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二 通小町
六道の辻(三)
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「ここだね......」
そのお寺は、とても観光地とは思えないくらい静かだった。
すぐ側の小さな路地の交差には『六道の辻』という看板の建てられ、この世ではない場所に続いている、と書かれていた。
「怖いね」
「うん、怖いね」
俺たちー俺と水本は実際、この世でない場所に何度も足を踏み入れている。でも、その時は必ず小野崎先生の小野篁や菅原先生の菅原道真が守ってくれた。
ひとりで異界に、この世ならぬ場所に足を踏み入れたら、どうなってしまうのだろう、俺は恐ろしさに身を震わせた。
「中、入ろうぜ」
俺たちは山門をくぐり、寺の敷地に入った。
「『篁の井戸』だって。......ここを通って小野篁は冥府に通って閻魔さまの手伝いをしてたんだって」
寺の庭の奥にある看板の下には古い石組の井戸の跡らしきものがあり......でも、それはもう土で埋まっていた。
「もう、ここは通れないね」
本気だか冗談だかわからない口調で、水本が小さな溜め息をついた。
「そうだね」
小野崎先生......小野篁は、小町の父は何を思ってこの井戸をくぐったのか。
少なくとも、閻魔さまの手伝いなんて普通だったらしようと思わないし、頼まれたって断る。
俺だって、じいちゃんや小野崎先生にハメられなければ、こんなことはしていない。しなきゃいけない何かが無ければ......。
お寺の庫裏のような建物の引き戸にそっと手をかけた。
スルリと開いたその建物の中は、しんとしていて、人の気配がしなかった。
「すいませーん」
大きな声で呼んでみる。が反応は無かった。
「どうする?」
顔を見合わせる俺たち。
「お堂の入り口の鍵、開いてたかな?そっちにいるかもしれないよ」
俺たちはそっと庫裏の戸を閉めて、お堂のほうに回った。
黒光りのする分厚い木の格子扉の上には、『閻魔堂』という額がかかっていた。俺は以前に一度だけ会った、強面のイケメンの顔を思い出した。
「おい、コマチ、見てみ。小野篁の像だって......」
「え?」
扉の脇に備えられた木の札に墨で黒々と書かれた文字を目で追う。
ー冥官 小野篁 木像ー
「よく見たいね」
「う......うん」
突然、一陣の風が吹き、お堂の扉が開いた。
「鍵かかって無かったたんだ。.....入ろうぜ」
靴を脱いでスタスタとお堂の中に入る水本の後についていくと、中央に年期の入った、閻魔大王の怖い顔の像と、その傍らに衣冠束帯に身を固めた役人らしき人が立っていた。
「この人が小野篁か......」
「やっぱり小野崎に似てるよな」
長い時間のうちに木像の黒ずんでいたけれど、確かにその顔立ちは俺の記憶の中にあった。
ーお父様......ー
誰かが俺の中で呟いた。
「さ、行くか」
閻魔大王さまの像に手を合わせ、お堂を出る俺たち。
だが、靴に両足を突っ込んで、ふと顔を上げた俺の目の前にあったのは、さっきのお寺の庭ではなかった。
一度だけ、あの時一度だけ見た、あの部屋の扉だった。
「久しぶりじゃの。小町。入ってくるがよい」
あの地響きのような低い声音が扉の向こうから聞こえた。
俺は扉に手を掛け、ふと後ろを振り返った。
ー水本は、どこだ?ー
すると俺の思考を読み取ったように聞き覚えのある声がした。
「大丈夫ですよ。ちゃんと保護してます。用件が終わったら一緒に帰します」
馬頭さんが、元の青鬼の姿で、でもいつもの円らな瞳で小さく微笑んだ。
俺は頷いて、扉を押した。
そのお寺は、とても観光地とは思えないくらい静かだった。
すぐ側の小さな路地の交差には『六道の辻』という看板の建てられ、この世ではない場所に続いている、と書かれていた。
「怖いね」
「うん、怖いね」
俺たちー俺と水本は実際、この世でない場所に何度も足を踏み入れている。でも、その時は必ず小野崎先生の小野篁や菅原先生の菅原道真が守ってくれた。
ひとりで異界に、この世ならぬ場所に足を踏み入れたら、どうなってしまうのだろう、俺は恐ろしさに身を震わせた。
「中、入ろうぜ」
俺たちは山門をくぐり、寺の敷地に入った。
「『篁の井戸』だって。......ここを通って小野篁は冥府に通って閻魔さまの手伝いをしてたんだって」
寺の庭の奥にある看板の下には古い石組の井戸の跡らしきものがあり......でも、それはもう土で埋まっていた。
「もう、ここは通れないね」
本気だか冗談だかわからない口調で、水本が小さな溜め息をついた。
「そうだね」
小野崎先生......小野篁は、小町の父は何を思ってこの井戸をくぐったのか。
少なくとも、閻魔さまの手伝いなんて普通だったらしようと思わないし、頼まれたって断る。
俺だって、じいちゃんや小野崎先生にハメられなければ、こんなことはしていない。しなきゃいけない何かが無ければ......。
お寺の庫裏のような建物の引き戸にそっと手をかけた。
スルリと開いたその建物の中は、しんとしていて、人の気配がしなかった。
「すいませーん」
大きな声で呼んでみる。が反応は無かった。
「どうする?」
顔を見合わせる俺たち。
「お堂の入り口の鍵、開いてたかな?そっちにいるかもしれないよ」
俺たちはそっと庫裏の戸を閉めて、お堂のほうに回った。
黒光りのする分厚い木の格子扉の上には、『閻魔堂』という額がかかっていた。俺は以前に一度だけ会った、強面のイケメンの顔を思い出した。
「おい、コマチ、見てみ。小野篁の像だって......」
「え?」
扉の脇に備えられた木の札に墨で黒々と書かれた文字を目で追う。
ー冥官 小野篁 木像ー
「よく見たいね」
「う......うん」
突然、一陣の風が吹き、お堂の扉が開いた。
「鍵かかって無かったたんだ。.....入ろうぜ」
靴を脱いでスタスタとお堂の中に入る水本の後についていくと、中央に年期の入った、閻魔大王の怖い顔の像と、その傍らに衣冠束帯に身を固めた役人らしき人が立っていた。
「この人が小野篁か......」
「やっぱり小野崎に似てるよな」
長い時間のうちに木像の黒ずんでいたけれど、確かにその顔立ちは俺の記憶の中にあった。
ーお父様......ー
誰かが俺の中で呟いた。
「さ、行くか」
閻魔大王さまの像に手を合わせ、お堂を出る俺たち。
だが、靴に両足を突っ込んで、ふと顔を上げた俺の目の前にあったのは、さっきのお寺の庭ではなかった。
一度だけ、あの時一度だけ見た、あの部屋の扉だった。
「久しぶりじゃの。小町。入ってくるがよい」
あの地響きのような低い声音が扉の向こうから聞こえた。
俺は扉に手を掛け、ふと後ろを振り返った。
ー水本は、どこだ?ー
すると俺の思考を読み取ったように聞き覚えのある声がした。
「大丈夫ですよ。ちゃんと保護してます。用件が終わったら一緒に帰します」
馬頭さんが、元の青鬼の姿で、でもいつもの円らな瞳で小さく微笑んだ。
俺は頷いて、扉を押した。
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