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二 通小町

萩と月(三)

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「遅くなりました」

 親父の登場で、久々に勢揃いしました安倍家の皆さん。
 親父の実家、安倍家は何やら古い家柄で、毎年、月見の宴なんぞというものを開いて、一同が会する。以前は歌詠みなどして風流に過ごしたのよ、とばぁちゃん曰く。
 やめて、学校の某先生が浮かんでくるから、俺は歌なんか詠めないし。

『あら、清明さんは上手よ』

って出来が違います。
 古都の国立大の医学部に一発合格する人と一緒にしないで。


 安倍家の面々は、当主の清智じいちゃんと久子ばぁちゃん、その息子、長男の央理さんと奥さんの真那さん、娘の喜美ちゃんと摩季ちゃんは双子の姉妹だ。
 双子姉妹は久しぶりにお父さんに会って、なんかぎこちない。生まれてすぐ央理さんが中国に赴任して二十年近くになるもんな。二人の結婚式に間に合って良かったって、真那さん、しみじみ言ってた。
 次が長女の葛葉さん。京都の信太さんて老舗の若旦那さんと結婚したんだけど、別れてシングル・マザーを通してる。
 売れっ子宝飾デザイナーとして大活躍なもんだから、清明さんは小さい頃はずっと安倍の本家で面倒みていたんだって。

『清ちゃんさえいればいいの。私に仕事辞めろなんて言う奴、いらないわ』

とのたまうバリバリのキャリアウーマン。でも、時々信太さんとは会ってるらしい。恋愛と結婚は別物なんだって。ふぅん。

 で、うちの親父、小野家に婿養子に入った貞佳。母ちゃんの伊津子と俺、駒治と加菜恵を小野家に預けて、自衛官として単身赴任中。
 三男の保則さんはお医者さんなんだけど、まだ独身。三十半ばになるのに、って周りは焦ってるけど、本人は知らん顔。

 それに今回、古稀のお祝いをしてもらう久子ばぁちゃんの弟の松尾のじいちゃん。

「羽祥さんには、みんな面倒みてもらったものねぇ....」

 って葛葉さん。松尾のじいちゃんは仕事の無いときは安倍家の孫のお守りをして、ばぁちゃんから小遣いをもらっていたらしい。
 旅の写真集や随筆が売れ始めたのは四十半ばだっていうから、随分、安倍の本家に世話になってたんだな。

「まぁ、松尾の義父からは貴彰君をよろしくって言われてるからな」

 安倍のじいちゃんの言葉にバツが悪そうに照れ笑いして頭を掻く羽祥じいちゃん。なんか憎めないんだよね、この人。

 そして、オッサン達がアルコールで盛り上がり、女子達がお喋りに花を咲かせまくっている隙を見て、清明さんが俺を手招きした。
 
「ハルくん、ちょっといいかな」

 俺は清明さんについて綺麗な秋草の咲き乱れる庭先に出た。清明さんは、周りに人がいないことを確かめて、藤のベンチに座り、俺にも向かいのベンチを勧めた。
 そして、少し躊躇いがちに口を開いた。

「ハルくんの夏休みの冒険は芭蕉さんから聞いたよ。大変なデビューだったね」

 ふと、清明さんの口調が変わった。顔つきも何処かが違う。それに松尾のじいちゃんをはっきり『芭蕉さん』て呼んだ。
 目をしばたたく俺に清明さんはふふっと笑った。

「もう気づいてるだろ?僕は安倍晴明の転生だよ。もともと安倍家自体が晴明の子孫なんだけどね」

 いや、気づいてませんでした。安倍晴明って実在したんですね。映画の中の人かと思ってました。

 で、その子孫てどゆこと?

「晴明は冥府側とも深く繋がっていてね。必要が生じたら、転生をさせてくれるように頼んでいたらしいんだ」

 まぁ用意周到。というかクソ真面目。でそれが俺に何か?

「前世を思い出して俺はビックリした。で、前世の記憶を手繰り寄せながら『お役目』を始めたんだけど」

 清明さんは俺の顔をまじまじと見て、言った。

「小野篁さんに会って、『私の娘が親類に降りたからよろしく頼む』って......小野一族が篁さんの指揮下で冥官のアシストをしてるのは知ってたんだけど」

 クスクスっと形のいい唇が笑った。

「加菜恵ちゃんかと思ってたら、ハルくんだったんだね。小野小町」

 言うなよ、それ。俺だってきずついてんだから。

「閻魔大王さんが間違えたんだよっ!」

 俺が口を尖らせて言うと、清明さんは苦笑いしなが、首を振った。

「それは違うよ、ハルくん」

「違うって何が?」

 閻魔大王さん、自分で間違えたって言ったよ。

「小町は女性に生まれるには危険過ぎたんだ。......いずれにせよ、今世でケリはつけなきゃならないと思うけど」

「ケリってなんの話?」

 訝る俺の後ろで微かに木の葉が揺れた。清明さんは俺に『喋るな』と合図すると、俺の背後の暗闇をじっと睨んだ。そして、唐突にある一点に気を放った。

「通小町だよ。とりあえず祓ったけど。政宗さまには会ったんだよね」

 清明さんの真剣な表情に俺はこっくり頷いた。

「詳しいことは僕もわからないんだけど。修学旅行、京都に来るの?」

「うん。奈良・京都だって。今時」

 俺たちは東京のテーマパークとか沖縄を提案したんだけど、却下されました。頭固いんだから、うちの学校。でも、一日は関西のあのテーマパーク行けるの、キャッホーぃ。

「じゃあ、僕の連絡先を渡しておく。......というか、今、登録しておいて」

 清明さんも俺の電話番号とメールやラインをソッコー登録。

「なんかヤバいの?」

 尋ねる俺に清明さんが眉をひそめて囁いた。

「京都に限らず......だけど時空が不安定なんだ。何に出くわすかわからないから用心して。政宗さまのお守り持ってる?」

あ......と思ってワイシャツのポケットを探ると、それは虹色のまま、柔らかい塊になっていた。

「それ、直に肌につけて」

「お.......おわっ!」

 清明さんの言うとおりにお守りを胸に直に当てると、それは瞬く間に俺の肌に吸収されて見えなくなった。
 
「しばらくはそれが悪いものからは守ってくれるよ。小野小町の因縁に関わるもの以外は......ね」

 小野小町の因縁?何ですかそれ?
 残念ながら、清明さんとの秘密の話はそこまでだった。

 加菜恵と喜美ちゃん、摩季ちゃんが押し寄せてきたのだ。

「お兄ちゃん、清明さん!父さん達がお風呂行こうって」

「おぅ!」

 これは拒む理由は無い。俺たちはホテルの近くの露天の涌き湯をしっかり堪能した。
 オヤジどもにさんざん『まだ子どもだな』っていじられたけど、いいんだ、成長期なんだから。これから大人になるんだい!





秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ
(左京大夫顕輔 百人一首第79番)
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