30 / 50
二 通小町
いにしえの......(一)
しおりを挟む
秋も深まりやってきました修学旅行。
今日は初日の奈良。
元気な鹿が団体でオラオラ迫ってくる......けれども俺は絶不調。
いや、熱があるとかそういうことはないんだけど、ひたすら身体が重い怠い。というより俺の周りの空気が、ものすごく重くて粘っこい感じがする。
「コマチ、大丈夫か?」
「コマチ君、大丈夫?先生呼んで来ようか?」
気遣いの言葉を掛けてくれるのは、親友の水本。と、自由行動グループの班長、清原。
そう、修学旅行の俺の自由行動グループは、俺と水本、清原、色部、それと山部と大江の六人。
何故かと言えば、色部、清原の腐才女ペアに男子はみんな恐れを成していて組みたがらない上に、腐女子ペアにご指名されてしまったのだ。まあ、ネタにされなきゃいいんだけどさ。
山部崇人は大江千里子と付き合っているので、ほぼ放置OK だしな。
「大丈夫だから。俺はここで待ってるから一回りしてこいよ、見てみたかったんだろ?石舞台」
「う、うん。大丈夫か?本当に」
「気にすんなって」
そう、ここはけったいな石の沢山あることで有名な明日香村。で、とうとう俺は歩くのもしんどくなって座り込んでいるわけです。
「コマチ君、はいお水。私、先生呼んでくるから」
ありがと、色部。
俺は色部の買ってきてくれたミネラル・ウォーターのペットボトルを開け、大きく息を吐いた。空気が肺に粘つくようで気持ちが悪い。冷たい水で肺ごと洗いたかった。
そして......。
しばらくして、目を瞑って肩で息をする俺の正面にふいに影が差した。
やっとのことで目を開けると、目の前に上品な裾の長いワンピースドレスを着た女性が立っていた。
十歳くらいの子どもの手を引いて、もう片方の手で赤ちゃんを抱いている。優しいキレイなお母さん、ていう感じだ。
「えらい案配が悪そうやけど、大丈夫?」
柔らかな声音が耳に心地よい。
その人はじいっと俺の顔を覗き込むと、小さく吐息を吐いた。
「まぁ、ちゃんと支度もせんと.....」
女性はそう言うと、連れていた子ども......男の子に囁いた。
「太郎、お兄ちゃんにあれを......」
男の子は頷いて、ポケットから探りだしたものを俺に差し出した。
「お兄ちゃん、これ持っとき。楽になるよ」
男の子がとても愛らしい笑顔で差し出したのは折り紙のようなものだった。
「ありがとう」
俺は素直に受け取り、胸ポケットにしまった。男の子はとても嬉しそうに笑った。
反対に、俺を見つけて走ってきた小野崎先生は一気に青ざめた。
「あ、あなた様は......」
硬直する小野崎先生に女性が優雅に笑い掛けた。
「貴方の......が来てはると聞いたさかい、顔を見にきました。......貴方も今ひとつ、気がまわりませんなあ......。もっと大事にせんとね。......ほな、坊や気ぃつけてな」
女性は再び俺に向かって柔らかに笑い掛けると、子ども達を連れて、またくるりと背を向けて歩き去った。
「先生?」
彼女の背中を見送って、俺はまるで呪いでも掛かったように立ちすくむ小野崎先生に声を掛けた。
先生は、はっと我れに返ったように、俺の前にしゃがみこんだ。
「あ、あぁ小野くん、具合が悪いと聞いたが、大丈夫か?」
「あ、はい......」
ふと気がつくと周囲や身体の重怠さが嘘のように消えていた。
「さっきは辛かったんですが、今は大丈夫です」
俺はさっき男の子からもらった折り紙をポケットからそっと取り出してみた。
「それは?」
「あ、さっきの男の子に貰いました。さっきまで気分悪かったのが、受け取ってから急に楽になって......」
小野崎先生は信じられないというように、目を見張り、折り紙を再びポケットにしまうように言った。
「奈良から出るまで持っていなさい。......この地の呪縛から君を守ってくれる」
そして改めて、バスのところまで、俺を引率しながら、ポツポツと語った。
「奈良.....大和という土地は古代の、仏教伝来以前からの怨念が深く染み着いた場所だ。古代呪術のそれは私達にはほどけない。君の不調もその積りに積もったマイナスの『気』のせいだろう」
天皇以前の王達がその王位を巡って殺し合いを繰り返していた。それが日本の古代の実情だ、と小野崎先生は言った。その怨嗟がまだ大和の空間には渦巻いているのだ、と。
「君は、あの婦人に気に入られたようだ。良かったよ」
小野崎先生は大きく安堵した、というように息をついた。
「あの女の人はどなたなんですか?先生のお知り合いですか?」
俺の言葉に、先生は畏まった口振りで言った。
「井上皇后さまだ。この大和の最強の怨霊と言ってもいい」
な、なんですと?怨霊って......。
小野崎先生によれば、桓武天皇の母親、高野新笠という人に陥れられて、皇后の地位から逐われ、息子の皇太子の位を奪われて憤死したという。
「親子が同じ日に死んでいるんで、殺された、という説もあるんだ」
え、じゃあ、あの男の子は......。
「皇子の他戸親王だろう。腕に抱いていたのは、その事件の時に流産した皇子さまだろう」
ひええぇーーーーー!
奈良時代の最後って千二百年以上前じゃないですか!
まだ成仏されないんですか?
「彼女も怨霊となり、神社に祀り上げて封じられた方だ。普通の形での成仏はない」
先生は軽く頭を振りながら言った。
「いわば奈良の怨霊の元締めだな。その形代は彼女からの通行手形だ。後でお礼を忘れないようにな」
「あ、は、はい......」
あんな綺麗で上品な女性が怨霊なんて、結構ショックがデカかった。
小野崎先生いわく、井上皇后さまは、もともと内親王。前の天皇のお姫さまだから、上品なのは当たり前なんだって。なるほどね。
井上皇后さまにもらった通行手形の形代のお陰で、阿修羅王も十二神将もじっくり見れました。
アリガトウゴサイマス。合掌。
今日は初日の奈良。
元気な鹿が団体でオラオラ迫ってくる......けれども俺は絶不調。
いや、熱があるとかそういうことはないんだけど、ひたすら身体が重い怠い。というより俺の周りの空気が、ものすごく重くて粘っこい感じがする。
「コマチ、大丈夫か?」
「コマチ君、大丈夫?先生呼んで来ようか?」
気遣いの言葉を掛けてくれるのは、親友の水本。と、自由行動グループの班長、清原。
そう、修学旅行の俺の自由行動グループは、俺と水本、清原、色部、それと山部と大江の六人。
何故かと言えば、色部、清原の腐才女ペアに男子はみんな恐れを成していて組みたがらない上に、腐女子ペアにご指名されてしまったのだ。まあ、ネタにされなきゃいいんだけどさ。
山部崇人は大江千里子と付き合っているので、ほぼ放置OK だしな。
「大丈夫だから。俺はここで待ってるから一回りしてこいよ、見てみたかったんだろ?石舞台」
「う、うん。大丈夫か?本当に」
「気にすんなって」
そう、ここはけったいな石の沢山あることで有名な明日香村。で、とうとう俺は歩くのもしんどくなって座り込んでいるわけです。
「コマチ君、はいお水。私、先生呼んでくるから」
ありがと、色部。
俺は色部の買ってきてくれたミネラル・ウォーターのペットボトルを開け、大きく息を吐いた。空気が肺に粘つくようで気持ちが悪い。冷たい水で肺ごと洗いたかった。
そして......。
しばらくして、目を瞑って肩で息をする俺の正面にふいに影が差した。
やっとのことで目を開けると、目の前に上品な裾の長いワンピースドレスを着た女性が立っていた。
十歳くらいの子どもの手を引いて、もう片方の手で赤ちゃんを抱いている。優しいキレイなお母さん、ていう感じだ。
「えらい案配が悪そうやけど、大丈夫?」
柔らかな声音が耳に心地よい。
その人はじいっと俺の顔を覗き込むと、小さく吐息を吐いた。
「まぁ、ちゃんと支度もせんと.....」
女性はそう言うと、連れていた子ども......男の子に囁いた。
「太郎、お兄ちゃんにあれを......」
男の子は頷いて、ポケットから探りだしたものを俺に差し出した。
「お兄ちゃん、これ持っとき。楽になるよ」
男の子がとても愛らしい笑顔で差し出したのは折り紙のようなものだった。
「ありがとう」
俺は素直に受け取り、胸ポケットにしまった。男の子はとても嬉しそうに笑った。
反対に、俺を見つけて走ってきた小野崎先生は一気に青ざめた。
「あ、あなた様は......」
硬直する小野崎先生に女性が優雅に笑い掛けた。
「貴方の......が来てはると聞いたさかい、顔を見にきました。......貴方も今ひとつ、気がまわりませんなあ......。もっと大事にせんとね。......ほな、坊や気ぃつけてな」
女性は再び俺に向かって柔らかに笑い掛けると、子ども達を連れて、またくるりと背を向けて歩き去った。
「先生?」
彼女の背中を見送って、俺はまるで呪いでも掛かったように立ちすくむ小野崎先生に声を掛けた。
先生は、はっと我れに返ったように、俺の前にしゃがみこんだ。
「あ、あぁ小野くん、具合が悪いと聞いたが、大丈夫か?」
「あ、はい......」
ふと気がつくと周囲や身体の重怠さが嘘のように消えていた。
「さっきは辛かったんですが、今は大丈夫です」
俺はさっき男の子からもらった折り紙をポケットからそっと取り出してみた。
「それは?」
「あ、さっきの男の子に貰いました。さっきまで気分悪かったのが、受け取ってから急に楽になって......」
小野崎先生は信じられないというように、目を見張り、折り紙を再びポケットにしまうように言った。
「奈良から出るまで持っていなさい。......この地の呪縛から君を守ってくれる」
そして改めて、バスのところまで、俺を引率しながら、ポツポツと語った。
「奈良.....大和という土地は古代の、仏教伝来以前からの怨念が深く染み着いた場所だ。古代呪術のそれは私達にはほどけない。君の不調もその積りに積もったマイナスの『気』のせいだろう」
天皇以前の王達がその王位を巡って殺し合いを繰り返していた。それが日本の古代の実情だ、と小野崎先生は言った。その怨嗟がまだ大和の空間には渦巻いているのだ、と。
「君は、あの婦人に気に入られたようだ。良かったよ」
小野崎先生は大きく安堵した、というように息をついた。
「あの女の人はどなたなんですか?先生のお知り合いですか?」
俺の言葉に、先生は畏まった口振りで言った。
「井上皇后さまだ。この大和の最強の怨霊と言ってもいい」
な、なんですと?怨霊って......。
小野崎先生によれば、桓武天皇の母親、高野新笠という人に陥れられて、皇后の地位から逐われ、息子の皇太子の位を奪われて憤死したという。
「親子が同じ日に死んでいるんで、殺された、という説もあるんだ」
え、じゃあ、あの男の子は......。
「皇子の他戸親王だろう。腕に抱いていたのは、その事件の時に流産した皇子さまだろう」
ひええぇーーーーー!
奈良時代の最後って千二百年以上前じゃないですか!
まだ成仏されないんですか?
「彼女も怨霊となり、神社に祀り上げて封じられた方だ。普通の形での成仏はない」
先生は軽く頭を振りながら言った。
「いわば奈良の怨霊の元締めだな。その形代は彼女からの通行手形だ。後でお礼を忘れないようにな」
「あ、は、はい......」
あんな綺麗で上品な女性が怨霊なんて、結構ショックがデカかった。
小野崎先生いわく、井上皇后さまは、もともと内親王。前の天皇のお姫さまだから、上品なのは当たり前なんだって。なるほどね。
井上皇后さまにもらった通行手形の形代のお陰で、阿修羅王も十二神将もじっくり見れました。
アリガトウゴサイマス。合掌。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる