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二 通小町

萩と月(二)

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 俺は松尾のじいちゃんの車に揺られながら、まだ半ば呆然としていた。だって伊達政宗だよ?

 お袋が大河ドラマの再放送を感動して見てたけど、はっきり言って実物はなんかもっと怖かった。圧が半端じゃない。どこかの総理大臣よりよっぽど貫禄あったよ。

 でもさ、

「ねぇ、じいちゃん、龍って自然現象だよね。生き物として存在するわけじゃないよね?」

 松尾のじいちゃんは、はははっと軽く笑いながら答えた。

「血肉のある生き物ではないわな。自然のエネルギーの塊だな。まぁ人間や動物と違って固定した物体じゃないな」

「というか、どうして政宗さま達は龍になったのさ。もともと人間じゃん。佐竹さんもそうだった」

 俺はじいちゃんに信夫の里、文字摺り石から龍神峡までの一件を話した。

「龍になったわけじゃない。龍に見せたのさ。もともとエネルギーの強い人達だからな。亡くなった後、肉体の器を離れて、自然エネルギーと同調してもっと大きく自由なエネルギー体になった。それが駒治くんや俺たちには龍に見えるんだ。いや、彼らがそう見せたかったというべきか?」

「見せたかった......。じゃあ誰でもそうできるの?」

 俺の問いにじいちゃんはまさか、と笑った。

「よほど魂の条件が整っていないと無理だ。生を生ききったという達成感というか吹っ切れた状態で死ななきゃ未練が残る。それに......」

 ハンドルを軽々と操りながらじいちゃんは少し眉をしかめた。

「その土地のエネルギーとの融合が可能なくらい一体化していないと。.......それと、あの姿は彼らの『業』だ」

「業?」  

「直接であれ間接的にであれ、彼らは多くの生命を奪った、その贖罪をせねばならん。何百年、何千年かけて故郷を日本を守って償うんだ。彼らはそれを選んだ」

「死後って選べるの?」 
  
「死に方によるな。少なくとも彼らは寿命を全うした。思い残しはない」

「小十郎さんや盛隆さまは?病気や若くして不意に殺されたりしたのは?」  

「死の際で何かを強烈に望めばそうなる。小十郎さんは永劫、政宗さまに仕えることを望んだし、盛隆さまは佐竹殿と共に在りたいと魂の底から真摯に願っておられたんだろうな。そして佐竹殿は役目も定まっていたが、盛隆さまのことが心にかかって淵から上がることが出来なかった」

 じいちゃんは、ふっと車を止めると、自販機で缶コーヒーを二本買って、俺に手渡した。

「何故なの?」

 プルトップを開ける軽い音が車の中で弾けた。
    
「恋......だな。愛、かもしれん」

 首を傾げる俺にじいちゃんは苦笑いしながら言った。

「俺や駒治くんの考える恋や愛とはたぶん違うんだろう。彼らは生きるか死ぬかの瀬戸際で生きていたから、全身全霊をかけて魂から愛したんだろうな。主従でも同性でも、外面的な条件に過ぎないからな」

「重っ......」

 俺は思わず引いた。ドン引きだよ、正直言って。そんなに人を好きになるなんて考えられない。

 俺のイメージする恋とかってさ、可愛い女の子とテーマパーク行ったりデートして、ワクワクしてドキドキして、胸キュンな時間を楽しく過ごすことだからさ。
 あ、チュウとかもしたいよな。健全な青少年としては。

「彼らは俺たちとは生きている時間の密度が違うからな。......もしかして駒治くんは彼女いないのか?」

「そうだよっ、彼女いない歴十七年だよ。悪かったねっ!じいちゃんはどうなのさ」

「俺か?俺はいっぱい恋もしたな。そのぶん振られてるがな」

 そりゃあ流れる雲の如しだもんな。でも色々あったんだろうな。

 目を細めて遠くを見るじいちゃんの顔は懐かしそうで寂しそうで、でも優しく見えた。
 
 そのじいちゃんがふっと真顔になった。
 
「真剣な恋というのは恐ろしいもんだ。男も女も......な」

「え?」

 どういうこと?と訊こうとした時、スマホが鳴った。妹の加菜恵からだった。
 俺たちは、清明さんとお袋と加菜恵と合流して温泉に向かうことになった。

『だって松尾のおじいちゃんはお酒飲むでしょ?』

 車はパーキングに預けていってくださいね、と清明さんに釘を刺されて、苦笑いするじいちゃんがなんか可愛く見えた。



一家に遊女も寝たり萩と月
(松尾芭蕉『奥の細道』)


  
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