さんは大きな貿易会社に勤めてて、中国の取引先に凄く気に入られてなかなか後任が見つからなかったんだって。
実はお袋が仕事関係で先に出逢ったのはお兄さんの央理さんなんだけど、お袋は紹介された弟の親父の方が気に入って、婿養子もオッケーだったんで結婚したんだそうだ。
まぁ一人娘だもんな、お袋。良かったじゃん。
「真那さんも喜ぶわね。きっと」
だろうね。央理さんの奥さん、真那さんの家は確かお寺だったよな。なんとなく俺分かっちゃった、大陸繋がり。今世は無事に帰国出来て何よりです。
きっと叔父さんが帰ってきたら、安倍家でお月見会するんだろうな。
三笠山、食いたくなったな......。
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
(安倍仲万呂 百人一首 第7番 『古今集』羇旅・406番)
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる