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二 通小町
六道の辻(四)
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閻魔さまは相変わらず、中国風の衣装と冠で校長室にありそうなデッカイ机の前に座っていた。
ウチの学校の校長先生は女性だけど、迫力的には五分かな.......とか一瞬、想像してしまった。最上先生、ご免なさい。
「何を考えておる、小町」
「あ、すいません」
俺はぺこり、と頭を下げてもう一度、閻魔さまの手元を見た。なんだか昔っぽい帳面を何冊も重ねて捲っている。
「あの、それは......?」
ああ、と閻魔さまは微かにたぶん微笑んだ。
「昨夜のそなたらの『仕事』の成果じゃ」
「仕事?」
「そうじゃ。鉄輪の鬼女は数多の女達の怨恨の魂の結合体だった。それを道真と篁が可能な限り、分離させてこちらに流し入れた。それを更に単体にして、記録したものの一部がこれじゃ」
一部......ですか?かなり分厚いですけど。でもそれより気になるのは......。
「その分離された魂は、どうなる
んですか?」
元はと言えば、恨ませたやつが悪いんだよね、たぶん。
「五分ほどまで洗浄して転生させる。後は転生の繰り返しの中で自浄作用が働くはず、だからな」
俺はなんだかほっとした。だって地獄って針の山とか血の池とかあって、火炎で焼かれ続けたり、氷漬けにされたりするんでしょ?
「あれらは罪深い以上に哀れだ。情状酌量の余地は充分にある」
まあ、原因者は他にいるわけだから。
物欲や感情に任せた無差別殺人の犯人とか、権力欲で大量虐殺とかした権力者とかは、学習のさせようが無いので、その状態になるまで地獄で洗浄し続けるしかないんだって。
でも閻魔さま達、冥府を預かる存在にとって、そういう人達の何が一番罪深いかと言えば、苦しみや哀しみ、恨みを抱えた魂を沢山作り出してしまう、その事なんだって。
「まぁ日ノ本にはそうはおらんがな」
まぁ確かに。ヨーロッパや東南アジアで起きたような大量虐殺は聞かないですよね、少なくとも現代は。戦争はあったけど。
「さて......」
と閻魔さまは冊子を閉じ、脇に寄せて、俺をじっと見た。
「少将に会うたか、小町」
俺は深く頷いた。
「閻魔さま、教えて下さい。深草くんの......少将の魂はどういう状況なんですか?」
「状況?」
そう。俺はそれを確かめるためにここに来たんだ。
「その......俺たちの同級生の深草陸海くんは、深草少将の転生なんですか?それとも深草くんに少将の幽霊が取り憑いているのか、あるいは......」
小野崎先生たちみたいに、本当はこの世にいないのか。
「ふうむ......」
閻魔さまは少し考え込んで、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「小町、現在のお前の同級生、深草陸海は『存在』している。彼は深草少将の血に繋がる者の子孫であり、転生だ」
俺はほんの少しほっとした。
「しかし......その命に魂が宿るとき、少将自身の魂も宿ってしまったのだ。つまり二人の魂が宿っている」
は、はい?
「深草少将は、彼の者の魂は冥府に降りておらんのだ。死してのち、現世でずっと小町を探してさ迷い続けている。時に肉体をもたず、時に縁ある者の肉体に宿りながら、小町を探していた」
俺は、今朝の夢のなかの彼の言葉を、唇の冷たさを思い出した。
ーやっと会えた......ー
確かに彼はそう言っていた。
「篁は、少将が成仏していないことを知っていた。それゆえ、術で儂を呼び出し、お前の魂を少将に奪われぬよう守ってくれ、と乞うた。ゆえに儂は冥官として儂に仕えることを条件に、篁の願いを聞き入れた」
「じゃあ、小野篁が閻魔さまの手伝いをするようになったのは......」
俺は言葉を失った。
「娘可愛いさの一心じゃな。自分が任地に赴くときに都に置いていったことをひどく後悔していた。
『野狂』と揶揄された奇異な振る舞いも、娘を失った苦しみを紛らわすためだったかもしれぬ」
俺の目から知らぬ間に涙が零れ落ちていた。
「お父さま......」
俺の中の誰かが、呻くように呟き、胸が締め付けられるような苦しさに、泣き続けた。
「しかし......だな」
俺の中の誰かー小野小町が落ち着くのを待って、閻魔さまは机の上に巻物を拡げた。
「いつまでも、少将の魂をあのままにしておくわけにはいかんのだ」
「閻魔さま?」
「あやつは小町への愛執ゆえにこの世に留まり続けている。......他に然したる罪もなく、盲執故に輪廻の輪から外れ、成仏を望みえない、というのは我々が望むところではない。我ら冥府の十王の総意として、何としても冥府に来させねばならぬ、と決まった」
閻魔さま二つの目が、力を増した。
「つまり俺が原因者として、説得しろ......ということですね」
閻魔さまが言わんとすることが何となく理解できた。
深草少将の魂を説得して、冥府に送る。そのために、わざと間違えて小野小町を男性に転生させた。ーそれが俺だ。
ーだが、どうやって......ー
俺は今朝の夢を思い起こした。
小町の......恐れと後悔が胸の中に蘇る。
「閻魔さま......」
俺は勇気を奮って、顔を上げた。
「時を戻せますか?」
俺の言葉に閻魔さまのギョロリとした目がもう一回り大きくなった。
「何をする気だ?寿命は変えられんぞ」
深草少将があの夜、命を落とすのは寿命だったという。
「きちんと取るべき手立てを取って送りたいんです。......後々、幽霊になってさ迷わなくていいように。それがベストだと思うんです」
俺の提言に閻魔さまが少し驚いたような顔をした。
そして俺は、これまでのミッションの駄賃として、二日間だけ深草少将の寿命をのばしてもらった。
そして、あの雪の夜の日暮れ前に戻してくれるように、頼んだ。
閻魔さまは頷いて、机の上の巻物をパサリと宙に泳がせ、俺の意識はその中に吸い込まれていった。
ウチの学校の校長先生は女性だけど、迫力的には五分かな.......とか一瞬、想像してしまった。最上先生、ご免なさい。
「何を考えておる、小町」
「あ、すいません」
俺はぺこり、と頭を下げてもう一度、閻魔さまの手元を見た。なんだか昔っぽい帳面を何冊も重ねて捲っている。
「あの、それは......?」
ああ、と閻魔さまは微かにたぶん微笑んだ。
「昨夜のそなたらの『仕事』の成果じゃ」
「仕事?」
「そうじゃ。鉄輪の鬼女は数多の女達の怨恨の魂の結合体だった。それを道真と篁が可能な限り、分離させてこちらに流し入れた。それを更に単体にして、記録したものの一部がこれじゃ」
一部......ですか?かなり分厚いですけど。でもそれより気になるのは......。
「その分離された魂は、どうなる
んですか?」
元はと言えば、恨ませたやつが悪いんだよね、たぶん。
「五分ほどまで洗浄して転生させる。後は転生の繰り返しの中で自浄作用が働くはず、だからな」
俺はなんだかほっとした。だって地獄って針の山とか血の池とかあって、火炎で焼かれ続けたり、氷漬けにされたりするんでしょ?
「あれらは罪深い以上に哀れだ。情状酌量の余地は充分にある」
まあ、原因者は他にいるわけだから。
物欲や感情に任せた無差別殺人の犯人とか、権力欲で大量虐殺とかした権力者とかは、学習のさせようが無いので、その状態になるまで地獄で洗浄し続けるしかないんだって。
でも閻魔さま達、冥府を預かる存在にとって、そういう人達の何が一番罪深いかと言えば、苦しみや哀しみ、恨みを抱えた魂を沢山作り出してしまう、その事なんだって。
「まぁ日ノ本にはそうはおらんがな」
まぁ確かに。ヨーロッパや東南アジアで起きたような大量虐殺は聞かないですよね、少なくとも現代は。戦争はあったけど。
「さて......」
と閻魔さまは冊子を閉じ、脇に寄せて、俺をじっと見た。
「少将に会うたか、小町」
俺は深く頷いた。
「閻魔さま、教えて下さい。深草くんの......少将の魂はどういう状況なんですか?」
「状況?」
そう。俺はそれを確かめるためにここに来たんだ。
「その......俺たちの同級生の深草陸海くんは、深草少将の転生なんですか?それとも深草くんに少将の幽霊が取り憑いているのか、あるいは......」
小野崎先生たちみたいに、本当はこの世にいないのか。
「ふうむ......」
閻魔さまは少し考え込んで、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「小町、現在のお前の同級生、深草陸海は『存在』している。彼は深草少将の血に繋がる者の子孫であり、転生だ」
俺はほんの少しほっとした。
「しかし......その命に魂が宿るとき、少将自身の魂も宿ってしまったのだ。つまり二人の魂が宿っている」
は、はい?
「深草少将は、彼の者の魂は冥府に降りておらんのだ。死してのち、現世でずっと小町を探してさ迷い続けている。時に肉体をもたず、時に縁ある者の肉体に宿りながら、小町を探していた」
俺は、今朝の夢のなかの彼の言葉を、唇の冷たさを思い出した。
ーやっと会えた......ー
確かに彼はそう言っていた。
「篁は、少将が成仏していないことを知っていた。それゆえ、術で儂を呼び出し、お前の魂を少将に奪われぬよう守ってくれ、と乞うた。ゆえに儂は冥官として儂に仕えることを条件に、篁の願いを聞き入れた」
「じゃあ、小野篁が閻魔さまの手伝いをするようになったのは......」
俺は言葉を失った。
「娘可愛いさの一心じゃな。自分が任地に赴くときに都に置いていったことをひどく後悔していた。
『野狂』と揶揄された奇異な振る舞いも、娘を失った苦しみを紛らわすためだったかもしれぬ」
俺の目から知らぬ間に涙が零れ落ちていた。
「お父さま......」
俺の中の誰かが、呻くように呟き、胸が締め付けられるような苦しさに、泣き続けた。
「しかし......だな」
俺の中の誰かー小野小町が落ち着くのを待って、閻魔さまは机の上に巻物を拡げた。
「いつまでも、少将の魂をあのままにしておくわけにはいかんのだ」
「閻魔さま?」
「あやつは小町への愛執ゆえにこの世に留まり続けている。......他に然したる罪もなく、盲執故に輪廻の輪から外れ、成仏を望みえない、というのは我々が望むところではない。我ら冥府の十王の総意として、何としても冥府に来させねばならぬ、と決まった」
閻魔さま二つの目が、力を増した。
「つまり俺が原因者として、説得しろ......ということですね」
閻魔さまが言わんとすることが何となく理解できた。
深草少将の魂を説得して、冥府に送る。そのために、わざと間違えて小野小町を男性に転生させた。ーそれが俺だ。
ーだが、どうやって......ー
俺は今朝の夢を思い起こした。
小町の......恐れと後悔が胸の中に蘇る。
「閻魔さま......」
俺は勇気を奮って、顔を上げた。
「時を戻せますか?」
俺の言葉に閻魔さまのギョロリとした目がもう一回り大きくなった。
「何をする気だ?寿命は変えられんぞ」
深草少将があの夜、命を落とすのは寿命だったという。
「きちんと取るべき手立てを取って送りたいんです。......後々、幽霊になってさ迷わなくていいように。それがベストだと思うんです」
俺の提言に閻魔さまが少し驚いたような顔をした。
そして俺は、これまでのミッションの駄賃として、二日間だけ深草少将の寿命をのばしてもらった。
そして、あの雪の夜の日暮れ前に戻してくれるように、頼んだ。
閻魔さまは頷いて、机の上の巻物をパサリと宙に泳がせ、俺の意識はその中に吸い込まれていった。
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